【2】
5年生になってから数日。
私の様子が変わった事は、すぐにクラスメイトに伝わったようだ。昨年まで仲良かった令嬢方が次々に挨拶に訪れ、そして事実だと確認していく。
だいたい反応は二択。動揺して去っていくか、隠しきれない憤りと落胆を見せ去っていくか。後者に関しては、本当にメイルーンに便乗して虐める事を楽しんでた方々なのだろうと思う。
あまりの多さにメイルーンの人脈の広さに驚嘆すると共に疲れてきている。
「…あら?」
足元に可愛らしいぬいぐるみがついたキーホルダーが転がってきた。拾い上げて周りを見れば、青ざめた女の子が1人。
「あなたの?」
「あ、ぇ…」
「ララ!」
青ざめた女の子を庇うように短髪の女の子が前に立ち、こちらを睨みつける。この短髪の子は貴族だ。
確か、ユゥイ・レミニング。
レミニング子爵家の令嬢。ララと呼ばれた子は覚えがない、という事は庶民だろう。
「申し訳ございません、メイルーン様。そちらは私の物です、どうかお返し頂けませんか…?」
睨みつけられる覚えがないのだけれど、キーホルダーについた汚れを払い、差し出す。
「可愛らしいキーホルダーね。汚してしまったかもしれないわ、ごめんなさい」
その時、教室の空気が止まった。
比喩でなく、目の前のユゥイさんやララさんも止まってしまった。
あ、しまった…メイルーンは多分、謝る事を絶対にしなかった。
「ど…どうかした?はいどうぞ」
「あ、は、はいっ」
ユゥイさんは自分のもの、と言っていたが反応を見るに明らかにララさんのものだろう。ララさんに手渡し、さっさと席に戻る。
庶民評価狙い?と隣から聞こえた。
「……どういう事かしら、レオニダスさん」
「どうも何も、言葉通りだけど」
レオニダス。
帝国では珍しい漆黒の髪を持つ美少年。庶民であるにも関わらず、常に成績主席であり100年に1人の逸材と名高い天才児。私の隣席だ。
正直庶民の貴族に対する反応は、ララさんのようなのが大半だ。貴族の機嫌を損ねないよう、貴族の邪魔にならないよう。レオニダスは異端中の異端と言っていい。
正直黒髪の影響か今は親近感すら覚えるのだけど……メイルーンとの関係は、最悪だ。
「人として当然の事をしたと思うのだけれど」
「その当然が昨年度まで出来てなかったくせに、どういう風の吹きまわしかな。底辺である自分の評価を上げたいの?」
「まあ、親切を評価に繋がるなんて、悲しい思想ですのね?」
「ははっそれって自己紹介?」
ビキ ビキ
2人とも笑顔なのだが、私の顔は引きつっているだろう。
これでレオニダスはアインルーガと仲がいい。だからこそメイルーンが一方的に嫌っていたと思ったのだが、察するに根本的に合わない。
ここでいつもなら激情に駆られるままアインルーガに告げ口をし、諌められて終わるのだが。
「…性格悪いし口も悪いのよねえ…これから社交に出る事もあるし、直した方がいいわよ?」
「…はは、あんたに言われたくないよ」
レオニダスはいつもと違う反応に少し動揺した様子で目を開いた。少し気が晴れて、ふふんとドヤ顔で返してやる。
教師が教室に入って来た事でその会話は終了した。
「それじゃ、今日は身体・魔法調査検査をするぞー」
「ふむ…」
身体・魔法検査。
身体検査は普通に健康状態を診てもらうと共に、成長を確かめる。魔法検査もほぼ同じだ。魔力や魔法の成長を確かめる。
先生は魔法でプリントを配り、ふよふよと手元に届く。
「運動着に着替えたら身体検査は各々で回ってくれ。最後まで終わったらグラウンドに行って魔法検査。終わればそのまま解散になるから早く帰りたかったら早く回れよー」
先生はかなり緩い方で言い回しも緩い。だが実力もあるし教え方は上手だ。
話が終われば各々更衣室へと向かう。
「あ、あの…」
「あら?」
先程キーホルダーを渡したララさんが控え目に声をかけてきた。手には大事そうにキーホルダーを抱えている。
ララさんの後ろには困惑しているユゥイさんがいた。
「あの、その、拾ってくださってありがとうございました……これ、すごく大切な、もので…」
「そうなの?結構距離あったと思うけれど、私のところまで転がってきちゃったのね」
「…あなたの取り巻きがやったんですよ」
ユゥイさんが困惑を消し怒りを瞳に滲ませ、こちらを睨んで来る。
「あなたの取り巻きが、取り上げて投げつけたんですよ…?」
「……なるほど、」
合点がいった。元取り巻き達は恐らくユゥイさんとララさんを使って私の反応を見ようとしたのだろう。庶民であるララさんの物を私の元まで転がし、強気のユゥイさんが返してと詰め寄るだろうと予想して。
メイルーンだったら、踏み付けて汚して…這い蹲って拾う様を笑って見ているか、または千切って捨てて泣くララさんの姿を見て嘲笑うか、どちらかだったろう。
その様子を最近の私と取り巻きの関係を知らない他の人たちは…それこそ先程のレオニダスなんかは、庶民に優しくする場面を取り巻きに指示して見せようとしている、と見えるだろう。
庶民評価狙い?というレオニダスの言葉も、良く状況を見た発言だったのだろう。それはそれとして腹は立つが。
「ごめんなさいね、あの子達には良く言い聞かせておくわ」
「…様子が変わった、というのは噂ではなかったのですね」
また謝罪を口にすれば、2人は口を噤んだ。
ユゥイさんは困惑しながらもこちらを伺っていて、まるで猫のようだと思う。だがララさんを守ろうとする姿は犬のようで、可愛らしい。
「ふふ、2人は仲がいいのね。…あら、早くしないと検査が遅くなってしまうわ」
「そ、そうですね…」
ララさんはぎこちなく笑みを浮かべ、再びお礼を述べてユゥイさんと更衣室に向かった。
私も検査に向かうべく歩を進めるのだった。
「びっくりした…なんでいきなりメイルーン様に話しかけたの、ララ?」
「えっと、上手く言えないんだけど…キーホルダーを渡してくれた手が、優しかったから…」
「昨年度まで庶民だからって散々虐められてたでしょ?みんな言ってるよ、今年度は庶民評価狙いかって…」
「そうかなあ…メイルーン様ほどの方だったら、庶民評価とか必要ないと思わない?」
「まあ、そうかもしれない、けど……」
「それに……汚れを払ってくれた手も、優しかったよ。このキーホルダーに傷がつかないように、気遣ってた……」
ララはメイルーンの慈しむ瞳を思い出し、柔らかく微笑むのだった。




