三話
気取られない様にゆっくりと息を吸い、そして吐く。
その異様な光景を理解するのに私の頭はなかなかついて来なかった。
あれほどの強者であるオークが何故火の番をするのか?
もし、ここがオークの集落であれば、捕虜の見張りは強者である彼ではなく、下っ端の役目だろう。
そもそも、拘束すらされておらず、簡易とはいえ寝床を提供されているのだ。
ますます訳がわからない。
いわゆるハグレと言うやつであろうか?
逡巡していくうちに、オークがピクリと反応し、こちらにゆっくりと目を向けた。
オークと目が合う。
動けない。
というか、動きようも無い。
そのオークは、こちらを見て困ったような顔をし、そして頭を掻く。
暫くの沈黙と硬直状態が続き、そしてオークの口が開いた。
「コトバワカルカ」
「しゃべった!?」
私は身を乗り出した。
いくつかのオークの個体では、共通語を話せる程の技量を持つモノも居るとは聞いている。
いや、先ほどの咆哮をする強者だ。言葉を理解してもおかしくはない。
しかし、オークとは総じて野蛮で、粗暴で、そして知能が低いとされている。
驚きのあまり大声であげたのは失敗だったかもしれない。
慌てて両手で口を塞ぐ。
「キニスルナ、ヒトノコトバ……スコシワカル。ケガ、イタイカ?」
「怪我?」
トントンとオークが自身の右肩をたたく。
そういえば魔狼に裂かれた傷があった。
修復呪文をかけていたので、あの後特に何もなければ傷は閉じているはずだ。
実際、綺麗に血が固まって既にかさぶたが出来ている。
「怪我は平気だけど……」
状況がつかめない。
このオークが自分をなぶり者にしようとしているのか、慰み者にしようとしているのか解らないが、どちらにせよ勝てる気は全くしないのだ。
そんな自分の困惑を感じ取ったのか、オークが口を開く。
「オマエクウ、シナイ。アンシン」
そんな事言われても安心出来るはずも無い。
「オマエクウ、スル。オマエイキテル、ナイ。コレカラモクウ、シナイ」
食べるつもりならとっくに殺しているということを言いたいのか。
それも一理ある。
「オレ、コドモクウ、シナイ」
「え?」
いま、聞き捨てならない事を言われた気がする。
「ヒト、クワナイ。アマリウマクナイ。エルフ、タブンオナジ、ウマクナイ」
「まって。子供? 私が?」
おそらく、私を安心させようと必死に説明するオークの言葉を遮って、つい、声を荒げてしまった。
「コドモ、チガウノカ? オマエトテモチイサイ」
そういえば、あの時に対峙した魔狼は通常ではあり得ない位大きかった。装備もなんとなく重く大きく感じていた気がする。
「オマエ、ナマエ、ナンダ?」
その一言で、私は自分に起きている事を別の意味で認識した。
……待って。
私は……なんだっけ……。
額に手を押さえる。
おかしい。自分の名前が全く思い出せない。
名前だけでは無い。どこから来たのかすら忘却の彼方であった。