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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
67/125

【5】



「おにーさま!いっしょにおみずあげよう!」

「おはなにおみず!」

「ああ、そうだな。だが、やっぱり元気ないか…」

「え?」


プランターからは芽が少しだけ出ているのだが、少し萎びているように見える。リマくんとテマちゃんもはしゃいでいたが芽を見て悲しそうに表情を曇らせた。

2人はリバーレ様の手から降りて、プランターを見つめる。


「確かに少し、元気がないですね…?」

「少し前からこうなの。同じ花は何度も咲かせているから、何故こうなったのか分からなくて…」


水のやり過ぎでもなく、水温は冷たすぎない水温にしてあるので、根が腐っているわけでもなさそうだ。

土や種に問題がなさそうだが…と思っていると、2人がプランターに水を入れようとしていた。


「!?…待って!」

「「ふえ?」」

「メイルーン?」


2人を止めて、ジョウロに汲まれた水を見る。


「どうかしたのか?」

「…この水…不純物が混じってます」

「なんだって?」


リバーレ様やネアシェ、使用人の方々がどよめいた。

ジョウロに汲まれた水に手を翳し術式を発動する。




「…わかるか、ネアシェ?」

「いいえ。でも…メイルーンが言うなら」


私は水を戴くファクトヒルデ家の人間だ。信憑性は十分だろう…社交デビューもしてないのに悪名があるメイルーンという所が、足を引っ張るかもしれないが。

水の魔法で水を操作しようとするが、何か混じっているせいでやりづらい。


真水(イルローヴ)


本来であれば術式をもって泥水からでも真水を濾過して精製する魔法なのだ。ジョウロから水が浮き上がるが、ジョウロの中にはまだ液体が若干残っている。


「この浮いてるのが真水ですわ。このジョウロの中に残っているのが…」

「…これは…!」


リバーレ様とネアシェが驚いたように目を見開き、私も頷く。

だがリマくんとテマちゃんは状況がわかっていないようで不安そうにしていた。それに気付き、別のジョウロに濾過した真水を入れて渡す。


「リマくん、テマちゃん、驚かせてごめんね。このお水をお花にあげましょうか」

「う、うん…」

「おにーさま、おねーさま…?」

「…ええ。このジョウロでお水をあげましょう?」


ネアシェは優しく2人に笑いかけ、それに安心して2人ともプランターにお水を注ぎ始めた。

リバーレ様に目配せをすれば頷いてくれて、何人か使用人を引き連れて温室の出入り口の方に向かった。




あの後、水やりをしていると私の迎えが来たと教えられ、今日は帰る事となった。

帰り際にネアシェに向かってお父様に伝えておくわと言えば、彼女も同じく報告すると言っていた。











「……色々言いたい事はあるが、水に毒素が混じっていたというのは、本当か?」

「ええ、本当に微量で…水の適性が高くないと気付けなかったわ」


そう、あのジョウロの水には不純物、いわゆる毒に分類されるであろう物質が混ざっていた。濾過した後に残った毒々しい液体は、明らかに危険そうだった。

例え何日か飲んでしまっても平気なくらいの微量さではあったが、それが長期間続けば健康被害になりかねない。

成長する植物はその毒素に敏感に反応したのだろう。


「我が領地でそういった事例はないから、帝都だけか…どちらにせよ、調査せねばな」

「はい、お願いします」

「近々年末年始に向けて帝都の別邸に行く予定だったが、変更しよう。私は明日…いや、今日から行く。問題が解決するまでお前達はこちらにいなさい」

「お父様、私も行きます」

「ガルフィース…いや、必要だと判断すれば呼ぶ。それまではここにいなさい」

「…わかりました」


ガルフィースは残念そうに俯き、私とお母様も頷く。水の適性が高いと、少量の毒素であれど体調を崩す可能性すらある。

すると外が若干騒がしくなった気がした。多数の話し声と馬の音。


「どなたかいらっしゃったようですね」

「まあ、予想は出来るが。君、出立の準備をしてくれ」

「はい」


お父様から指名された使用人が出るのと同時に別の使用人が入ってきて、お父様に耳打ちする。


「皇城からの使者だそうだ。相変わらずシドレ公爵は仕事が早いな」

「では…」

「ああ、メイルーンが言った案件だ。すぐに出立すると伝えておいてくれ」


使用人は返事をして部屋を出て行く。一気に屋敷中が騒がしくなってしまった。


「旦那様、お気をつけて」

「うむ、しばらくこちらは任せる。クーメルも用心するように」

「はい」

「メイルーン、ガルフィース。クーメルの言う事を聞いていい子にしているんだぞ」

「わかりましたわ」

「はい、何かあればすぐお呼び下さい」


お父様は家族の頭にキスをして撫でてくれた。すぐに出て行ってしまって寂しいが、恐らくこのままだと帝都が危険だ。




「ガルフィース?」

「…私の力では、実力不足という事でしょうか」

「今はまだ、という事よ。必要であれば呼ぶと言っていたでしょう?」

「…そうですね」


ガルフィースは悲しそうで悔しそうで、自分の不甲斐なさを悔いているようだ。私もだがまだ子どもなのだから、焦らなくても良いと思ってしまうが次期公爵の彼はまた違うのだろう。





「それにしても、帝都にいる方々は大丈夫かしら…」


恐らくもう生活水として使用されているはずだ。そして下町などでは飲み水になっている可能性すらある。

学園で普通に使用していたが、学園の水は真水だった。だから気づくのが遅れたのだが。

帝都に住む人たち。ララさんや平民だが友人の方々。雑貨店の老夫婦…別邸のお世話をしてくれる使用人の皆さん。いつからそんな事になっていたのかわからないから、不安が募る。











そして翌日。

帝都新聞には水の汚染という形で情報が漏れ、帝都中が大混乱する事となった。

そして学園は予期していたのだろう。

【学園の水に関しては帝都の水道循環とは全く繋がっておらず、全て濾過された状態の水が出るようになっています、安心して利用してください】

と張り紙がされていた。




「メイルーン様!」

「はい?」


その張り紙を見ていると、令嬢の方々に声をかけられた。


「メイルーン様のお父様が対処に回っているとお伺いしましたわ、その…」

「昨日の夜からですが、お父様が調査を始めています。いずれ原因ははっきりするかと」


安心したように周りの生徒も息を吐いたので、良かったと内心思う。


「皆さん、お知らせの通りです。

もうまもなく始業のベルが鳴りますよ」

「生徒会長!」

「ふふ、もう元生徒会長ですけれど」




私の後ろに現れたティナシア・マルローエ前生徒会長の一声で、張り紙前にいた生徒達は散り始めた。

ティナシア様は魔法競技大会の時にレオニダスと同じチームでありリーダーを務めており、無属性魔法使いとしても名高い女傑である。


「ティナシア様、皆さんを動かしてくださってありがとうございます」

「いいえ、偶然居合わせただけよ」


ティナシア様に見つめられ、首を傾げればクスッと笑われた。嘲りなどでなく、慈しむような目だった。



「?」

「いいえ、なんでもないわ。またね」

「は、はい。失礼致します」


一礼し教室へと向かう事にした。






「もう少し良くなるのが早ければ、生徒会長に推薦したかったのだけれど…」


ティナシア様の呟きは私の耳には届かなかった。






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