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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
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【1】第七幕:聖夜は子どもの味方なのです。




……ま!

お……う…ま!



「お嬢様!」

「へっ!?な、何!?」


ハッと気付いたら、目の前にナタリーがいた。


「先ほどからお声がけしていましたが、反応がなかったもので…」

「ご、ごめんなさい。どうかした?」

「少し冷えて参りました、上着を羽織って下さい」

「あ、そうね。ありがとう」


指先がひんやりとしていて季節も変わってきたな、と思う。もう少しで秋も終わりだ。




「それでは失礼致します、何かあればお呼び下さい」

「ありがとう、ナタリー」


一礼してナタリーは出ていった。保温効果があるポッドには紅茶が追加され、カップに注いで一口飲めば体の中から温かいものが染み渡った気がする。

今はファクトヒルデ家の書庫で勉強している。古めかしい書物から最新のものまで、使用人が頻繁に仕入れてくれているらしい。

寒くなり、温度管理された温室でも良いのだが最近は主にこちらに来ている。


「………」


書物、ではなく日記。日記というよりはもう記憶帳と言ったほうが正しいのかもしれない。記憶帳を開き、羽ペンを持つ。







あれから数週間。

学園祭の片付けも終わり普通の日常生活に戻っている中、私は整理のつかないまま日々を過ごしていた。

後夜祭で言われた、アインルーガ様の言葉。


ーーーお前は、何者だ?

何かが変わったのだと確信し、しかし前よりは良い人間だからと深くは追求しなかった。

それは大変に助かるし、転生を言っても信じてもらえなさそうなのでともかくとして。




ーーーお前との婚約を解消して貰う。母様も私も、もう人に甘えず進むべきだ。……だから、ありがとう。

そう、何故こう繋がったのかわからない。

そもそもメイルーンは知らないが、現代の私はゲーム内でサラッとだが語られていたためにアインルーガ様とメイルーンの婚約の裏事情を知っている。


皇妃様とお母様が同級生であった事は言うまでもないが、その中でも人一倍仲が良かったという。

メイドとして頑張っていたのを皇妃様へと召し上げられたことにお母様は憤り、また皇妃様の助けとなる事を願った。お父様もそんなお母様の気持ちを汲み、娘を幼い頃から婚約者にする事で後ろ盾となる事を決めた。

皇妃様を寵愛している皇帝陛下に協力してもらい、陛下から婚約者の話がもちかけられたとすれば基本的に断れない。

つまり皇妃様とお母様、2人の友情が故に結ばれた婚約と言う事だ。

仮に今婚約が破棄されても皇室内はもちろん、少ないながらも貴族内にも味方はいるだろう。何より平民はほぼ皇妃様の味方となってくれるはずだ。




「婚約破棄されると聞いて…ショックを受けてないのがまた問題というか…」


9歳までのメイルーンは、まだ古代海魔の情報も知らないので帝国支配など考えていなかった。なので皇太子との婚約で皇后になれると、偉い立場になれると喜んでいた。

愛というよりは…国の母になれる期待の方が大きかった。アインルーガ様への愛は…幼いのもあって、外見は好いていた。それだけだ。


現代の私は、アインルーガ様を好ましく思っている。しかし誠実で優しい性格が友人として好きなのだ。

正直16歳の中身だから、10歳の男の子を愛する感触が今ひとつ湧いて来なかったのも事実。まだ社交界デビューもしてないから婚約者と言われても婚約者らしい事を何1つしていないし、何よりアインルーガ様は前のメイルーンが嫌いだったから私も最初は本当に嫌われていた。






何よりこの婚約は本来約一年後にメイルーンのせいで最悪な形で破棄される。

ゲーム本編のままいくと、約一年後にメイルーンが操ったお父様が古代海魔を復活させる事件によりメイルーンは四大貴族の称号を失い、アインルーガ様も責任が問われ皇位継承権が剥奪されるのだ。そしてゲーム本編中にメイルーンが黒幕だと判明し最終的には巻き込まれる形で処刑されてしまう。

そしてロンギヌス様が次期皇帝だと決まり、皇室問題は解決するがロンギヌス様の自己中心的な性格が加速するなど別の問題が発生する。

婚約破棄していればアインルーガ様への責任追及は抑えられ皇位継承権の剥奪は確実になくなるだろう。


「…前もって婚約破棄されるのは、もしや都合の良い事なのでは…?」


今のところ、私は古代海魔復活に関する事象を関わってもいないし、王国からの接触もない。

現実として事件が起きる可能性は底辺に近いと思っているが、婚約破棄が正直どちらにとってもwin-winな気がする。

アインルーガ様は皇位継承権剥奪と処刑のどちらの可能性もほぼ無くす事が出来る。

私はその可能性が低くなった事で負い目も感じにくくなり、普通の友人として接する事が出来る。いや、今も十分接するようになってしまったのだけど、負い目や不安が弱まるのは本当に助かる。


「メリットはある…デメリットは…」


ガリガリと記憶帳に書き足していく。

デメリットは、アインルーガ様は縁談が増える事ぐらいだろうか。

私の方は破棄される側だから不貞などの有らぬ疑いをかけられるかもしれないが、そこは幼さなどを盾にして回避してしまえばいい。将来別の方との婚約にも支障が出るかもしれないが、それはそれで別に良い。

林間学習の時にもう矢頭に立つ必要はない、とアインルーガ様が言って下さっていたのを思い出す。もしかしたら、その時から婚約破棄を考えていたのかもしれない。

そして最大のデメリットは。





古代海魔の封印の一時的解除、及びゲーム本編への影響だ。

正直、もうゲーム本編とは全く違う道を歩むだろう。そうなった時…バッドエンドである帝国が古代海魔によって海の藻屑となる事態だけは、避けねば。


古代海魔の封印は解けてしまう。

一時的な解除は1年後、封印が完全になくなるのは、6年後だ。




「霊廟での儀式の際に精霊ウンディーネが気にかけてくれたのは、多分古代海魔の事があるから…。

私とガルフィース、どちらも期待されてると思っていいのかしら」


青い影が頭を撫でてくれた事を思い出す。

古代海魔を鎮め封印したという聖女オルガンテ、その役割を担うのは本来主人公だ。ミレイユ嬢は今急速に成績を伸ばしているが、間に合わない気もする。





「魔導書と、唄と、愛…これらが、必要なもの」


魔導書は精霊から賜り、唄は己の心の内から湧き出し、愛は他者との間に生まれる。

古代海魔の封印に必要なものだ。ゲーム本編ではルート攻略という事になる。




「……って、私が…ルート攻略するの?」


何か釈然としない気持ちのまま、愛というとんでもない壁にぶつかった。







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