51.打倒じゃないから
51.打倒じゃないから
「マリ様はピアノが弾けるのですね」
「あ、いえ、弾けるってほどじゃなくて……」
(小学生の時に少し習っただけでやめちゃったし)
音階と音符がわかるだけだ。
恐らくユリアが思い浮かべるのは貴族の教養レベルだろうが、それに比べたら、弾ける、なんて言えない。
「良いのです良いのです。形だけでも! そう、そうですか」
「ユリアさん?」
何やら凄く喜ばれている事にマリがどこか居心地悪げに身体を揺らす。
「本当に、弾けるなんて言えるものじゃないんです」
小学生の時、興味が出て習わせてもらったけれど、途中から毎日練習しなければいけないのが段々辛くなった。
そうなるって事は、多分向いてなかったんだろう。
思えばその頃から夢中になれる何かを探していたような気がする。
言い換えると、その頃から夢中になれる何かが無かった。
(それを今まで引っ張ってるんだもんなぁ……あはは……)
つい暗い方向に意識が向きかけて、マリはペチペチと自らの手で両頬を軽く叩いて意識を切り替える。
「あら。でもそれなら、ミウさんはマリさんにピアノ教わったらどうかしら?」
「え」
(いやだから人様に教えられるレベルじゃなくて!)
ディアの唐突な言葉にマリが全力で否定する間もなく、
「なるほど! マリちゃんお願い!」
ミウが両手を合わせて拝んできた。
「む」
理、と言おうとして、マリの唇が音を飲み込む。
――本当に、良いの?
(教えられるレベルなんかじゃ、全然ない)
でも。
「音階が取れて、音符が読めるだけだよ? 多分、ユリアさんやディアさんが思ってるような貴族の嗜みレベルにはほど遠いよ?」
「うんうん。それで良いから! お願い!」
それで良いの? とは思うけど。
「わかった。ミウには、いつも色々教えてもらってるから。頑張るね」
「マリちゃんありがとうー!」
ぱあぁぁっ! とミウの顔が輝く。きゅっと両手を握って満面の笑顔からも、嬉しいというのが伝わってきて、何だかそわそわする。
(可愛いなぁ……)
何と言うか、こういう恋する女の子って同性から見ても可愛い、とマリは思った。
よく分からないけど、キラキラしてる。
何かに一途な女の子。優しいけど強い熱のようなものを感じる。
(これが、女子力かぁ)
当たらずとも遠からず。かもしれない。
「それにしても、ミウも頑張るね……」
「そうね。アルデラちゃんの言うとおり、ここまでするのは凄いわ」
「婚約者に張り合うには仕方ないにしてもそうね」
ディアの言い方に引っ掛かりを覚えたマリが首を傾げた。
「婚約者ってシェルディナードさんじゃないんですか?」
「違う違う。『シェルディナードの』婚約者だよ。で、ミウはそれを打倒すんの」
「アルデラちゃん! 打倒じゃないから! ただ代わってもらう条件を満たしたいだけでっ」
「とって変わろうってなかなかのハングリー精神だと思うけれど」
「うぅ~」
目を白黒させるマリに気づいたユリアがニコニコと説明する。
「貴族の結婚は基本的に家と家の結婚。重要なのは相手と結婚する事で得られる利益です」
「な、なるほど……」
「裏を返しますと、婚約者よりも利益をもたらす事が出来れば割り入る事も可能ということです」
「誤解して欲しくないから言うんだけどね、シェルディナード先輩の婚約者様はシェルディナード先輩と結婚する気がないから」
「そ、そうなの?」
「うん。シェルディナード先輩も特に相手が昔からそう表明してるから、何とも思ってないみたい」
何だか凄い冷々している話に思えるのは気のせいだろうか。
「婚約解消すれば良いって思うでしょ?」
「まあ、うん」
「それをすると、大荒れになるのよねぇ」
エイミーが悩ましげに頬に手を当てる。
「大荒れ、ですか?」
「シアンレードの若様のお家は、良くも悪くも手が届く位置にあるの」
「はは……。確かに。あたしでも頑張れば、だからね」
ミウが微妙に虚ろな目で頷く。
「加えて、シアンレードの若様は人当たりも良いから女の子からの人気もそこそこあるし」
「そこそこ……ふふ……」
「ミウ、ごめん。ちょっと怖い」
「もし婚約解消なんてしようものなら、新しい子は元より、今他の方と婚約していて未婚の方まで解消して参戦……なんて事も無いとは言えないのよね」
何それ怖い。そんな感想が浮かぶ。
「だから、ミウとしては婚約したままでいてもらって、張り合えるようになったらすげ替わるのがベスト」
アルデラがそう言って締める。




