【9】
「さあ、メイルーン。こっちだよ」
「ええ、お父様」
帝都から領地へと戻り、学園の再開が間近という中。私は領地で重要な役割を持つ場所へとやってきた。
水の霊廟。
水の精霊、我が家が名を戴いているウンディーネが眠るとされる神聖な場所である。
霊廟は普通、先祖の霊などをまつる建物なのだが、この世界では精霊の寝所として扱われている。
この時期になると霊廟にて精霊を奉り、1年の感謝とこれからの繁栄を願うのだ。現代でいうお盆だろう。
お父様とお母様、私とガルフィースは儀式用の服を着て霊廟の中を歩いている。霊廟に入れるのは名を戴いている一族と皇族、準備をする者のみとなっている。
準備をしている人は白いローブを着ておりフードの影響で顔は見えない。
霊廟内には水流が床と壁から流れており、海から直接流れ込んでいるらしい。
なのに湿気はなく寒くもなく、潮の香りはしない。差し込む光は水に反射したように光って煌めいているし、まさに不思議な空間としか言いようがない。
「1年に1度の儀式だ。良く見ていなさい」
「わかりました」
「もちろんです」
私とガルフィースはお母様と一緒に少し離れた場所へと移動し、お父様が霊廟の中央、大きな噴水のような物の前に立つ。
メイルーンはこの行事に毎度参加しているが、どうやったらウンディーネに気に入られるかしか考えていなかった。お母様とガルフィースが止めていなければ儀式に割り込んでいった気すらする。
「清廉なる水を司り、霊廟に眠りし精霊ウンディーネよ。ファクトヒルデが一族、ガランティースが願い奉る」
お父様の祝詞に反応したかのように噴水の中から青い光が漏れ出し、霊廟内へと反射してまた噴水へと戻る。
「世界にもたらす恵みを、世界を巡る原初の存在を。
蒼き海へ絶え間なく流れ、祖は尊き調べを奏でる者。
精霊ウンディーネよ、我が一族に、我が守護する帝国に、水の加護を」
キラキラと、水の水滴が宙に浮く。噴水の周りにうかぶ水に目を奪われていると、くい、と袖を引かれた気がした。
「?」
後ろを振り返るが、誰もいない。何だろう、と思ったらお父様が驚いたような声を上げる。
「精霊ウンディーネ…!」
「おお…」
「これは素晴らしい…」
手伝っていた白いローブの方々が呟いて次々に膝をつき、首を垂れる。お母様も膝をついてしゃがんだので、私とガルフィースもしゃがむ。
そうしなければいけないように感じる程、空気が張り詰めた気がしたのだ。
頭を上げないようにしながら上目遣いでそろりと見上げると、噴水の上に青い影のようなものがあった。顔のはっきりとした造形はわからないが足が魚のようになっていて一見して人魚のように見える。
「精霊ウンディーネ…拝謁賜る事、光栄に思います」
『…昨今、水質の変異が著しい』
口が動いているようには見えないのに、声が頭の中に直接響く。女性らしいが、威厳に満ちた凛とした声…だが電子音のように抑揚がない。
『清廉が保たれず、変異した我が依り代…早急に対処せよ』
「はい、かしこまりました」
バシャン!と激しい音がして噴水の水が跳ねる。空気が元に戻って、
「!」
「っ、え…」
いなかった。目の前に、青い影が現れたからだ。腕らしきものが伸びてきて、私とガルフィースの頭を撫でたのだ。
水で撫でられているように感じるが髪は濡れていない。少し微笑んだように見えたがピチャン、と音が聞こえた瞬間に水が弾けるようにして消えた。
ーーー今の感じ、どこかで感じたような?
「…ふふ、どうやら我が子は精霊ウンディーネに気に入られたようだ」
「ええ、姿を拝謁出来る事自体が珍しく…個に気にして頂ける事など、聞いた事がありません」
頭を触ってみるがやっぱり濡れていない。
あの、青い影が精霊ウンディーネ…?
「メイルーン…ガルフィース?」
「えっ、あの…びっくりし過ぎて、反応出来なかったの…」
「ぼ…私も、です」
「ははっ、初めて見た精霊様を間近で見れたんだ。大変に光栄な事なのだから、覚えておきなさい」
「「はい!」」
今になって感動のようなものが溢れた。
水の儀式自体が幻想的で美しいものだったのに、水を意のままに纏う人魚の青い影…あれが精霊ウンディーネ。
ゲームで描かれている、精霊ウンディーネの姿は青い光の玉だった。
古代海魔の一時的な復活の際に水の清廉さが保てなくなり、姿を無くしただの思念体となって主人公の前へと現れるのが蒼海の奏者の始まりなのだ。
「ふむ、どうやら水の加護も賜われたようだ。後は…変異した依り代、水の問題だな」
「公爵様、早急に調査を…」
「ああ」
お父様は白いローブの方々に指示を出し、儀式を続けるようだ。
私達も立ち上がり、儀式を見守った。
あの後、儀式は滞りなく進められ終了した。
お父様は一日霊廟にいる必要があるらしく、私とガルフィースとお母様だけ邸宅に戻って来ていた。
「…お父様に、あの湖の情報は行っていないということかな」
エルヴァスティの森の、あの巨大魚が出現した湖。私達が見た段階で湖には巨大魚が何匹もいた状態で、水は濁って底まで見えなくなっていた。変異した水とは恐らくあそこな気もする。
だが考えてみれば学園長は私達の親に知られると困るからと口止めしたのだし、当たり前か。だがあの件は皇帝陛下が協力する事になっていたはず。どうするのだろう…?
考えても考えても良い思考が浮かばず、思わずベッドに寝転がる。
「…こう考えてみると、ゲームで5年前の事故の事ってあんまり掘り下げられてないんだよね……」
ゲーム本編内で全てのキッカケとなった1回目の古代海魔が復活した時は第一次海魔事件と言われていたが、所詮過去の話なのでぼんやりとした設定しか出てこない。
主人公は公爵家となった出来事なのでちらほら描写されているのだが、悪役令嬢メイルーンがどう動いていたのかなんて描写はない。
魔法競技大会での事なんかはヤクト様のエピソードに組み込まれても良さそうだったが。初めて共闘した時の話とかで。
日記に箇条書きのように思い出したら書き込んでいっているため、結構ぐちゃぐちゃだ。
読むのを諦め、時間がある時に整理しようと机にしまい込んだ。
「精霊の件は…みんなに、相談して…」
眠気に抗えず、瞼が重い。そのまま目を閉じれば、すぐに夢の世界へと旅立つのだった。
日記に書かれた、
・メイルーンが主人公を襲う
・ウンディーネが守る
・精霊の存在をメイルーンは見たことなかったので信じていなかった
・メイルーンはウンディーネに嫌われていた?
というゲーム本編の出来事と推察が書き込みに埋もれているという事も知らずに。




