【8】
アインルーガ様側の顔であったメイルーンが権力闘争に関与しなくなった事で、ロンギヌス様側の取り巻きがここぞとばかりに仲間を増やそうとしているのを知っている。
新一年生への声がけなどもしていて、それを焦ったアインルーガ様側の取り巻きも同じことをし…その行動が高慢かつ強引で、苦情に発展したと。
危険な橋、みんなで渡れば怖くない、の思想で一部のグループが暴走した結果らしいが、止める人がいないのも問題である。
「一応、昨日の朝の段階で忠告はしたのだけれど…対応が後手だったのは否めないわね」
「忠告…?」
「ふふ、高価な積荷は、話さないけれど…操者も待たずに勝手に動く馬は切り捨てるわよって」
アインルーガ様は、意志を示す事が少ない方だがとても優しく情に厚い方だ。それこそメイルーンのような悪役令嬢は婚約者でもなければ即刻切り捨てていただろう。思い出す限りアインルーガ様のメイルーンに対する態度は寒々しく、いつも頑なだった。
だが私にはゲームの知識がある。ロンギヌス様を攻略する際必ず登場し、兄として、家族として、ロンギヌス様を想っている表現がかなり描写されていた。
「やはり、差し出がましい事…でしたね、申し訳ありません…」
「いえ、ネアシェさんに迷惑をかけた事も知っていますから。ありがとうございます」
「あ…」
取り巻き達の行動に抗議した貴族を諌めたのは、シドレ家だった。四大貴族から諌められれば、引き下がるしかない。
現状、シドレ家とアリヴァ家は中立を保っている。アインルーガはファクトヒルデ家、ロンギヌスはシルフを戴くテラウィリス家の後ろ盾を受けている。
アインルーガが攻略キャラではない理由は、やはりメイルーンのせいと言って差し支えない。
2年後に起こる事件の際、メイルーンとガルフィースが両親と共に処刑されなかったのは、アインルーガが強く申し開きした事が大きい。
メイルーンは平民となってしまい自身も皇位継承権を剥奪されるが、姉弟の命だけは救おうとしてくれた。……メイルーンは、そんなアインルーガも憎んだのだけど。
そしてゲーム本編で償いきれない罪を犯し死んだメイルーンの責任を被り、処刑されるのだ。最期までメイルーンに義理立てし、自分が死ぬ事で皇位継承の争いを終息させようとした……とても、優しい方なのだが、不幸であったと言うしかない。
「そういえば、私が何故変わったのかと聞いたわね」
「え、ええ…」
「操者に疲れたから…というのを、とりあえずの理由にしてもらえると嬉しいかしら」
「!」
申し訳ないが、心の変わりように理由などないのだ。だって中身が変わってしまったのだから。
「思う所があって、アインルーガ様とも距離を置いているの。少し恥ずかしいけれど…自分探し中だから、そっとしてもらえると嬉しいわ」
「自分探し中……本当に、彼女が言ったのか?」
「はい、確かに」
少し日が暮れた頃、メイルーンは帰宅した後の図書館の本棚エリアにまだネアシェの姿があった。その目線は本に向けながらも意識は本棚越しにいる彼に向いている。
「今は殿下のお側を離れ、自分の事を見つめ直したいと」
「なるほどな…他に、何か言っていたか?」
「…いいえ、何も」
「君は嘘が下手だな」
彼、アインルーガは思わず笑った。ネアシェは皇太子に聞かれたら否とは言えない。
「………皇室問題の矢頭に立つのに、疲れた、と」
「………」
アインルーガの笑みが消える。眉を寄せ、何かに耐えかねるように息を吐く。
「なるほど、な」
「…殿下、私には、メイルーン嬢は現状を望んでいるように感じました。疲れたからというのは建前かと」
「だが1つの要因になった事には変わりないだろう。…すまない、ありがとうネアシェ。探らせるような事をさせてすまなかった」
「殿下…とんでもございません」
「迎えを呼んでおいたから日が落ちる前に帰るといい」
気をつけて、と言付けてアインルーガは本棚から身を離し、図書室を出て行く。ネアシェは頭を下げ、出て行く事を待つ事しか出来なかった。
本が好きなアインルーガと普段から図書室に良くいるネアシェは、そこそこ話す間柄だった。皇室とシドレ家の関係上、人気のないこんな場所でしか話すような事はしない。
「殿下……あなた様は、お優し過ぎます」
次々に問題を起こす婚約者を諌め、被害に遭われた人に賠償と補助を行い、仲裁したシドレ家に謝意と感謝を表明し、民草に心を砕く。
優し過ぎるが故に損をし、自らが傷ついても飲み込んで耐える。
「だからこそ…皇帝陛下に相応しくない。ただの人であったならば…と思ってしまうのです」




