7.空気が凍った
7.空気が凍った
どいつもこいつも。
(何故、私がこのような目に合わねばならない!)
仕立屋に勝手にやられたおまじないと言う名の召喚術(胡散臭い)で人間の女性を召喚され、面倒を見ることになった。
そこまでなら、まだ百歩譲って仕方ない。指紋を採られた自分のミスが招いた事だと、何とか納得できる。
(何故、よりにもよって、こんなに大事になって私の平穏が破壊されていくのだ!?)
本当に関わるとろくな事にならない。勘弁してくれ。
なまじ常識と正気を保っている為、回りがおかしい奴らばかりだと地獄という見本のような状態に。
(冷静に……冷静になれ。やるべき事をやれ)
深く。本当に深く。ラッセルは息を吐く。
「……君、まずコレを飲め」
ラッセルはポケットから半透明の錠剤入れを取り出し、マリへと差し出した。
「お薬?」
受け取ったマリが開けながら首を傾げる。
白い錠剤で、小指の爪の半分くらいの大きさだ。
「一日二回、朝と夕に一錠ずつ。しばらく滞在するのなら、それは必須だ。無くさないように。足りなくなる前に言うように」
「ラスティシセルさん、マリさんて何かご病気なんですか?」
ラッセルの渡した錠剤を見て心配そうにミウが言うと、シェルディナードが笑顔でダメ出しする。
「ミウ。帰ったら学生ん時のノート読み返し決定」
「え!?」
「ミウさん。人間にはこちらの魔力が濃い空気自体が毒なんです。第一階層くらいならまだ何とか大丈夫ですが、第五階層では何もしなければ、ものの数分で死にます」
コロッと。なんてルシアが言って、マリとミウの顔色が見る間に青くなった。
「そうならない為の薬だ。昨夜は意識が混濁していたが、飲む力はあったので粉を水で流し込ませてもらった」
「おや。口移しはしなかったんですか?」
「帰れ」
「あはは。いやですねえ、冗談ですよ。ラッセルにそんな度胸あるわけないのは知ってますし」
思わず近場の鈍器に手が伸びそうになる。それを自制心で何とか抑え込み、代わりにラッセルの眉間にはシワが寄る。
「とにかく、薬は必ず飲む。切らさない。わかったか?」
「は、はい」
ルシア達を追い出すついでにマリについてくるように指示を出す。
(家令とメイド長にも紹介しなくては)
保護して半年滞在する以上、紹介しなくてはならない。
客人達が帰り、つつがなく紹介も終え。
「急拵えですまないが、ここを使ってくれ」
後は部屋を宛がって完全に役目を終えると、思った。
「お待ち下さい」
「ユリア?」
白くなった銀髪の老婦人、メイド長のユリアが待ったをかける。
「ラスティシセル坊っちゃま」
「その呼び方はやめてくれ……」
ユリアはラッセルの乳母もしていた。この言い方も仕方ないと言えばそうなのだが。
「こほん。ではラスティシセル様。このお部屋ではダメです」
「いや、何故」
一応ほとんど使われていないが、客室として用意されている。掃除もしたので綺麗のなっているのは確認済み。
「年頃の女性をこんっな、面白味のない部屋に泊めるなんて、言語道断」
「……彼女は、客人ではなく半年間だがユリア達の同僚に」
「ルシア様から聞いております。ですが、それとコレは別でございます。マリ様には、相応しい御部屋を」
「そうは言っても……」
女性の気に入る部屋を用意するとなると、時間も掛かるはずだ。
「勿論、ご用意までには時間も掛かります故、しばしの間は」
何故か嫌な予感がした。
しかし聞かないわけにも。
「……間は?」
(聞きたくない)
「ラスティシセル様の続きの御部屋を使って頂きます」
空気が凍った。
気のせいではない。完全に凍った。
「ユリア……」
ボケたか。とは言えない。が、言いたい。
「坊っちゃま。ユリアは、本当に安心致しました」
「何が……」
「坊っちゃまはずっと女気もなく、研究研究研究……」
「待てユリア。待ってくれ」
何か危険を感じ……いや、それより。
「部屋を、どうすると?」
「もー、このままでは御家の存続も、と」
「ユリア、頼むから話を」
「マリ様!」
「はい!」
ユリアがマリの両手を握る。しかもすがるような目で。
「どうか。どうか……! 坊っちゃまをよろしくお願い致します」
「よろしくしなくて良い。何か勘違いしているだろう!」
(何でこうなるんだ!?)
ラッセルはついに両手で顔を覆った。
と、言うかユリアに何を吹き込んだあの害虫!? なんてラッセルはギリッと歯を食いしばり、つぎ会ったら殺ス、と殺意を抱く。
「えっと……え?」
「すまない。気にしないでくれ」
ユリアに手を握られ困惑するマリが助けを求めるようにラッセルを見る。
「ようやく。よーやく、坊っちゃまが女性に興味を」
「誤解を招くような事を言わないでくれないか」
ラッセルは酷く疲れた顔で、そう呟いた。