【8】
「あなた何様のつもり!?」
「たかだか男爵風情が、生意気に!」
「なぜわたくし達が調理など」
「おかげで恥を晒しましたわ、どうなさるつもり!?」
噂が武器の令嬢達が直接詰め寄るとは何事かと思ったが、怒鳴り声を聞いて納得する。
夕食の際、ミレイユが男爵令嬢でありながら調理を行なっていないのが見えていたが、ロンギヌスの差し金だろう。
ロンギヌスは美しく優しく、目立ちたがらずに言う事を聞く女性が好みであるようで、周りにはそんな令嬢しか見た事ない。令嬢は好みの性格に偽るのが得意だから。
だからこそ意見出来る令嬢などいるはずもなく、男爵令嬢のミレイユに対して苦言を言う者はいない。厳密にはいるのだが、ロンギヌスがいる場で言えない。
なのでロンギヌス様派閥の令嬢達はミレイユに嫉妬し、内輪でも虐めを行なっているらしい。
「何とか仰ったらどう?」
「あぐっ…」
令嬢の1人がミレイユさんの頭を横から殴りつけ、地面へと倒れこむ。顔を狙わないのは、目立つからだろう。
「わ、たし…わたしは……なに、も…」
「この女!!」
スカートを掴み足を上げて、そのままヒールがある靴で踏みつけようとする。
「何してますの?」
「な…なっ!?メイルーン様!?」
後ろから鋭く声をかければ、ピタリと全員が止まる。こちらを見て驚愕し後ろへと下がる。
「…メイルーン様、なぜここに」
「森林の中ですし静かに眠れると思いましたのに、鳥のように耳障りで甲高い声が聞こえまして。皆様、この近くに見ませんでした?」
「っ、いいえ、鳥は見た事ないですわ、ねえ?」
「え、ええ…」
全員から一歩引くようにして立って、こちらを伺っている令嬢……あれが親玉だろう。ミレイユさんに迫ったり傷つけようとしたのは子爵家の令嬢だったはず。
「アリナガル子爵のご令嬢だったわね、そんなにドレスを翻して足をあげるなんて」
「は、はひっ…」
「口もつぐみなさいな、恥ずべき事よ?交流はないけれど、マナー講師が出来損ないという事はわかったわ」
「メ、メイル…」
「あなたはフリーセリア伯爵の方ね、あなた随分鳥と似た声をしているのね?」
バッサバッサと斬りつけ取り巻きを排除していく。親玉の前を開けなさいという声なき攻撃は届いていたらしく、後ろで控えていた令嬢の前から取り巻き達は退いた。
そして親玉、ユーグリッド・ラインセルン公爵令嬢。
ラインセルン公爵家は四大貴族には一歩劣るが高名な家柄であり、ロンギヌス派閥に属する令嬢の顔と言っていい。
メイルーンと激しく火花を散らしていたが、ロンギヌスの好みに準拠するように前に出る事はないため、メイルーンがいつも勝っていた。その裏で、相当陰湿な事をしているのを知っている。
「ご機嫌よう、ユーグリッド嬢。
こんな薄暗い場所へいらっしゃるなんて、家位が傷つきますわよ?」
「うふふ、ご機嫌よう、メイルーン様。
ご心配は無用ですわ。こちらこそ最近アインルーガ様の側にメイルーン様を見かけませんでしたので、心配していましたわ」
「それは申し訳ないわね、この通り体調はいいの。そちらは相変わらずお揃いのようね?」
「ええ、それはもう」
「うふふ…」
氷山だ。見ている人がいればそう言っただろう。だけど舌戦をするつもりはない。
消灯の10時が近いのはユーグリッド嬢もわかっているようで、ミレイユさんを適度に痛めつけて部屋に戻さないようにするつもりなのだろう。
消灯時間に部屋がいなければ先生達が探し、評価に傷がつく。その上乱暴されたとでも噂されれば家名に傷がつく事は確実だ。
「まもなく消灯時間になりますわ、お話したいけれど残念ね」
「ええ、本当に残念」
「あら、ミレイユ嬢。転んだままなんて危ないわよ?」
「っ……」
ユーグリッドさんは会館へと進み始め、取り巻き達も追随する。
ミレイユさんはハッとして体を起こし、服についた汚れを払う。倒れた時に右腕を痛めたのか、庇いながら歩き始めた。
「……」
ミレイユさんは、男爵家ながらロンギヌス様に惚れ込まれている。それ故に付き人がおらず1人になると格好の餌食なのだ。
もちろん通学もロンギヌス様が送り迎えしているし、食事もグループ学習も共にいる。その好待遇で中々1人になるタイミングがないため令嬢達の怒りは溜まり、久々に発散されると一気に過激になる傾向がある。
寵愛を受けているということ、爵位が低いことでメイルーンも目をつけ、散々虐めた。ロンギヌス派閥の令嬢に痛めつけられた後、追い討ちをかけた事もある。
私はユーグリッドさん達が立ち去った後、しばらくして部屋に戻る事にした。そして、目的の扉の前に立つ。
ーーーこんな事しても、自己満足を得るだけだ。だけど……。
「…点と点」
扉の内側でガサッと音がし、私は自分の部屋に戻るのだった。
「……ーー?」
ガサッと扉近くで音がした。ベッドから見れば、何か袋が落ちている。恐る恐る近付けば、氷と湿布薬。
「……一体……誰が…?」
先程までベッドの中で流していた涙を止め、ミレイユ・アーバハンは呟いた。




