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蒼海の奏者  作者: 鮭いくら
第1章
50/125

【4】



「…あら?」


病室から離れた所にあったベンチへと座ろうと思ったら、座る所の上に何か落ちていた。見たところ案内状だろうか?

ちょうど入れ替わりにベンチから立ち上がった人のすぐ側に落ちていたので、その女性のものかと思う。


「あの、赤髪の方!」

「は、はい?」


びっくりしたようで素早くこちらに振り返った20代前半に見える若い女性。ドレスは着ておらず普段着のようだから平民の方だろう。……どこかで見たことある気がするのだけど。


「こちら、あなたのですか?」

「あっ…はい、そうです。ありがとうございます」


案内状を見て、持っていた鞄を漁り落としていた事に気付いたようだ。手渡してあげれば深々と頭を下げられた。


「これがないと病室に辿り着けない所でした…本当にありがとうございます」

「いえ、良かったですわ」


女性は再度礼をし、通路の奥へと消えて行った。この病棟は特殊病棟だから、平民の方の見舞いだろうか。

やはりどこかで会った気がして、首を傾げるのだった。








「メイルーン!」

「あら、ネアシェ?」


こちらへと小走りで来てくれたネアシェ。面会してから数分くらいしか経っていないけれど、どうしたのだろうか。


「ヤクト卿が許可して下さってね、メイルーンも病室にどうぞって」

「ヤクト様が?」


意外だったが、魔法戦に出てくれと言われた時を思い出す。ヤクト様は派閥とか関係なく自分の思った事をする方なのだろう。

事実病室前の護衛と思しき方々は苦い顔をしていた。




「失礼致します、ヤクト卿」

「失礼致します」


広い病室の真ん中にベッドが置かれて、ヤクト様がいた。その側ではアインルーガ様が座っていて、迎えいれてくれた。


「僕の家の者が失礼したね、メイルーン嬢。せっかく見舞いに来てくれたのに有るまじき行為だ、後で言っておくよ」

「いいえ、仕様のない事ですから」

「はは…そう言ってくれると助かるよ」


ベッドの横の椅子に腰掛け、使用人の方が横のキャビネットにさりげなく飲み物を置いてくれた。


「お元気そうで何よりです。お怪我の具合はいかがですか?」

「だいぶいいよ。左腕はまだリハビリ中だけど」


魔物が現れた、あの時。衝撃でヤクト様の擬似体力(ダミーライフ)はゼロになり、瓦礫とその後の戦闘の余波を避け切れなかったために相当な重傷を負ったらしい。

特に左手には未だに包帯が巻かれていて痛々しいが、それ以外の怪我は完治したらしい。


「それにしても見たよ、あの魔物についての資料。原因不明って事しか書いてなかったね」

「はい、そうですね…」

「アインルーガ様。その辺りの情報、何かご存知ではないですか?」

「いや…」


ヤクト様の言葉にアインルーガ様が首を振る。

アインルーガ様も公表された情報以外は手に入らず、また詳細な調査も禁じられたらしい。


「皇室専属の研究所が調査しているという事と、闘技場の修繕工事がまもなく始まる、くらいだな。知ってるのは」

「やはり、闘技場は修繕したら再開するのでしょうか?」

「今のところその予定らしい。帝国最大規模の施設だし、何より人気があるからな」


客足は最初多少落ち込むだろうが、すぐに戻ってくるだろう。特に貴族は娯楽に飢えてるから。





「残念だったなあ。あの事件がなかったら青チームが勝てそうだったのに」

「あはは…」


魔物の出現前に残っていたのは6人。

黄チームはおらず、緑チームはリーダーのダルシアンさんのみ。

赤チームはレオニダスと4年生の子が1人。

青チームはヤクト様とミレイユ嬢とスレイヴ様。

試合が続いていたならこの内ダルシアンさん、赤チームの子、ヤクト様はあの後すぐに倒れただろう。

レオニダスにミレイユ嬢とスレイヴ様だけで対する……どうなっただろうか?レオニダスもかなり擬似体力を削られていたから、いい勝負になったかも。


「ああ、本当にいい勝負だったな」

「確かに素晴らしい勝負でした」

「ええ、特等席で見ていたアインルーガ様がそう仰るんでしたら、尚更ですわ」

「ありがとうございます。でもまさかレオニダス君の一撃で倒れる寸前まで体力を持っていかれると思いませんでした」


残念に思っているような口ぶりだが、顔は笑っていた。


「アインルーガ様方はこの後レオニダス君の所にも行くんですよね?いつか、リベンジマッチすると伝えておいて下さい」

「わかった、伝えておこう。その時は、是非私も呼んでくれ」

「仰せのままに」


互いに微笑みあっていて、別にこの2人は仲が悪いわけでもないようだ。もう少し殺伐となるかと思ったお見舞いは、和やかで安心した。

ヤクト様が区切り良くしてくれたおかげでこれで退室する事になり、良かったらとメレンゲクッキーもお渡しできた。











メイルーン達が退室し、ヤクトはメレンゲクッキーを1つ口に含んだ。


「うん、美味い」

「ヤ、ヤクト様!?何食べていらっしゃるんですか!!」


使用人や護衛が慌てたように止めようとするが意にも介さずまた1つ食べる。


「それはファクトヒルデ家の者から渡されたものです、食べるにしても毒味を!」

「もう食べちゃったから。へえ、面白い食感だなあ、これ」

「ヤクト様!!」

「煩いなあ。毒なんて入ってても、もう効かないって」


言葉に詰まる使用人達を放っておいて、ヤクトはメレンゲクッキーをペロリと食べ終えラッピングを捨てておくようにと渡した。


「それより見たかい、面白い事になってただろう?」

「え、ええ…あの幼いながらに悪評がついているメイルーン嬢があのような振る舞いをするとは……」

「ふふふふ、5年生になってからあんな調子らしいよ。興味深いよね、何があれほど彼女を変えたのか?」


ヤクトは心底面白そうに顔を歪める。それはいつも浮かべている飄々とした笑みではなく、まるで面白い玩具を見つけた子供のような無邪気な笑顔だった。

そして使用人達は知っている、その笑みが本当のヤクトである事を。




「試しにミレイユ嬢につけたけど、あれは失敗だったな。彼女は本当に魔法を教えてあげただけだ。

もっと、劇的に変わる方法とか教えてくれたら面白かったんだけど」


メイルーンは魔法使いとして底辺であったミレイユを、普通に鍛えて強くした。それは青チーム内の全員が知っている事だ。




ーーーメイルーン嬢があそこまで指導が上手いのは予想外だったな。魔力と術式の技能向上において、最善で最短の方法を取っていた。正直、ミレイユ嬢が逃げてメイルーン嬢が魔法戦のメンバーに入ってくれたら御の字だったんだけど……。


「…ふふ、ふふふふ」


ヤクトは笑いながら、ぐしゃぐしゃになってゴミ箱に捨てられたラッピングの袋を見る。





「……興味深い。

卒業までに、もう一悶着ぐらい起きてくれないかな」





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