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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
75/125

【13】



アインルーガ様との婚約破棄は互いにとって良い事だと思う。その考えは変わらない。




だがそれは将来への打算的な考慮の上、メリットとデメリットを天秤にかけた事で出た答えだと、自分自身がわかっている。


その証拠にしばらく後、ルート攻略を私がしなければいけない…愛が必要だと考えた時。

ーーーアインルーガ様とこのままいけばいいのに。と思った自分がいたのだ。

アインルーガ様自体を好ましく思っているし、これから愛を探すのは確実に間に合わない…むしろ、現時点で恋愛に発展する人間が攻略キャラから想像出来ないせいで彼を攻略出来たら、と思う自分が。

今思うと恥ずかしい。途轍もなく最低な人間だ。


アインルーガ様は何を思ってそう言ったのか。

聡明な彼の事だ、気まぐれなんて有り得ない。何か理由があるはず、それが分かるくらいには側にいられたはずなのに。

後夜祭で言われたあの時、彼が発言に至った真意も聞かずにただ立ち尽くした。ゲームでは待っていれば選択肢が現れてくれたから。

私の言葉で理由を聞かなければと思ったのに、思うだけで出て来なかった。深く追求するという事は、その人のパーソナルエリア…心理的領域に踏み込むという事。ゲームの主人公なら出来るそれは、私が実行するには難題なのだ。






「だって…だって、私はプレイヤーだった。この世界に来てからもプレイヤー思考だったんだもの」


攻略キャラを決めて、好感度を高めて。攻略までに必要なルートを考えて最善の未来へと導く。キャラと恋愛をするのは自分ではなく主人公で、たやすく他者の領域に干渉していく様は凄いなあと思っていた。画面の中で完結する世界が楽しく、例え嫌われていても自分じゃないから痛くも痒くもない。

主人公に自己を投影するのではなく、全く別人である主人公が自分から関わっていく様はどこか絵空事だった。

だからこそ何度も何度も選択肢を変え、エンディングに到達するのは苦ではなく、選択肢1つで主人公が関わり方を変えてその先の未来が変わっていくのが面白かったのだ。

言い訳がましくなってしまうが、私の乙女ゲーの扱いはそうだった。




メイルーンは、私は、ここにいる。

選んだ選択肢を実行するのは自分自身であり、他者と関わっていくのも自分。

その結果、悪役令嬢になる可能性も、死ぬ可能性があるのも自分。




それがこんなに恐ろしい事だと、死を間近にして思い知るなんて。


私は、死ぬのが怖い。


あの手と足の先から、どんどん冷たくなるような感触がじわじわと侵食してくる体験は二度としたくない。

目を開けたいのに、声を出したいのに、どう足掻いても動いてくれない。このままでは、冷たさが広がるだけ。

目を開いてないはずなのに、赤い光が暗闇の中で瞬いた。


ーーーあの赤い光をもう見たくない!








思わず頭を抱えこみ、ソファから滑り落ちる。テーブルに備えてつけていたティーセットに当たり激しい音を立てた。








「おい、どうした…?

っ、何してんだお前…!?」

「ッ!」


あの赤い光。流れ出る赤。

そうだ、私は知っている。死のすぐ一歩手前を。

あの、暗闇と赤色をーーー





「おい、メイルーン!!」

「っ、え…?」

「メイルーンっ、しっかりしろ!」


私の両肩を掴み、揺すぶったのはレオニダスだった。ハッとして見れば、正面からこちらを赤い瞳が見据えている。

カタカタと震える私を、レオニダスは尚も呼び続ける。


「おい、メイルーン!聞こえてるか!?」

「ッ、あ、レオニ…ダ、」

「いいから呼吸しろ!お前過呼吸起こしかけてるぞ!」


レオニダスの言葉が頭の中で反響し、鈍くなった思考を動かそうとする。息を、吐く。息を吸う、吐いて、吸って。


「っ、はあ、はあっ…!」

「…落ち着いたか?」

「レオニダス…どうして、ここに…?」

「ダンスから逃げよう思ったら大きな音がしたから…って、そんな事はどうでもいいだろ」


レオニダスに手を引かれソファへと横になる。そのまま額に手を当てられ、熱を計られているようだ。確か火の魔法使いは気温や体温を敏感に感じ取れるのだっけ。

息は出来ているが、力が入らない。


「36.2℃。平熱だな…」

「…人力体温計…」

「んだとコラ」


思わず言葉を零せば、レオニダスが憎まれ口を叩きながらも少し安心したように笑ったのが見えた。

冷や汗が溢れて体が冷たい。頭も痛いしぼうっとして、上手く思考が回らない。

けれど横になった時から重ねられたままの手だけは、とても暖かかった。そしてその温度は少しずつ広がって、前世の最期の記憶である冷たさが消えていくようにも感じた。

ーーーそうだ。私はレオニダスの領域に踏み込んだ事がある。林間学習のあの夜…何故か話を聞きに行った。





「顔色相当悪いぞ、今人呼んで来るから、」

「レオニダスは…死ぬのを怖いと思った事ある…?」

「は…?」

「………」

「…当たり前だろ。死ぬのは怖い」


レオニダスの手に、少し力が篭る。




「ガキの頃、スラムに迷いこんだら襲われて大怪我したり。食べ物に毒があると知らなくて食べちまったり…」


子どもの頃の死にそうになった体験を上げていくレオニダス。屋根に登って落ちたり、お風呂で寝て沈みかけたり。くだらないものから本当に危なかったものまで様々あった。


「まあ正直、魔法競技大会の時は本気で死ぬかと思ったな。でもどうにかしないと皆も一緒に死ぬと思ったから刺し違えてでも倒そうとしたけど、」

「…どうして?」

「?」

「どうして、他人のために死ぬかもしれないのに…戦えるの?」

「選んだからだ」

「え…?」


レオニダスの目は真剣だった。うわ言のように呟く私をまっすぐ赤い瞳が見ていた。




「それを俺が選んだからだ」

「例え時間稼ぎにしかならなくても、それで生きる奴がいるかもしれない」

「生きる可能性が上がる奴がいれば、俺の行動は無駄じゃない」




彼は死ぬのは怖いと言った。けどその目には嘘を言っているようには見えなくて。


「この先同じ事が起きたら俺は多分、また同じように選ぶ」

「その結果…何が起きても?」

「そうだ。だが同じ事が起きた時に違う選択肢も選べるよう、生きて強くなりたいと思うんだろ」

「…違う、選択肢…」

「選択肢なんて生きてりゃ増えるもんだろ」

「!」

「人は選択し続ける生き物だ。それは意思があるからだし、だからこそ常に選択し続けている」


じゃあ、私はどうなのだろう。

死に近づく行動を選んだ…自分で決めたのだろうか。疑問が出るという事は、違うのではないだろうか。





「お前も選んだろ」

「え…」

「魔物の気を引こうとしただろ。俺と違って逃げれたのに」

「ち、違う!」


あの時はただただ、必死だった。

思わず駆け出していたのだ。


「私は多分選んでないの、勝手に体が動いてしまっただけで、」

「ならそれが、お前の心が決めた選択だったんだろ」


思わず目を見開く。






「林間学習の時もそうだろ。魔物に襲われたチームを助けに行ったじゃねえか」

「あれは…」

「あの時のお前が選んだんだろ」

「…」

「お前は自分で思ってるほど器用じゃないからな、結構わかりやすいぞ。今も腹減ったって顔してる」

「はあっ…!?そんな訳ないから!」




林間学習で魔物からララさん達を助けたのも。

魔法競技大会で魔物に立ち向かった事も。

聖夜祭前の水質汚染の件も。

これまで関わってきた皆との関係も全て、私の心が死にたくないと思いながらも選んで決めていたのか。ゲームの選択肢でなく、私の心が。


それなら古代海魔の事件を回避して生きたいという私の思いは、プレイヤーではなく私の心が選んだと思っていいのだろうか。




「そもそも淑女がお腹減ったなんて言わないの」

「お前の言う淑女がどこにいるんだよ」

「目の前にいるでしょ」


話している内に胸の中心部から、ポカポカと温もりが広がる。

まるで心の中にあった黒いモヤモヤを、暖かい炎で燃やしてくれてたみたいだ。








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