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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
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【8】



「それでは…」

「…お前ら、何やってんだ?」


調理場の入り口に、レオニダスが立っていた。リュックを背負っており、その中のボトルには真水が入っているようだ。

アインルーガ様を見て驚いていたが、私を見て更に驚いていた。


「丁度良かった、レオニダスさん。準備をしてこちらに来て下さい」

「は、はあ…?」


馬車を使った分、私達の方がここにきたのが早かったのでレオニダスは事態を飲み込めていないようだ。

魔法を使い、水の容量が大きいので毒素を含んだ魔力を浮かせるように変える。正直真水を操作する方が楽なのだが、制御を間違えると調理場に迷惑がかかってしまう。


「…これで、この釜の中は大丈夫かと」

「ふむ…?」


一定の水の適性がないと毒素を検知出来ないので、ギルバーレンさんは首を傾げている。たしかに見た目は変わらないので分かりにくいが、ちゃんと真水になっている。

分かりやすいよう毒素を含んだ水を更に圧縮し濃度を上げると、2人が目を見開いた。


「なるほど…濃度が上がると、さすがに分かりますな」

「禍々しさすら感じる魔力だな」

「それが、毒素を含んだ魔力か?」


レオニダスが荷物を置いて、釜のある方へと近付いて来た。どうやら私の手の上で浮いている水を見て何をしていたか察したようだ。


「ええ、レオニダスさん。この魔力を覚えて下さい。適性が弱くても、覚えさえすれば除去出来るかもしれません」

「そんな事、出来るのか?」

「もしかしたら、ですが」


レオニダスは天才児と言われる魔法使いであり、将来はその名に恥じぬ優秀さを誇っている。今は地水火風の適性に強弱があるが、全て最高値になるポテンシャルは持っているのだ。

肉体労働するよりも、彼ならそう遠くない内に濾過出来るかもしれない。


「異常な魔力を検知出来るようになれば制御で取り除けますから。ギルバーレンさん、この水が入るいらない瓶などありませんか?」

「それじゃあこれに入れてくれるかい?」


シンプルな瓶を差し出してくれたので毒魔力の水を入れる。レオニダスに差し出し、この水の魔力を覚えるように伝える。

釜の中の水は相当あるが、なくなった時の予防と彼の家族を守るためにだ。


「…はっ、こんなの明日には覚えて濾過出来るっての」

「まあ、それは期待してますわ」

「ふふ、ありがとうございますメイルーン様」

「そうだな、ありがとう。出来ればこの水がなくなる前に、正常に戻ってくれると良いんだが…」

「戻りますわよ。お父様がやっと帝都に来る許可を出してくれましたもの」


年末年始は、帝都の別邸で過ごす。

両親が参加しなければならないパーティや会合が多いので帝都に滞在するから私もこちらで過ごすのだ。

帝都に来てもいいと中々許可が降りなかったのだが、聖夜祭前には別邸に来る事になった。


「いくら我が一族といえど毎度魔法を唱えていれば魔力切れを起こしてしまいますから、許可が出なかったのですけれど」

「なるほどな、ならば近々この事態も終わってくれそうだ」

「水の作り損だったんじゃねえの」

「損も何もありませんわ、問題が解決するのは良い事ですもの」


私の言葉にレオニダスは驚いたような表情をし、礼は言っとくと小さく零した。


「本当にありがとうございました、メイルーン様。例え真水になるのが近いとしても、今から真水を使えると思うだけで喜ばしい事です」





ギルバーレンさんは早速紅茶を淹れてお持ちしますと言って下さったので、私とアインルーガ様は個室へと戻りエプロンや三角巾などを外した。レオニダスはどうしているのだろうと聞けば、お店の手伝いをしているらしい。


「えっ、この年齢でですか?」

「珍しくはないだろう。厨房での軽作業らしい」

「そう、なんですね…」


思わず口に出してしまったが、確かに平民の子どもが働く事は珍しい事ではない、例え少額でも稼いで家計を助けるために。

学園や他の教育機関などで勉強などない場合には働く事しか出来ない子がいるのも事実。

特に平民の中でも帝都の一部にあるスラムに住む子は、ほぼ教育機関に行く事は出来ない。


「お待たせ致しました」

「ありがとう、ギルバーレン」


ギルバーレンさんはティーセットとお茶菓子を持って個室に入り、カップに紅茶を注ぐ。ふんわりとした優しい香りが包み、お礼を言って一口飲めば思わず頬が緩んでしまう。


「美味しい!」

「うん、変わらず美味しいな」

「光栄でございます。…しかし殿下、もう辺りも暗くなってきます。お茶を振る舞えるのは至上の喜びですが、どうぞ暗くなる前に皇城に…せめて下町よりお出で下さい」

「…最近、下町の治安が悪化しているのは知っている」


水の問題で1番被害を被ったのは、平民やスラムの人々だ。貴族はお抱えの魔法使いを持っている場合が多いし、お金に物を言わせて高位の水魔法使いを雇う事も出来るからだ。

不満が溜まれば、他者への諍いを始め犯罪なども発生しやすくなる。




「紅茶を飲んだら帰る事にする。メイルーン、家まで送ろう」

「別邸に馬車を手配してありますので、大丈夫ですよ?」

「…では、そこまで送ろう」


正直、顔を合わせるのが気まずいので一緒に馬車に乗りたくないのだが、さすがに暗くなる時間帯に歩こうものなら家の者に怒られてしまう。言葉に甘えて短い時間を耐える事にした。

ギルバーレンさんが少し考え込み、レオニダスを呼んだ。


「レオニダス、お2人を送ってきなさい。お前に手出しする輩はこの付近にはいないだろう」

「はあ…?」

「まあ、確かに手出しするのはいなさそうだが…」


ガキ大将、という単語が頭をよぎり思わず笑いそうになるが、何かを感じたらしいレオニダスが火を出そうとしてきたのでやめておいた。







お茶を堪能し、外套を着込んで外に出る頃には辺りは暗かった。

アインルーガ様は大通りに馬車を待たせていたのだが、馬車の中には外套を着て私服の護衛の方がいた。

私が馬車の中に入ると、アインルーガ様とレオニダスが話し込んでいた。


「こちらのブランケットをお使い下さい」

「ありがとうございます」


この季節の馬車は冷える。良質な馬車だと一般に普及するものより断熱性に優れているためまだマシなのだが、足元に感じる冷気はどうしようもない。

もこもことしたブランケットは暖かく手触りも良い。手触りを楽しんでいると護衛の方から見られている事に気付いた。


「どうかなさいました?」

「い、いえ!なんでもございません!」


そういえばメイルーンは寒いからと文句を言ったり、叱責したりとアインルーガ様がいない時は好き放題していた。いる時も大概だったが、見えない所で皇室護衛官の人も被害に遭っていたのだ。


「ええと…暖かいです、ありがとうございます。それと今まで申し訳ございません…」


座りながらだが頭を下げると、護衛の方は慌ててやめてください!と顔を上げさせた。


「いいえ、謝らせて下さい…もう、こういった機会もないかもしれませんから」

「え…?」

「どうかしたのか?」

「いえ、何でもありませんわ」


アインルーガ様が馬車に入って来て、このやり取りは終了した。

去る時にレオニダスを見れば、何とも言えない表情でこちらを見ており、ひとまず手を振ったがしっしっと手を追い払うように振ってきたのでやめた。

私の笑顔は引きつっていただろう。














「…何考えてんだよ、あいつ」


馬車が走り去った後、レオニダスは雪が降る中立ち尽くしていた。




ーーーメイルーンとなんかあったのか?


レオニダスは最近、アインルーガとメイルーンがどことなくよそよそしい事に気付いていた。5年生になってから突然距離が離れて、最近は普通の関係になったと思っていたのに。

今日カフェに来て元に戻ったと確信出来た…訳でなく、更に違和感が増しただけだった。


ーーー……そうだな、お前には伝えておく。メイルーンとの婚約を、来年までには解消しようと思ってる。

ーーーはっ!?

ーーー彼女が何か起こした訳ではない。ただの私のわがままだ。

ーーーそんな事…あいつは知ってんのかよ?

ーーーもうメイルーンには伝えている。

ーーーはあぁ!?




「アインルーガもあいつも…何考えてんだ。

1人で大丈夫だと思ってんなら、本気で馬鹿かよ…」






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