5.不安を消すおまじない
5.不安を消すおまじない
いやダメだろう。
ラッセルは自分のソファの隣に丸イスを持ってきて腰掛け、マリに「生まれる前か未来に帰るの嫌ですよね」と聞いたルシアにそう思った。普通に考えてアウトだ。
「も、もとの時代と場所に帰りたいです!」
「ですよねー」
わかっているなら聞くな。
「そうなると、ちょっと時間が掛かるのですが」
「どれくらい……ですか」
恐る恐るマリがルシアに聞く。
「うーん。シェナッド」
ルシアの呼び掛けにシェルディナードがそちらを見た。
「うん?」
「術式組むのにどれくらい掛かります?」
「え。なに。俺も巻き込まれんの? 大体……半年?」
腕を組んで軽く考えてシェルディナードが返し、ルシアが確認するように質問を重ねる。
「そういうしつこくてねちっこい執念の塊みたいな操作は貴方の方が得意でしょう。それ、出来上がったら召喚直後の『時間』に戻せるんですよね?」
「うん。できっけど?」
「と、言うことなので、帰った際の『時間』はほぼ進んでません。半年掛かるので、貴女の身体の時間は半年進んでる事になりますけど、まあ、大きくズレてはいませんね」
これが十年掛かるとかだと、何か一瞬で老けた感が半端ない事になりそうだが。
「それでも良いですか?」
「い、良いです! お願いします!」
「わかりました。では、それまでここでラッセルの侍女として働いてもらえますか」
「ちょっと待て。何を勝手に!」
思わずラッセルがルシアの胸元を掴む。
「えー。だって私の所では間に合ってますし、私にはお世話出来ませんよ」
「ひっ! ラスティシセルさん! 抑えて! ダメですダメですー!」
「はは。ペットの世話みたいな言い方なってるぞー。ルッシー」
「シェルディナード先輩! 思っても口に出さないで下さい! マリさんに失礼です!!」
混沌である。
しかし、適度な混沌は不安を消すおまじないのようなもの。ただ呆れただけとも言うが、マリはそんな目の前のやり取りに身構えるのがちょっと馬鹿らしくなっていた。
「つーか、ラスティシセルに付けるなら近侍じゃね?」
「いえいえ。確かに侍女は女主人につけますが、彼女の役割的には侍女で。ラッセルの衣服の管理やコーディネートをしてもらおうかと」
「だから、勝手に決めるな!」
「もう! 皆さん落ち着いて下さいぃぃぃぃぃ!! マリさんの意思確認が先ですっ!」
ミウの言葉に、皆の視線がマリに集まる。
「え、と。はい。つまり半年分の家賃と安全保障込みの支払いを労働でしろって事ですよね」
間違ってはいない。いないがその言い方はどうなんだ。
ラッセルは何だか嫌な予感がした。
「あの」
物凄くマリが真剣な顔で聞いてくるのが、凄く嫌な予感を増す。
「なんだ」
しかし、無視するわけにも……と考えたのだが。
「夜のお仕事的なのは無いですよね?」
「無い! というか女性がそういう事を口にするなっ!!」
聞かなければ良かった。そうラッセルは片手で顔を覆う。
しかも何だかもうラッセルが預かるのが決定している感がある。何故だ。
(こいつらに関わるとろくな目に合わないっ!!)
頭を抱えるラッセルに、ミウが何とも同情めいた視線を向けているのだが、気づかなかったのがせめてもの救いかも知れない。
「では、マリさんの保護者はラッセルということで」
いやー綺麗に片付いて良かったですね。なんて言うルシアの首を絞め上げたい衝動に駆られるラッセルだが、耐えた。
(無駄なことをして心身をすり減らすより、まずやることをやらねば)
現実逃避ともいう。
「とりあえず、そのブレスレットは切ったり無くしたりしないで下さいね。言葉わかんなくなっちゃいますよ」
「やっぱりこれのおかげなんですね。あ、コレありがとうございます」
ブレスレットを見たマリがペコッとルシアに頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。後はそうですね、衣服も必要でしょう」
そう言ってブレスレットを作った時同様、どこから出したのかと問う暇なく、布と鋏、そして針と糸で魔法のようにその場で衣服を仕立てていく。
そこまでは、良かった。が……。
「下着も必要ですよね」
「ちょっ!!」
ミウが止める間もなく、可愛く上品な感じの下着がとりあえず一セット作られてしまい。
「はい。何でしょう? ミウさん」
「何考えてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
畳まれた衣服の上にふんわり置かれたその一セットをミウは高速で後ろ手に隠した。
「何、とは? 無いと困るでしょう?」
「サラ先輩といい黒月といいデリカシーって言葉知ってます!? なに平然と女性の下着を作ってるんですかっ!!」
「何か問題でも? サイズはぴったりの筈ですが」
「余計気持ち悪いですっ!! 何で測ってもいないのにぴったりなんですか!」
「そう言われましても……サイズなんて見ればわかるじゃないですか。ミウさんのサイズもわかりますよ?」
「黙って下さいぃぃぃぃぃー!! とにかく! 下着はダメです! 下着は!」
キシャーッとミウは毛を逆立てる猫のようにそう言って、マリの方を振り向く。
「マリさん!」
「は、はい!」
「安心して下さい。あたしがマリさんを守りますから!」
このデリカシーのないお貴族様達から! そうミウが宣言する。
「えっと……。あ、りがとう、ございます?」
「それは良かった。丁度それをお願いしたくてお呼びしていたので。他にも女性に必要なものがあると思いますが、私達が揃えるより同性のミウさんに揃えてもらう方が良いでしょうし」
「それがわかってて何で下着作ったんですか!」
「いや、だって仕立て屋ですから。衣料品なら私の方で用意出来ますし」
「それでも下着は仕立てないで下さい!」