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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
74/125

【12】



乾杯の後は、談笑する時間となった。色々イベント事の前に今年一年の近況報告などをしているようだ。

学園長もフロアへと降りて来て様々な生徒に囲まれている。学園長は高等部から初等部まで全生徒から人気があるのだ。私は林間学習の事があるのであまり近寄りたくないのだが。





次々と運ばれてくる豪華な食事達。ビュッフェスタイルで自分の好きなものを好きなだけ取り食べられる。一部では一流レストランや貴族お抱えのシェフが実際に調理を見せるライブ形式で腕を振っているようだ。

ネアシェがローストビーフを持ってきてくれた。あまり食欲はないのだが、一口サイズに小さく切られたお肉の一欠片くらいはと思いフォークを使って食べる。


「! 美味しい…!」

「! さすが、一流を揃えているだけはありますね」

「ええ、いくらでも食べてしまいそう…」


ローストビーフは勿論、ソースまでパーフェクトな味。この8ヶ月の貴族生活で鍛えられたとはいえ元々庶民舌である私には思わず高級品を味わってしまう癖がある。いやいい事なのだろうけど、食べすぎると体調を崩すという体たらくなので程々にしなければ。

でももう一口だけ、もう一口、と思わず食べていればネアシェにクスクスと楽しそうに笑われ思わず頬を赤くしてしまった。


「わ、笑わないで下さいなネアシェ」

「ごめんなさい、少しずつ食べるメイルーンの顔が余りに幸せそうで」

「幸せそう…かしら?」

「ええ、むしろ食べている時の方が色々忘れられるみたいで、良かったです」


ネアシェは安堵したようにふわりと笑った。最初から案じてくれていたのが分かって申し訳なくなるが、心が少し暖かい。現金な奴、と自己嫌悪しつつもネアシェの優しさに触れて食事が少し楽しくなった。




機会があったのでロンギヌス様やユーグリッド嬢にも挨拶すれば、今年から趣味が変わったと言われた。ユーグリッド嬢は嫌味たっぷりだったがロンギヌス様には綺麗になったとストレートに言われドギマギしてしまった。

さすが攻略対象、恥ずかしげもなくクサい台詞を言うのだからこのくらい朝飯前なのかと考えてしまい、思考を振り払う。

その後も様々な人と話し、時間はすぐさま過ぎていった。





『そろそろ、始めて行こうか』

「あら…?」


学園長の声が宙に浮く拡声器から響き、辺りに霧のような物が漂う。だが冷たさなどは感じない。


『それではいくよ。3、2、1……』





大階段が真ん中で割れて左右に分かれたと思ったら、建物の位置がずれていく。多少の揺れこそあるが、まるで粘土でも動かすように次々と変わっていく。

そして大階段の中央から出てきたのは大きな木。バキバキと音を立てて更に大きくなり、巨木がすぐさまに現れ、さながら飾り付けのされていないクリスマスツリーだった。


「毎年見てますけれど…やっぱり、驚いてしまいます」

「そう、ですわね…」


すると目の前に犬を模したぬいぐるみが現れる。キーホルダーのような小ささのそれは動物の種類こそ違うが生徒全員の元に現れていた。


『さあみんな、そのぬいぐるみに魔力を込めて。はじめての子には教えてあげてね』


初等部1年生の子は始めての学園夜会だからギミックも知らず次は何だと興奮している。近くに女の子がいたので力を貸してあげる。


「あの、えっと」

「このぬいぐるみに、光を灯すようにするのよ」

「こんな感じですよ」


ぬいぐるみに魔力を込めると、ぬいぐるみに僅かだが青色の光が灯る。ほんの少しだがフロアが暗くなったためその光はぼんやりと光る。各々、魔力を灯しているようだ。女の子が焦っていたので落ち着かせて、優しく誘導してあげればぬいぐるみに緑色の光が灯ったようだ。




『ぬいぐるみに光を灯したら、ツリーへと向かって貰おう。子ども達の夢を連れて』


学園長が手を振ると、ぬいぐるみがツリーの方へと引き寄せられる。抗わずに手を開けば青い光が灯る犬のぬいぐるみは宙へと浮いた。

ぬいぐるみ達は次々に大樹へと集まり、そしてその枝へと身を近付ける。全ての光が大樹の元に行くと、学園長は足元に術式がとんでもない速さで浮かび上がる。


光を灯せ、其れな(トゥールン・トゥー)るは大樹の夢(ル・トゥラス)



光が放たれてフロアを一気に明るく染め、歓声が上がる。

ぬいぐるみに灯った光は幾重も集まり、様々な色の光がツリーを照らし出している。装飾が色を反射させ、メインシンボルとなるクリスマスツリー…いや、この世界では名前が違うのだ。



『子ども達の夢を集めた大樹、セフィロトツリーの完成だよ』



一斉に拍手が起こり、歓声が上がる。これが現れてはじめて、学園夜会という感覚がある。

色とりどりの光はツリーを照らし、時々ツリーから溢れる光は粒子のようでキラキラと輝いている。小さなぬいぐるみを介して魔力を集め集結する事でセフィロトツリーは真の姿を見せてくれる。1人の魔力量だと到底無理だと言われるが、これだけ人数がいれば少しずつの魔力で足りるのだ。

勿論カバーしてるのはいるのだろうけど。





『では、まずはダンスから始めようか!』


大階段が分かれ建物の配置が変わった事で中央に大きなスペースが空いた。毎年思うのだけれど、変化すると明らかに体育館レベルの広さではない。皇城の大広間にすら匹敵するだろう。どれほどの魔力を使って空間を歪めて拡張しているのか、私には想像すら出来ない。

拡声器から曲が流れ始め、各々にダンスを踊り始めた。といっても、ステップすらなくグルグル回っている人もいるほど自由だ。




そして私は、全員がセフィロトツリーへと目を奪われている隙にその場を離れていた。









「料理長!」


我がファクトヒルデ家も数名ではあるが給仕と調理に人を出している。別邸の使用人達ではあるが様々な人が集う帝都を任された人々だ。本邸と負けず劣らずのスペシャリストが揃っているから、心配はしていない。


「お嬢様、ダンスはよろしいのですか?」

「ええ…少し食べていたくて」

「そうですか。ですがデザートの分はお腹を空けておいて下さいね」

「デザートは別腹だもの。空いてなくても食べれてしまうわ」

「それは私が公爵様に怒られてしまいますな」


はっは、と笑う料理長に私も少し笑みを返す。追求しない心配りに少し心が軽くなった気持ちだ。

私が前に伝えたメレンゲはそもそもの汎用性が高いのだが、特にお菓子には無類の強さを誇る。メレンゲを加える事で様々な変化をもたらし並べられているデザートにはほぼメレンゲが使われているだろう。

今年のデザート担当はファクトヒルデ家の独壇場らしく、料理長は誇らしげだ。だがその分、忙しいだろうと思い話を切り上げる。


「…ふう」


飲み物と食べ物でお腹が膨れ、幸福感に包まれるのだが…やはり、気持ちは浮かないままだ。給仕の方に少し休んでくると伝え、会場から出る。









学園の教室などがあった場所は全て休憩スペースにこれも内装ごと変わっていて、空いている部屋に入り利用中の札をドアノブにかけた。

ソファとテーブル、ティーセット。広めの部屋だが置いてあるのはそれくらいだ。ソファへと腰掛け、思わず頭を抑えてしまう。


「…逃げてしまった……」





そう、私は毎年、アインルーガ様とダンスを踊っていた。

アインルーガ様からしたらいい迷惑だっただろうけど。





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