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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
72/125

【10】


「ーーーッッ!!」

「きゃあっ!?」


ミレイユ嬢を押し倒すようにして横っ飛びする。私達が立っていた場所に、木の矢が無数に刺さっていた。


「こっち!」

「え、え、あっ!?」


ミレイユ嬢の手を引き走り出す。矢の刺さり方から真上から降ってきたようだが、周りに建物があるせいで見えない。だが外套を着たような影は見える。

そして運の悪い事に降ってきたのは木の矢だ。水魔法使いである私達には相性が悪すぎる。


「あっ!」


ミレイユ嬢が何かにつまづいて転び、手を引いていた私も引っ張られるように立ち止まり膝をついて擦りむいてしまう。

見ればミレイユ嬢の足元には土が盛り上がっており、転ぶよう仕組まれたようだ。


「やっぱり地属性魔法使い…!点と点(ショートワープ)!」


また降って来た木の矢を転移で移動し交わす。まだ私の実力では2人分を転移するのは荷が重く、魔力をごっそり持っていかれる。

重く感じる体を叱咤し、前を向く。


「っミレイユ嬢!走って!早く!!」

「あ、いたっ!」


足を痛めたのかミレイユ嬢の足取りは重く、私は肩を貸してあげて進み続ければ通りへ出る道が土壁で塞がれた。

思わず舌打ちし、後ろをみれば外套を着た者が立っている。しかしそれ以上に驚くべきは、宙に浮いた無数の木の矢と。


「な、なん、ですか、アレ…!?」

「影…であって欲しいんですけど!」


その後ろから黒い木、いや影から伸びた木に見える何かが、外套の背後からこちらを見ている。

そう()()()()のだ。その黒い木に1つ大きな目玉を持ち、血走ったその目はギョロギョロと動きながらもこちらを認識しているように感じる。その目を見る度、言いようのない悪寒が背筋を走るのだ。


「ひ、はひっ…!」

「っくぅ…」


前には異形を背負った外套、後ろは土壁。

ミレイユ嬢は腰が抜けたのかへたり込み、ブツブツと何かを呟いている。

かく言う私も、余裕があるわけではない。命の危機なんて、魔法競技大会以来の事でありあの時とは状況が違う。この場をどうにか出来るのは、私だけーーー私しか、いないのだ。





「どなた、かしら?私は近頃行いを改めて、人に恨まれるような覚えはないのだけれど…っ」


外套から伸びた黒い木が、こちらへと伸びる。


守護の水壁(アクアヴェイル)…っ!」


水の防護魔法を唱えるが易々と貫き、黒い木は影へと変貌し土壁へと叩きつけられる。肺から思わず息が漏れ、そのまま土壁へと押し付けられるように拘束されて動く事が出来ない。


「あっ、ぐぅ、く…っ!」

「メ、メイルー、ン、さま、」

「に、げて…っミレ、」


外套が腕を伸ばす。いや、腕ではない…関節がいくつあるのかというような黒い触腕に見える。その触腕は、ミレイユ嬢の首へと巻き付いた。

その細首に巻き付いた触腕は宙へと浮き上がり、ミレイユ嬢の足が地面から離れる。


「あ、っ、ッか、」

「ミ、レイユ!」


魔力を練り上げ、点と点(ショートワープ)を発動させようとする。




しかし、目の前に巨大な目玉が現れる。黒い木にあった、目玉ーーー










「……え?」

「…え……」


目を開いた、そこは。

木の矢が降ってきた場所だった。


「…」

「…」


ミレイユ嬢はへたり込み、私も足が震えてしゃがみこむ。


「げん、かく…?」


私が呟いた言葉にミレイユ嬢は首を振る。思わずといったように首に手を当てていて、先ほど首を持って持ち上げられた感触が残っているのだろう、目から涙が次々と溢れ出ていた。

私も、土壁に叩きつけられた痛みは残っている気がするのに、傷1つなく汚れもない。擦りむいていた膝に怪我もない。幻覚とは思っても残っている生々しい感触があまりに鮮明で、体の震えが止まらない。

逃げ込んだ先にあったはずの土壁も何もなく、恐る恐る上を向いて見れば影はなく思わず安堵の息を吐く。


「メイ、ルーンさま…あれは、何だったのですか…?」

「…分からない。けど、幻覚だった…?怪我もないし…」

「こんな、こんなっ生々しい感覚が、ですか…!」

「信じ難い気持ちは、私も同じ…」


顔面蒼白で涙を流し続けるミレイユ嬢を震える腕で抱きしめる。そうするとあの黒い木に似た影の感触が和らいだ気がして、ゆっくりと息を吐く。

動揺を収めてどうするか、考えなければ。


「…軍人を呼んでも、子どもの悪戯だと思われてしまいそうね」

「何か、証拠は…?」

「怪我もなく、壊れた物もなく、私達の記憶にだけ」


襲われたと報告しても、無駄だろうか。

それを差し置いてもここはスラムの入り口だ。長く留まるのはよろしくない。

まだ震える足に力を込め、立ち上がってミレイユ嬢も立たせる。腰が抜けているようなので肩を貸し、路地を脱出する。ベンチがあったのでミレイユ嬢を座らせ、私も座り込む。

ーーーそういえばあの時、人が見当たらなかった。今目の前には結構な人が通り、近くで土壁が現れ戦闘音がすればすぐに騒ぎになりそうなものだが。




「…落ち着きました?」

「メイルーン様は…お強いですね…あんな事があっても、毅然としていて…」

「先ほどあなたを抱きしめた時、震えているのに気がついてなくて良かったですわ」

「…先ほどの事は、本当に幻覚なのでしょうか」

「幻覚と思うしか…ないと思いますわ。あんな出来事…あっていいはずがありません」


外套を着た何か。異形の触腕に、影から伸びる黒い木。黒い木から覗く巨大な血走った目。

間近で見たあの目玉を思い出し、思わず口元を抑える。




「…落ち着いたら、帰りましょう。学園夜会は…いけそうです?」

「…わかりません」

「私もですわ。でも行かなければ、心配をかけるだけ…私も頑張りますから、良かったら来て下さいな」

「……はい…」


ミレイユ嬢が宿泊している宿泊施設へと人混みを避けて送り届けた。別れる頃には顔色はまだマシになっていたが、夜会に来るのは難しいかも、と思う。

彼女が宿泊施設へと入ったのを見届け、人通りが少ない路地に入る。路地に入る事自体に恐怖はあったが、貴族としての意地が勝ってくれたようだ。


「っ、は…っ!はあっ…」





息が上がる。地面に座り込み、体を抑えるように抱きしめる。

毅然となんてしていない。1人になると、死の恐怖に抗えなくなる。あんな事、本当に起きていれば間違いなく死んでいた。

魔法という現代の銃などと同じくらい、いや銃以上に恐ろしい…すぐ隣にある害的手段。その恐ろしさを身をもって実感したのは初めてかもしれない。

そしてあの目玉…魔法競技大会の変異した魔物に睨まれた時を彷彿とさせた。あの時から覚えていた感情。






「…馬鹿ね、私…」




どこかで、転生した事を楽観的に見ていた。


自分は一歩後ろから知っている事を思い出して、それを起きるのをさも当然のように受け入れていた。ゲーム本編前にはこんな事があったんだ、と頭のどこかで客観的に捉えていたのだ。

メイルーンは生きていて、メイルーン自身の人生があって、こんな風に危険な事も、狙われる事もあるのだ。




「私は、世界の事を考える前に…まずは、自分の事を考えなければいけなかった…」


起きた事象を受け入れるのではなく、自分で何かを起こす意思。世界に対してではなく自分に対して向き合わないと、私はこの世界で異分子であり続けるだけだ。


「何が、私は私のやり方で、古代海魔の問題に当たりたい、よ……【私】がないんだから、やり方なんてあるわけないじゃない」


5年生の最初。勢い勇んで考えた思いは、転生した特別感から得た大言壮語ではなかっただろうか?




路地裏で膝を抱えて(うずくま)る私は、しばらく動く事が出来なかった。







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