【13】
1番最初に叫んだのは誰かわからない。
ただわかる事は、巨大な目を見た全員が畏怖し、逃げ出そうと大混乱が起きた事だ。
「な、何ですか、あれは…!」
「魔物…!?」
ガルフィースがこちらまで来て、競技エリアの大穴を見下ろし巨大な目を見て絶句する。ネアシェは席へと座り込んでしまった。
突如として爆発したような音が鳴り、土煙が晴れたと思ったら競技エリアの一部に大穴が開いていた。そして大穴の中の暗闇から、金色の目が見上げている。
言葉で説明すればそんなものだが、実際に目の前で起きると言葉が出ない。
全員が大穴へと集中しているが、私は競技エリアへと目を逸らす。
「っ! ヤクト様!」
大穴は、ヤクト様の近くで発生したのだ。瓦礫の中に倒れる彼を見つけて、思わず叫ぶ。
だが、大穴から伸びてきた腕によって思考を遮られる。爪を持った手が地面をつかみ、地上へとその姿を現した。
「ひっ…!」
「な、なっ!?」
「…っ」
ギャオオオォォッ!!
それは、魔物のようであり、龍のようであり、トカゲのようでもあった。
太い図体に鋭い牙、その巨躯は広い競技エリアの一角を易々と越しており、叫び声は恐怖を増長するには充分すぎた。
生徒達は次々と観戦エリアから出口へと殺到した。
しかし出口は東西南北の四ヶ所にあるだけで、一気に向かえば大渋滞が起きる。混乱した中で叫び声と怒号、罵声。我先にと出ようとしていた。
「姉様!何してるんですか!?早く逃げましょう!」
「でもっ、競技エリアにいる人達が!」
「レイサ先生がどうにか、」
「そのレイサ先生の様子がおかしいの!」
「!?」
競技エリアのセーフティゾーン、そこにはレイサ先生がいる。だが、蹲って震えており、そこから動けるようには見えなかった。
セーフティゾーンには擬似体力がゼロになった人々がいるが、レイサ先生の様子に戸惑うばかりだ。
「っ、どうして防護壁が解けないの!?」
まだ、競技エリアと観戦エリアを区切る防護壁が解除されない。それに伴ってセーフティエリアも解除されず中にいる人達も戦っていた選手たちも逃げる事が出来ないのだ。
擬似体力がゼロになると、擬似戦闘から離脱したと見なされるので本当の体力を消費する形になってしまう。競技エリアでまだ擬似体力が残っている人は、いない。
「煉獄住まう火人の鉄槌!!」
「! レオニダスさん!」
火の玉が、競技エリアの空中に浮く。
全てが巨躯の魔物に向かって隕石のように降りかかる。最初に発動した時より、範囲より威力を上げたのか地面に当たると黒焦げになっていた。
しかし魔物は多少焦げるものの意にも介さないように佇んでいた。レオニダスが舌打ちし、ミレイユ嬢へと叫ぶ。
「そこの水使い!こいつ火属性の魔物だ!火の防護魔法を剥がせないか!?」
「は、ひっ…!」
「ミレイユ!」
ミレイユ嬢は過呼吸でも起こしたのか地面にへたり込み、スレイヴ様が支える。
レオニダスは舌打ちをして自分で水属性の魔法を唱え出した。だがまだ不慣れなのか術式構築が遅い。
火玉が少なくなった事で魔物は吼え、レオニダスへと迫ろうとする。
「くっ…!」
「姉様!?」
私は駆け出した。
もう観戦エリアにほぼ人はいない。出口に向かう通路にはまだまだ人はいるが、距離は充分に出来た。
観戦エリア内で充分に周りに人がいない場所へと立ち止まり、術式を唱える。
「水の長槍!」
ばしゃん!と防護壁に阻まれて水が散るが、少しでもこちらに注意が向けばいい。弱点属性魔法なので、無視は出来ないはず。
「レオニダス!早く、」
ギャオオオォォッッ!!
魔物の吼える声と共に、思わず横に飛び退いて、衝撃。
風と、何か物が当たる感覚と、痛み。飛び退いただけではそうなるはずもなく、現実逃避する間も無く見れば、周りは瓦礫だらけだった。
そしてすぐそばに見える、血走った目。
「っ、ーーぁ…」
魔物が防護壁すら破り、こちらに突進してきたのだとわかる。
周りの観戦エリアはただの土のように破砕され、鋭い牙は硬い壁をまるでクッキーのように噛み砕いていた。その牙が、またこちらに向けられ、大きな口が開かれた。
死ん、
「鳴くが天雷、裁きの鉄槌」
ドォオォォン!!!
「!?」
「よくやったな、メイルーン」
フワリと小脇に抱えられた感触がして、見ればリンドウ先生だった。
「リ、リンドウ…せんせ…」
「全く、無茶し過ぎだぞ?まあ防護壁破ってくれて、助かっちまったけどな」
リンドウ先生は優しく地面に下ろしてくれた。
見れば魔物は雷の刃が何本も刺さっており、暴れようとすると周りを覆うように発生している竜巻で切り刻まれ、更に叫び声を上げていた。
「リンドウ先生!」
「防護壁は消えた!担任は競技エリアにいる奴の救助最優先!副担任は観戦エリアに残ってる奴と出口に殺到してる奴を誘導!
魔物は俺が相手する!」
リンドウ先生は私を下ろすとそのまま競技エリアへと降り、魔物の側へと着地する。
「さあ、メイルーンさんも」
「あ、は、はいっ…」
ここに居ては邪魔になると分かるが、ここにはまだ仲間がたくさんいる。
誘導しようとする先生に逆らって、少し競技エリア側を見てしまう。
「メイルーン!」
「っ、レオニダス!」
先生に肩を貸されてこちらに来たレオニダスは、血を流しながらも無事そうだ。
だが右足は酷く火傷を負っているし、自力では立てないようだ。先程の突進の余波でも食らったのだろうか。
「お前無茶しやがって!早く逃げろ!」
「なっ、無茶はあんたでしょう!あんな術式構築じゃ絶対間に合う訳ないでしょ!?」
「逆にお前が危なくなってりゃ意味ねーだろ!」
「あんたと違ってちゃんと避けれたもの!」
「ああ!?」
「はい、はい!仲良く喧嘩するのは後!」
「「仲良くない!!」」
先生によって抱えられ、強制的に外へと向かう。もう出口付近に人はおらず、外の広場へと人が集まっていてそこに放り投げられた。
「メイルーン!」
「ネアシェ!」
人混みの中からネアシェが駆け寄って来てくれた。
「ネアシェ、レオニダスを治してあげて!」
「! 酷い怪我…!」
「平気だ。装備のお陰でそれなりに防げてるからな」
「どこが平気なの、足引きずってた癖に!」
「装備が焦げて歩きにくかっただけだ!」
ネアシェの治癒魔法が唱えられ、レオニダスの傷が少しずつ癒えていく。ハンカチを取り出して血を拭ってあげれば、心底驚いたように目を見開かれた。
「…お前、」
「何、大人しくしてなよ?」
「いや…ありがとう」
「?」
「おい、なんだアレ!?」
声に導かれてみれば、全員が闘技場の上空を見ていた。そこには、黒く重い、渦巻くような雲があった。
「雷雲…?」
「リンドウ先生、ですね」
カッと白光が瞬いたと思ったら、目に見えるほどの強力な雷が闘技場へと落ちた。
轟音と共に爆発音が響き、そしてそれを最後にして闘技場は静寂に包まれるのだった。




