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カレンデュラ・カプリチオ  作者: 琳谷 陸
1.おいでませ異世界
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9.なんと言うか、面倒だな

9.なんと言うか、面倒だな




 人が両手を広げて数十人横一列になれる幅の大通り。それが行き着く街の中央には、大きな噴水を抱く円形の広場がある。

 広場に面する一際大きく、洒落(しゃれ)た外観の建物こそ今日の目的地、百貨店だ。

 六階建ての建物には様々な専門店が入り、目を引くのは一階から六階までぶち抜かれた吹き抜け。その吹き抜けの中程には大きな砂時計がどうやっているのか浮遊し、光る文字と数字が現在の時刻を絶えず表示している。

「わぁ……」

 ラッセル達にしてみれば見慣れた光景だが、どうやら異界から来たマリには珍しいものだったらしい。ポカンと口と瞳を開いて感嘆の声をこぼしている。

「じゃ、ラスティシセルさん。お昼頃に三階のフードコートで」

「わかった」

 財布の役目(ロール)は免除された為、荷物持ちの役目だけになったラッセルはミウに頷く。

「行こう、マリ」

「あ、うん」

 ミウがウキウキとした様子でマリの手を引いて各階を往き来する昇降機(ゴンドラ)に向かった。

 昨日の今日で打ち解けるのが早いな、と思う。女性同士はそういうものなのか、ラッセルにはよくわからない。

 とにかくわかるのは、時間が余っているという事だけだ。

「適当に、と言ってもな……」

 いつもは家で診療か呼ばれて大学部の研究室で研究するか、はたまた貴族の務めとして義理程度に両親と夜会に顔を出すか。

 出歩きはするが、はたから見れば引きこもり予備軍、または半引きこもりである。

「…………」

 しかしその場で突っ立ってボーッとしているのは流石に嫌だと感じて、ラッセルはひとまず集合場所と同じく三階にある本屋で何か気になるものが出ていないか見る事にした。

 昇降機には人がそこそこ待っているのを見て、ラッセルはゆっくり行こうと、吹き抜けの周囲を螺旋で巡る大階段へ足を掛ける。

 大理石の幅広の階段には深紅のカーペットが敷かれ、時折人とすれ違う。

 吹き抜けを自前の翼で飛んでいく者も少なくない。

「さて、何かあれば良いのだが」

 所狭しと並んだ棚に詰まった書籍と平おきにされた店頭を見て、ラッセルは少しだけ眉間のシワを薄くした。



「ラスティシセルさん、お待たせしました!」

「すみません、お待たせして」

「構わない。それよりも、必要なものは買えたのか?」

 ミウとマリがそれぞれ大きなショッパーバッグを手にして待ち合わせ場所に現れる。

「はい。これで半年は充分です」

「そうか。なら良い」

 マリの返事に、ラッセルも一安心だ。

「後はミラーリだけですね。ご飯食べたら、下の階で機種探しましょう!」

 ミウが指折り数えて確認し、そう言うとマリが不思議そうに首を傾げた。

「ミラーリ?」

「こういうのだよ。連絡取るのにあった方が良いから」

「へー。スマホみたいな物かな」

 こんなの、とマリが何やら手帳のようなものを取り出して、開いて見せる。どうやら手帳のようなものはカバーらしい。

「あ、そうかも。どこの世界も似たようなのあるんだねー」

「でも、半年で帰るし」

「ユリアさんからも言われてるから。大丈夫。使わなくなったら解約すれば良いんだもん。それに、いざと言う時に連絡手段がないのは困るし」

「そうだな。気にしなくて良い」

「ラスティシセルさんもこう言ってるし、ね?」

 遠慮がちにラッセルを見て、マリはペコリと頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いや。必要なものだろう」

(私としても一応保護者だからな)

 午後の予定も決まり、マリとミウがフードコートの店で昼食を買い求めに行く。当然ラッセルは荷物番である。

 とはいえ、ラッセルの分もちゃんと買ってきて、少しだけ遅めの昼食が始まった。

 そしてふと、マリがミウに気になったように話しを向ける。

「ミウのそれ、香水?」

「あ、うん。金晶雪華(ルチルフィオナ)って花の匂いだよ」

「ルチルフィオナ?」

「うん。金色の小さな花が集まって咲くの」

 お気に入りなんだ。嬉しそうにそう言ってから、少しだけミウの瞳が遠くなる。

「前に、シェルディナードせ……様から貰ったんだけど」

「ミウ、様って言いにくそう」

「うー……。ま、いっか。今日は仕事じゃないし」

 あっさりと外向きの呼び方を放棄し、ミウはシェルディナードに貰ったのだと話を続ける。

 ついでにシェルディナードがどんな人物なのか、日頃の苦労をちょっぴり公開しつつ、マリに話す。

「しかもシェルディナード先輩、酷いんだよ? 最初くれた時に付け方、わざと間違ったの教えてきて」

「間違い?」

「首の後ろとかって、日光に当たる確率が高いからオススメできない場所なんだって。あと、鼻に近いから嗅覚疲れるらしくて」

「へー」

「三日くらいして、いきなり『ミウ。あんま全部信じてっと、騙されるから気をつけろよ?』って。ちゃんと調べて裏取れって!」

 ぐぬぬ、とミウが唸る。

「じゃあ最初から間違ったの教えないで下さい! って思わない!?」

「確かに。ちょっと意地が悪い」

「でしょー!?」

 まあ、その後にきちんと正しいのと、何故間違いなのか教えてくれたんだけどね。そうミウがちょっと膨れっ面で言って、ストローで飲み物をすする。

「それでも、気に入ってるんだね。その香水」

「うん。ただ問題があってそんなに使えないんだけど……」

「問題?」

「シェルディナード先輩どこのメーカーなのか教えてくれなくて……。いくらミラーリで検索しても出てこないし」

 ミウとマリのそんな会話を聴きつつ、ラッセルは「それは出てこないだろうな」と思った。

(市販品ではないのだから)

 香水瓶(ボトル)も、中身も。

 前にシェルディナードが金晶雪華の香りで香水を作って欲しいと言ってきた。ご丁寧に入れ物まで用意して。

(やたら注文も多かったが)

 多少失敗して多くつけてもきつくなりすぎず、首につけても日光でシミにならない、嗅覚が疲労しない、なるべく最初(トップノート)から最後(ラストノート)まで香りの印象が大きくは変わらないようにとかそれはもう細かく。面倒だなと思った反面、それなりに調合は難しい方が楽しいので思い出としては悪くない。

(そうか。彼女への贈り物だったのか)

 つけやすくて失敗しない香水。

 あの時はシェルディナードがつけるのかと思っただけだったが、思い返すとそれは無いなと感じた。

 自分でつけるならいつも使っているもので良いし、手慣れたシェルディナードがつけかたで失敗を気にするとも思えない。

(意外、だな)

 学生時代、まだ次期当主が確定する前のシェルディナードは、それこそいつも違う女性が腕を組んで隣にいるイメージだった。

 実際、それはある時点までは間違いではなかった筈で。

 だからこそ、互いに了承した上とは言え不誠実の極みのようなその在り方が、ラッセルにはどうしても好きになれず、汚らわしくさえ思えていた。

 ただ。

(そうか。…………だから、彼女には向き合い方が違うのか)

 互いに『遊び』なら『遊びのつきあい方』を。

 けれど、もし相手が『本気』なら。

(…………なんと言うか、面倒だな)

 やはり好きになれない。それはもう長年染みついてしまった拒否反応で、いくらようやくその行動原理の一端を理解したとしても、合う合わないは存在するのだから。

 遊びには遊びの『好き』を。本気には本気の『好き』を。

 今まで付き合った誰をも、シェルディナードは確かに『好き』だし『愛して』いるのだろう。

 まるで天秤のように、鏡のように。どれにも嘘がないからこそ、相容れない。ある種の博愛主義と言えるかも知れないが。

 全てをある意味で『平等』に愛するより、ラッセルは特別な一人を求めたい。

(……馬鹿馬鹿しい)

 そこまで考えて、ラッセルは自分の考えに苦い顔をする。

 初めて自身の恋愛観というものに目を向けてみたものの、何だか無駄な時間を使った気がして。

(私には関係無い事だ)

 分家とはいえ、ラッセルも貴族。いずれはどこかの令嬢と家の為の結婚をするだろう。その結婚は、ラッセル個人の気持ちなど問題にもならない。決まった相手と、ただ結婚することが義務なのだから。

(くだらない)

 義務に心は必要無い。ならば考えるだけ無駄なのだ。

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