8.なんでカタコトになるんですか!?
8.なんでカタコトになるんですか!?
「え。それどうなったんですか?」
「結局、ラスティシセルさんの続きの御部屋を私が使って、ラスティシセルさんが客室に……」
ミイラ取りがミイラに……とはちょっと違うか。
今日のミウは薄いグレーの長袖ニットに落ち着いた赤のサーキュラースカートと濃いグレーのタイツに、モカのショートブーツ。胸元には細い金鎖に石榴石がステンドグラスのように嵌め込まれた薔薇の透かし彫りと、薄紅で出来た雫石のペンダントトップ。
迎えに来たミウがやけに疲れた様子のラッセルを見て、何かあったのかとマリに聞いたので、軽く説明して今に至る。
ラッセルは髪をまとめ、シンプルにスタンドカラーの白いシャツと紺のテーラージャケットに黒いズボンと黒い革靴だ。
(そういえば、こっちはちょっと肌寒いし、今は秋、なのかな?)
もとの世界ではリクルートスーツも若干暑い初夏だったのだが。
しかしそんな感じでラッセルの眉間に確実にシワが増えた翌日、第三階層。
何やら石のような物を使ったと思ったら、次の瞬間には石畳の上にいたからびっくりだ。
第三階層は黄昏の一番長い世界なのだと説明され、マリは辺りを見回した。
時刻はまだお昼前。なので一番長い黄昏の時間はもう少し先だ。青い空が広がっていて、大きな通りを行き交う人々は人間に見えるものも、見るからに人間ではないものもいる。
(やっぱり外国の街並みっぽいかな)
石畳の道と街路樹、花壇の並ぶ可愛らしい通りの左右には、物語に出てきそうな外観の店や家が建ち並ぶ。
外国の観光地になっている街、というのがマリの感想だ。
高層ビルの類いは一つもなく、その代わりに翼を持つもの達が空を気持ち良さそうに翔んでいる。
「ラスティシセルさん、まずは百貨店に行こうと思うんですが、良いですか?」
「ああ。……私は財布と荷物持ちだ。気にするな」
「うわ。若干昨日の根に持ってますね……」
不満げなラッセルにミウが苦笑して、マリの手を取った。
「じゃ、お買い物スタートです!」
楽しそうに笑うミウの髪がぴょこっと跳ねる。
(あれ? 髪じゃ、ない?)
髪にしては束で動きすぎているし、揺れかたが他の部分と違うように見える。
「どうかしました?」
「あの、ミウさん」
「ミウで良いですよ。何ですか?」
「えっと、じゃあミウ。それ、耳?」
ピタッとミウの動きが止まり、マリの手を放す。
それから恐る恐る両手で自分の耳を押さえ、何となく涙の浮く目でマリを見た。
「触っちゃ、ダメですよ……?」
(すっごい触りたい)
ちょっと怯える小動物のような可愛いさがあった。もふりたい。そんな欲望がケモナーでもないマリに込み上げてくるあたり破壊力の高さが伺えるレベルで、可愛かった。
「は……い」
「ほ、本当にダメですからね!?」
「わ、かり、マシタ」
「なんでカタコトになるんですか!?」
(あ。このひと、いじめたくなる)
ヤバい。ミウといると新たな扉を開きそうになる。
そんな身の危険を感じたのか、ミウが涙目でぷるぷると震えた。
「う、うぅ。絶対、ダメですからね! 触ったら怒りますからね!?」
怒っても全然怖くなさそうである。むしろいじって遊びたいような嗜虐心が芽生えそう。
「なな、何か怖い!? マリさん怖いです!」
「だ、大丈夫。まだ」
「まだ!? まだって何ですか!?」
「君たち。日が暮れるぞ。行かないのか」
ラッセルが呆れたような疲れたような顔でマリとミウを見る。
「あ! はーい。行きましょう、マリさん」
そう言って、ミウがマリの手を取った。
(温かい)
さっきまで涙目だったミウが今は楽しそうに笑っている。コロコロと変わる表情と明るい雰囲気、そして伝わる体温に、どこか見知らぬ地で強張っていたマリの身体から余分な力が抜けていく。
(いい匂い。金木犀かな?)
街路樹にそれらしいものは見当たらないが、秋になると何処からともなく香る花の匂いがした。
「うふふ。お買い物、楽しみですね。マリさん」
「うん。あのね、私もマリで良いから」
一瞬、キョトンとミウが緑の瞳を丸くして、嬉しそうに破顔する。
「はい!」
るんるん、と鼻唄でも歌いそうなミウに、マリは小さく笑顔を浮かべ、隣に並んで歩く。
「まずは、歯ブラシとか日用品でその後は……あ、ラスティシセルさんは着いたら適当に時間潰して頂いて良いですか?」
「構わないが……」
「大丈夫です! ユリアさんから、予算預かりました。なのでお釣りと領収書を後で出せば、ラスティシセルさんは荷物運びまで自由時間で」
「…………私がついてきた意味は本当に荷物持ちか」
「まっさかー。か弱い乙女二人ですよ? ボディーガードの大役もあります」
笑顔でそう言うミウに、ラッセルほどこか遠い目をする。
「…………君もずいぶん逞しくなったな」
「あはは。シェルディナード先輩とサラ先輩の側にいるから仕方ないです。というか、そうじゃなきゃ心労で死にます」
「…………」
最後まで笑顔を崩さずそう言ったミウはちょっぴり怖かった。