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おくろり(仮)  作者: さく
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一話

 夜の帳が降り始めた頃、三半規管を揺さぶるような不快な感覚が男を襲った。


 この魔力振動――転移魔法か。

 転移魔法は空間魔法の一つといわれており、転移先の半径数メートル~数キロにわたって魔力振動を伴う。

 ここまで大きい振動となると、よほど切羽詰まった状況に追いやられ、そして失敗した可能性が高い――とすれば。


 薪の火を消し、鋲のついた棍棒を手に取ると、悠然と住み処としている洞窟から外へ出る。


 男はその突き出た鼻をヒクヒクと動かすと、やがて、風にのって、微かな血の臭いが運ばれてくる。


 フン、と鼻を鳴らし、慎重に血の臭いのする方向に歩を進める。

 耳をそばだてていると、ドン! という爆発音とともに、焼けた肉の臭いが鼻を突いた。

 血の臭いも先ほどよりも鮮明になった。

 魔狼の唸るような威嚇音に危機感を覚え、男は目的の場所へと駆けだしていた。


 ――ひょっとすると、まだ間に合うかもしれない。


 転移の魔法、爆裂魔法に、焦げた肉の臭い。そして、威嚇音ということは、手練れの魔道士が応戦しているのだろう。

 威嚇音からして、魔狼は一匹だ。その程度であれば、後れを取ることもない。

 しかし、この時間、この森で血を流すのは致命的だ。

 魔狼だけなら良いだろう。だが、血の臭いに引き寄せられた他の魔獣や飢えた野生動物も現れる可能性が高い。


 一対一で応戦しているのであれば、多少の猶予はある。

 拾える命は拾いたい。


 鋲の付いた棍棒を強く握り直すと、走る速度を上げていく。


 やがて開けた所に出ると、目の前に魔狼に対峙する一人の少女――いや、その場に不釣り合いな程の幼女が居た。

 魔狼は中型の大きさではあるものの、幼女の身長を考えれば、異様な程大きく見える。


 肩口から裂かれた衣服から白い肌が露出し、真っ赤な血で辺りを濡らしていた。

 背丈にそぐわない大きさの杖や、周りに仲間らしき人物が居ないことからも、この幼女が「手練れの魔道士」に違いない。

 修復呪文による簡易な止血をしているのか、血が滴っていないのは僥倖だ。

 エルフ族特有の長い耳から察するに、見た目通りの年齢ではないのだろう。

 血を流したせいか、若干顔色は良くないが、その瞳は歴戦の戦士のように、魔狼を厳しく睨み、絶望の色には染まっていない。

 瞳の奥に、生を掴もうとあがく光が見て取れる気丈さに男は好感を抱いた。


 魔狼は先ほどの魔法によって警戒したのか、攻めあぐねている様だが、それも時間の問題だろう。

 男の耳は、明らかに増援の足音を捉えていた。


 ここで、この娘を死なせるのは本当に惜しい。

 そう考えながら大きく息を吸い込む。


 ――戦慄の咆哮。


 胸を張り上げ、放たれた雄叫びは、魔狼に恐怖心を植え付け、注意をこちらに向けることに成功する。

 圧倒的な力量差を感じたのか、文字通り尻尾を巻いて退散する魔狼に嘆息しつつ、娘の方に目を向けた。


 彼女は、目を見開き、わなわなと震えながら、先ほどとは打って変わって希望の光を失っていた。

「な、なんで……こんな」

 からん、と杖が手からこぼれ落ちた。

 男が放った戦慄の咆哮は、娘にも容赦無く襲い掛かり、その心をもへし折っていたのだった。

「ほんと、ツイてない」

 娘はそのままへたり込み、そして気を失った。


 落ち葉のクッションの上にパサリと倒れ込むのを見て、男は頭をかきながら、娘をそっと抱きかかえる。

 恐ろしく軽い身体を背に乗せ、また一つ大きなため息をついた。


 やり過ぎたか。


 しかし、あの場ではアレが最善手だったと思う。


 増援が来る前になんとかしなければならなかったし、この娘は自分の獲物として周りに認知させる必要があった。


 まぁいい。とりあえず、娘が目覚めたら話を聞くことにしよう。

 そう考え、男は住み処となった洞窟へと戻っていった。

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