五話
ラタの実をかじりながら、オークを覗き見る。
このオークの真意は未だに理解出来ない。
とはいえ、助けられた事は事実なのだろう。
ならば、その恩は返さねばならない――それがたとえ魔物相手であってもだ。
……もっとも、その前に私が何者かを思い出す必要もあるのだけれど。
幸いなことに日常生活の基本的な事は覚えているし、問題はなさそうだ。
魔狼との一戦で戦闘もできることも分かっている。
少なくとも、足手まといにはならないはずだ。
食事が終わると、オークが鋲のついた棍棒とズタ袋を持って立上がる。
「ニク、トリニイク、マツ、イイ」
今までの流れから、彼が言う『ニク』とは食料の事なのだろう。
という事は狩りに行くということか。
「マツ、ダメ、テツダウ」
なんだか、私つられてつい片言になってしまった。
「コドモ、マツ、イイ」
「だから、子供じゃないって……」
そう言ってはたと気づく。
そう。少なくとも自分は子供ではない。
そもそも、子供には魔法は使えないし、覚えさせない。
分別のない子供に魔法を覚えさせるのは極めて危険だからだ。
そういう常識が私にある以上、魔法が使える私は間違っても子供ではないのだ。
しばし考えて、見た目の問題かと考える。
確かに大きな杖と、ぶかぶかの衣服だ。幼く見えるのはそのためだろう。
「……自分の姿を確認したい。鏡ある?」
「カガミ?」
鏡なんて解らないか。
「水場はない?」
「ミズ? ツイテコイ」
灯りの魔法をともして、オークの後ろをついていく。
洞窟の奥へと進むに従って、空気がひんやりとしてきた。
なるほど。氷室のようになっているのか。
図らずも、『ニク』を洞窟の奥へ取りに行った理由を知り、妙な満足感を覚えてしまう。
「ココ、ミズ、アル」
オークが立ち止まり、その先をみると、湖が広がっていた。
「ソコ、ミズ、ノム、イイ」
指さす先を見ると、湧き水のように、ちょろちょろと水が流れ出ている。鉱物で濾過され、飲み水としてもつかえるのか。
湖も澄んでいて美しい。
恐る恐る水面を覗き、自分の姿に愕然とした。
かろうじて声を上げなかった所は自分を褒めたい。
(ななな。なんですって)
水面に映った姿は明らかに幼女だ。
まって。ということは。
杖が大きく感じていたのも、衣服がぶかぶかに感じているのも、私が小さくなったせいか!
少なくとも、この容姿は私の本来の容姿ではない。
なんとなくだが、何かのトラブルがあったに違いない。
その場にへたり込み、はははと乾いた声で笑う。
というか、笑うしか無いのだ。
町に戻れば、私の事を知ってる誰かに会えるかもという事も考えたが、これではどうにもならなかった。
冒険者ギルドかなにかに行けば、きっと――ああっ!!
がばっと立ち上がり、オークにつめよる。
「私の、荷物、どこ!?」
「ア、アア、ネルトコロ、チカク」
その声を聞くなり、私は慌てて寝ていた所へと走った。
ベッドの脇に、ややくたびれたマジックポーチがあった。
「多分この中に……あった!」
取り出したモノはギルドカード。
ギルドカードを掴んで魔力を通すと、ぽうっと光って反応する。
本人確認の儀式だ。
そして、そのカードに刻まれた名前を見る。
――イリーティア・メイヤード。魔道士。ランクA。
イリーティア、それが私の名前か。
後ろから、どうした? という表情で、オークがやって来た。
そのオークにドヤ顔で、ギルドカードを見せる。
「ジ、ヨメナイ」
「ああ、そう。えっと、コレはギルドカードっていって、冒険者登録でつかう……」
「ギルド?」
「ああ、問題はソコじゃ無いわ。私の名前。イリーティアよ」
「イリーティア」
「そう。で、職業は魔道士。ランクAだから結構高ランクね。そして――」
ンンン。
その先に書かれた数字をみて、別の意味で私の脳が思考を停止した。
「ドウシタ」
「えっと。年齢なんだけど」
「ネンレイ? アア、トシか」
「えっと……百三十八歳」
消え入るような声でそういう。
「ハッサイ。オマエ、コドモ」
「違う、ひゃく、さんじゅう、はっさい!」
はぁはぁ。
「ヒャク? サンジュウ?」
ああ、大きな数字が解らないのか。
恥ずかしいのを我慢して大声だして損した
その後、私はとりあえず現状のことをオークに説明したが、果たしてどれだけ理解して貰えたかはわからない。
とにかく、子供では無いこと。
エルフは見た目と年齢が合致しないこと。
この辺はなんとか解って貰えたと思う。
(流石に百三十八歳の年齢は恥ずかしいと感じた。なんでだろう?)
ただ、問題はギルドカードに書かれた街をオークが知らないという事だった。
「……というわけで。しばらく厄介になるわ」
オークはすこし鼻をならすと呆れた様に
「ワカッタ、イイ」
と言ってくれた。
「その代わり、ちゃんと色々手伝うから。受けた恩も返したいし」
そう言って胸をはる。
「じゃぁ、早速、ニク、トル、テツダウ!」
「……コドモ、マツ……」
「だから、私はコドモじゃ無い!」
そんなこんなで、暫くこのオークとの共同生活は続きそうだ。
その前に、このオークにはきちんとコトバを覚えてもらわねばならない。
なに、これだけ話せるんだ。多分大丈夫。
私がコドモでない事を解らせるためにも!
ここまででパウー掲載分は終わりです。
以降は気まぐれ更新となりますので、興味ある方はブクマなどしておくと更新がわかるかもです。