雨と女子高生
夕刻から降り出した雨は止む気配を見せず激しさを増す。
朝の予報では降水確率は0%だったのだが。
雑居ビルの入り口で雨宿りをしている俺は憂鬱な気持ちになった。
目的の店まではあと50mほど。
少し走ればさほど濡れずにたどり着くのだが、どうにも気が進まない。
あの日もこんな雨模様だった。
なぜ気づかなかったんだろう。
このビルは俺の通っていた予備校だった。
無意識のうちに忘れようとしていたのだろうか。
あの日のことを。
彼女のことを。
スマホを取り出し、グループLINEの文面をもう一度読み返す。
”同窓会の案内”
卒業から6年経ちました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
社会人になった人、大学に残った人、自分探しを続けている人。
皆、それぞれの道を歩んでいることと思います。
初めての同窓会を企画したいと思いますので、みなさまご参加ください。
グループLINEに入ってない人には声をかけてくれたら嬉しいです。
それと、今年は由紀ちゃんの7回忌にあたります。
みんなで彼女の思い出も話そうね。
7回忌・・・・。
最後の文章が俺を憂鬱にさせる。
あの日、どうして俺は、彼女に傘を差し出さなかったのだろうか。
そうすれば彼女は・・・・。
彼女は死なずに済んだかもしれないのに。
6年前のあの日の夜、俺はここで雨宿りをする彼女の横を通り過ぎた。
すれ違いざまに視線が会い、軽く会釈する。
彼女の家は俺の家とは反対の方角にある。
帰り道だから送るというのは明らかに嘘になる。
俺はそのまま、声をかけることなく無言で通り過ぎる。
きっと誰かが迎えにくるのだろう。
もう少しすれば雨が小止みになるかもしれない。
そう、自分の心に言い訳して。
軽く女の子を誘えるほど、当時の俺は女の子慣れしていなかった。
意識していない子だったら平気だったのかもしれないが。
ほんの少しの後悔を胸に俺はそのまま家に帰った。
次の日の朝、彼女は学校に現れなかった。
そして、1時間目の授業は自習となる。
クラスの空気が重かったのは予兆のようなものを感じていたからだろうか。
そして2時間目が始まる前に、先生は俺たちに告げた。
彼女が二度と俺たちの前に現れないことを。
彼女の告別式から1週間後、やっと俺は図書館の新聞で事件の内容を知ることができた。
世の中を騒がす大きなテロ事件に隠れて、わずか2段ほどの小さな記事。
それが彼女の死を知る全てであった。
彼女はあの日、あの場所で通り魔に刺された。
それは俺が彼女を見捨ててから、わずか15分後のことだった。
犯人はすぐに捕まり、こう言ったという。
「人を殺して刑務所に入りたかった。相手は誰でもよかった。」
俺は堪えきれずに泣いた。
どうしても涙が止まらなかった。
時間が巻き戻せるものなら、俺はどんなことがあっても彼女をひとりにしないのに。
「大丈夫ですか。」
誰かが声をかけてくれて、俺は正気に戻った。
いったいどれだけの時間、俺は考え込んでいたのだろうか。
気がつくと、俺はビルの階段下の物置の扉にうずくまっていた。
俺は、起き上がり礼を言った。
「すいません。ちょっと考え事をしていて。」
女性は口元を抑えて、ふふふっと笑った。
「なんだか秋山くん、おじさんみたいな話し方するのね。」
女子高生から見たら、俺はおじさんだ。
苦笑しつつ、懐かしい制服の女子高生を見る。
待て、彼女はなんて言った?
「どうしたの?秋山くん・・・・。」
心配そうに覗き込むその顔は、間違いない。確かに水野由紀だ。
俺は夢を見ているのだろうか。
軽く、腕をつねると痛い。
だからといって夢ではないという確証はもてない。
そんなことはありえないからだ。
でも、夢でもいいじゃないか。
もう一度彼女に会えた。
「水野さん、こんなところでどうしたの?」
「うん、傘もってくるの忘れちゃって。雨が小止みになるのを待ってるの。」
俺は、あの時選ばなかったシナリオを選択した。
「じゃあ、俺、送っていくよ。帰り道だし。」
彼女は少し困った顔をした。
「えー、悪いし・・・・。」
俺は自分の折り畳み傘を彼女に押し付ける。
「じゃあ、水野さんがこれを使いな。」
そう言い残して、俺は外に飛び出そうとした。
「待って。」
彼女が俺の腕を掴んで引き止める。
俯いて、真っ赤になりながら彼女は言った。
「わかった。一緒に帰ろ。」
そうか、彼女は恥ずかしがっているのか。
でも、俺はそんなことは気にしていられなかった。
やつは、どこかにいるのだ。
俺は早くこの場所を離れたかった。
彼女の家まではゆっくり歩いて15分。
その間、ふたりは一つの傘に入り、無言で歩く。
時折触れる彼女の肩からは熱い体温と緊張が伝わってくる。
俺は周囲に気を配りながら、彼女を守るように寄り添って歩いた。
これは現実なのか、夢なのか。
どちらでもいい。夢であったとしても、彼女を守りたい。
何事も起きずに、彼女の家の前に着いた。
玄関へと向かう彼女は振り向き、少し頬を赤くしたまま俺に言った。
「ありがとう。おやすみなさい。」
俺も応える。
「おやすみなさい。じゃあ、明日。」
彼女には明日が来る。
これは夢じゃない。現実なのだ。
そう、彼女には明日が来る・・・・。
俺はほっとしてしゃがみ込みそうになった。
身体中から全ての力が抜けるような安堵感が俺を包み込んでいた。
激しく降る雨も俺には好ましく思える。
俺は、再び歩き始め、元来た道を引き返す。
数十メートルほど歩いたときに、物陰から誰かが飛び出してきた。
低い体勢で俺のほうへと突進してくる。
すっかり油断していた俺は避けることができず、男は正面から俺にぶつかった。
数秒後、男は走り去っていく。
俺は男を追いかけようとして、自分の腹に包丁が刺さっていることに気づいた。
あの日の新聞記事の、最後の1行を思いだす。
「人を殺して刑務所に入りたかった。相手は誰でもよかった。」
赤い色が腹部を中心に広がり、やがて雨に濡れた道路に落ち拡散していく。
痛みが寒さに変わっていく。
俺はそのときやっと理解した。
俺と由紀の真実の関係を。
俺と由紀の間にある複数の可能性の世界を。
俺たちは比翼の鳥なのだ。
二人は時間線の彼方で結ばれる運命にある。
それは、時間線があれば・・・なのだけれど。
一方で、歴史の修正能力は二人が共に生きることを許さない。
彼女が生きるなら、俺は死ぬ。
俺が死ぬことで、俺と彼女の時間線はそこで終わり、歴史は修正される。
でも・・・・・。
そうか、彼女は、生きるんだ。
俺は腹に刺さった包丁を引き抜く。
血が一気に噴き出して俺の意識は遠のいていく。
じきに犯人は逮捕されるだろう。
彼女は大丈夫だ。
よかった・・・・・。
そして・・・・・。
夕刻から降り出した雨は止む気配を見せず激しさを増す。
朝の予報では降水確率は0%だったのだけれど。
雑居ビルの入り口で雨宿りをしていた私は憂鬱な気持ちになる。
目的の店まではあと50mほど。
でも、どうにも気が進まない。
あの日もこんな雨模様だった。
あの日、どうして私は傘を忘れたのだろう。
私が傘を忘れなければ、彼は死ぬことがなかったかもしれないのに。
気がつくと、私はビルの壁に寄りかかっていた。
「水野さん、大丈夫?」
高校生が私に声をかけた。
懐かしい、うちの学校の制服だ。
え?
今なんて言ったの?
少し、シュ○インズゲートがかってしまったかもしれませんが。
こんな”もしも”じゃなくとも、あの時もっと積極的にいっていればとかいうのは誰にでもあるような気がします。
それは恋愛でも、受験でも、仕事でも。
短編で書いたのでバッドエンド風ですが、連載で書けばきっとハッピーエンドです。
想像しておいてください、




