【7】
「そこまで!」
声が響き、手を置く。プリントが宙に浮き、教壇に立つレイサ先生の手元へと集まる。
「はい、これにて学期末テストを終了します。皆さん、お疲れ様でした」
全員が歓声を上げ、解放感に包まれていた。私もやっと終わったと息を吐く。
学期末テストは成績にも影響する大事なテストであり、一応私は2回目だ。初等部の内容なので基本科目はともかく、魔法が絡んでくると厳しいものがある。
後は帝国史だろうか、ゲームにそこまで詳しくは書いていなかったので覚え直しは苦労した。
「ふう…」
「あら、珍しい。お疲れみたいね?」
「別に」
「?」
レオニダスの顔色はあまり良くない。時々目頭を抑えるような仕草もしていたし、体調が良くないのだろう。
水質汚染の問題は、魔物の征伐は終わったらしいのだが毒素を含んだ魔力が全て取り除かれるのはもう少しかかるらしい。お父様も頑張っているのだが、帝都は広すぎる。健康被害が軽症の方しかいないのが不幸中の幸いかなと思う。
学園の生徒は毎朝体調調査され、毒素が検知されれば解毒魔法をかけてもらえる。なのでレオニダスの体調不良は今回の影響ではないはず。
「今日はこのまま終礼をして終わりとなります、準備をして待っていて下さい」
レイサ先生は答案用紙を持って教室を出て行き、私達は筆記用具などを片付けているとミレイユ嬢が声をかけてきた。
「どうかしました?」
「ええと、あの…ご相談したい事がありまして、この後お話出来ますか…?」
「ごめんなさい、今日は用事が入っていて…明日でも大丈夫かしら?」
「はい!突然言ってしまって、こちらこそ申し訳ないです…」
ミレイユ嬢の相談事は気になるが、テストが終わったらアインルーガ様に呼ばれているのだ。多分、婚約破棄関係の事だと思うのだけれど。
明日の放課後に約束し、リンドウ先生が教室にやってきたので終礼が始まった。
そしてその後、アインルーガ様と共に場所を移動する。
もう、話題は決まっている。
……と、息巻いていたのだけれど。
「ア、アインルーガ様?」
「ああ、すまない。もうそろそろ降りる」
馬車で揺られ、向かったのは下町の方面。アインルーガ様の指示で大通りに止まった馬車から降り、更に下町の中へと入っていく。
下町の中に馬車で入っていくと目立つので降りるのは分かるのだが、目的地を知らされていない私は困惑するばかりだ。
寒いからと渡された外套を着てフードも被っているので尚更分からない。
「ここだ」
「カフェですか?」
「ああ、フードはまだ取らないように」
「?」
看板にはフォーチュン、と英語で書かれていた。中に入れば暖かな空気に包まれ、いい匂いが漂っている。小さくて質素ではあるが、穏やかに時間の流れる静かなカフェだった。
「いらっしゃいませ」
「…あら?」
「一度会っているだろう?」
迎えてくれた店員は、前に病院で会ったレオニダスの母親であるリアナさんだった。向こうも驚いていたが、すぐに奥の方へと案内されついて行く。
店の奥には仕切りのある個室のような物があり、そこにどうぞとリアナさんは案内してくれた。
「ご来店ありがとうございます、アインルーガ様、メイルーン様」
「リアナさん、お久しぶりです。学園祭で挨拶した程度でしたか」
「ええ、お忙しい中ありがとうございました」
アインルーガ様とリアナさんが話していれば、注文を聞かれたのでとりあえず紅茶を頼んだ。
そしてアインルーガ様はマスターを呼んできてほしいと頼み、リアナさんがいなくなって外套を脱いだ。
「実は頼みがある、メイルーン」
「頼み、ですか?」
どうやら婚約破棄話ではないらしい。肩すかしを感じながらもアインルーガ様の目は真剣だったのでちゃんと聞く。
「このお店は、リアナさんが働いている。そしてマスターにはリアナさんもレオニダスも相当世話になっている。
しかし、閉店の危機に瀕しているんだ」
「水質汚染の問題で、ですか?」
アインルーガ様は頷くが、私は思わず反論してしまう。
「ですがアインルーガ様、それは…」
「分かっている。私的な頼み事は周りとの差別を生みかねない、ましてや私からの頼みだ。だが、このお店は私の秘匿拠点の1つでもある」
「!」
秘匿拠点。皇族が個々に持つ、緊急時などの避難所になる所と言えばいいだろうか。転移魔法陣や武器などが置かれ、その拠点はいくつあるのか、どこにあるのかは個々にしか分からない。
前にメイルーンが聞いた時は持っていないと答えていたが、恐らく幼い頃からここは秘匿拠点だったのだろう。
「秘匿拠点を教えるのは、このお店を救うための私なりの誠意だ」
「先行投資が大き過ぎますわ…協力致します」
というか協力する以外の選択肢はないだろう。
具体的にどうしようかと聞こうとした所、お店のマスターがやってきた。口の周りの髭がオシャレな優しげな男性だった。
「ご来店ありがとうございます、アインルーガ様。ようこそいらっしゃいました」
「メイルーン、こちらはお店のマスターのギルバーレンだ。とても美味しい紅茶を淹れてくれる」
「ふふ、光栄です」
笑うと目元にシワが寄り、優しげな印象を与える。アインルーガ様もどこか親しげで、秘匿拠点だからというのもあるかもしれないが信頼しているのだろう。
「メイルーン・ウンディーネ・ファクトヒルデです。どうぞよろしくお願いします」
「ギルバーレンと申します、メイルーン様のお話は様々伺っております」
「お話…様々…?」
誰から?と思うがギルバーレンさんはニコニコ笑うだけで答えるつもりはないみたいだ。
「ギルバーレン、知っているだろうが彼女は水の魔法使いで一際優秀だ。水から毒素を発見したのも彼女なんだ」
「なるほど、そういった事で…真水をお作り頂けるという事でよろしいでしょうか」
「はい、可能であれば早速お手伝いさせて頂きます」
「本当に助かります」
どうやらこのフォーチュンというカフェは、微妙な立ち位置らしい。
アインルーガ様の秘匿拠点であるため一部の人間などには教えているものの関わりが露見すると探りを入れられる可能性があるため、表立っての支援が出来ないらしい。
ギルバーレンさんとリアナさんが給水所に行こうにも遠いらしく、武器の手入れなどに水を使う事もあるので確保は頭が痛い問題だったそうだ。
「そして気付いたと思うがレオニダスが疲労していただろう?」
「体調が悪そうとは思いましたが…」
「彼が頑張ってくれているので、今までお店を回せていたのですよ」
「まさか、レオニダスさんが毒素の除去を?」
「いえ、彼の適性はまだ高くなく…学園の給水所から、わざわざ持ってきてくれるのですよ。彼の家の分も持って来ているようで、毎日何往復しているのか…」
何度も一人でやらなくていい分担しよう、と言ったらしいのだがレオニダスは頑なに一人で動いているらしい。
「全くもう…馬鹿ですわね。そんな事をテスト期間にやっていたなんて…」
「私も先日聞いて、大変驚きました」
私とアインルーガ様は上着を脱ぎエプロンを着け、髪を纏めて三角巾で縛り、口と鼻を同じく三角巾で隠す。これから調理場に入るとの事で衛生的な格好をすると共に顔を隠すためだ。
ギルバーレンさんの案内で調理場に行き、手を入念に洗う。水はちゃんと私が濾過してあり、それをアインルーガ様から聞いたギルバーレンさんも半信半疑ながら私の有用性がわかったようだ。
「ファクトヒルデの女児は……だと噂されていましたが…」
「? 何か仰いました?」
「いいえ何も。こちらです」
調理場の奥、大きな釜の中には水が入っている。微量ではあるが、やはり毒素が混じっているようだ。




