4.誰のせいでこんな事態になったと思っている
4.誰のせいでこんな事態になったと思っている
(何で私がこのような事を)
ラッセルはティーカップに口をつけながら眉間にシワを寄せていた。するとすかさず隣から小声でこう飛んでくるのだ。
『ラッセル。眉間。彼女を怖がらせる気ですか』
ぐっ、と。誰のせいでこんな事態になったと思っていると言いたい所だが、それをするとようやく緊張の解けた状態が逆戻りしてしまう。
なので人差し指と親指で、ラッセルは眉間を揉んだ。
昨日この屋敷の廊下で倒れていた人間の女性。髪は肩を越すくらいの黒。肌の色は黄色みのある白い肌。瞳は明るい茶色で黒いスーツ。ルシアはそれを『リクルートスーツ』と言っていた。
「というわけでですね。……ラッセル」
「何だ」
「何だ、じゃありません。自己紹介」
ルシアが口の動きだけでこう言ってくる。
『君が家主でしょう。先に自己紹介して下さい』
何で直ぐに帰す相手に。別にこちらとて相手の名を覚える気も、こちらの名を相手に覚えてもらおうという気もない。
『ラッ・セ・ル』
しかしやらねばこの仕立て屋はしつこそうだった。
ラッセルは溜め息をついてから女性を見る。
「ラスティシセル。覚える必要はないが一応の礼儀だから名乗っておく」
「すみませんねえ。無愛想で。でも、わりとお人好しなので態度とかは無視して大丈夫ですよ」
「貴様は何を言っている?」
「私はフォルシシア・アマランサス・テイラー。仕立て屋をしております。ラッセルの心友です」
「変質者だ。それ以外の何者でもない」
ダメだこいつに話の主導権を渡しているとあること無いこと吹き込まれる。
ラッセルが意を決して収拾に乗り出そうとした瞬間。
「よお。ラスティシセル、何か面白いもん拾ったってー?」
聴こえた声に、ラッセルは瞬間冷凍された。
(何で現れる!?)
ルシアがソファから立ち上がり、部屋の入り口に現れた人物に声を掛ける。
「シェナッド、遅いですよ」
「悪りぃ悪りぃ。壊さず入るのに時間掛かった。あと、ミウがルッシーからの呼び出しだっつったら、何か怖がって嫌だって言うからさー」
「しぇ、シェルディナード先輩! そういう事は言わなくて良いんですー!! あと、人様の家の結界勝手に破らないで下さいぃぃぃぃぃ!!」
「おや。ミウさん。こんにちは」
「ひっ! 黒月」
現れたのは褐色肌に白い髪、赤い瞳の青年。その背に隠れるように青年の胸くらいまでの身長で額に薄紅色の石、緑の瞳とボブカットで毛先だけ緩くパーマを掛けた緑髪をもった小柄な少女。
青年の服装はカットソーにジャケット、ズボンと靴。程よくアクセサリー。少女の方は黒い軍服のようなもので、スカート丈は膝より少しだけ上、ブーツを履いている。
「おい……貴様が、呼んだのか」
ゆらりと立ち上がったラッセルがルシアの肩を掴む。
「あ、はい。ミウさんを呼びたかったのですが、やっぱりシェナッドもついてきましたね」
「だってミウ一人じゃ絶対拒否、っつーから」
「シェルディナード先輩が居ても拒否してたんですよ! なのに!」
「悲しいですね。そんなに怯えなくても」
「ひぎゃっ!? す、すみませんー!」
見事にミウと呼ばれた少女が、ルシアに声を掛けられるとシェルディナードの影に隠れた。それをひとまず置いといて、シェルディナードはあまりの唐突さに固まっている人間の女性を見て、首を傾げる。
「つーか、そっち? ラスティシセルが異界まで検索掛けてやっと見つけた運命の相手って」
「私が検索を掛けたわけではない!! ついでに運命など信じない! ルシア貴様なにを吹聴している!?」
「吹聴などと人聞きの悪い。事実をお伝えした上で、ミウさんを貸して下さいとシェナッドにお願いしただけです」
「絶対何か不必要に曲解して伝えているだろう!!」
「まあまあ。それより、ミウさん」
「おい!」
ラッセルの言葉を綺麗に無視して、ルシアがシェルディナードとミウにソファの席を勧める。
迷った挙げ句、シェルディナードがラッセルの隣に腰掛けて、ミウに自分の膝を叩いて見せたので、ミウは即座にルシアが用意した一人掛けのソファに腰を下ろした。
その際、シェルディナード達と反対のソファに人間の女性が座っているのを見て、ミウの方がビクッと怯えたように身を竦ませたので女性の方が戸惑った表情を浮かべる。
「人も増えましたから、自己紹介の続きを致しましょう。シェナッド」
「俺から? じゃ、シェルディナード。長かったらテキトーに縮めてオッケーだぜ。ほい。次、ミウ」
「え。う。……ミウ・エマレット、です」
「以上、こちらの自己紹介は終わりです。それでお嬢さん、貴女のお名前は?」
ルシアの問い掛けに、大分緊張は解れたのかそれとも呆気に取られているのか、リクルートスーツの女性は戸惑いがちではあるが口を開く。
「水城茉莉です。あの、茉莉が名前、で」
「ではマリさんとお呼び致しますね」
「あ、はい」
マリは新たに増えた面々を見て、身につけたブレスレットを見る。それから顔を上げ、ブレスレットの製作者であるルシアを見た。
「では、マリさん。貴女が一番気になっているでしょう事からお話しますね」
「……はい」
「貴女がいらした場所……世界と言いましょうか。その世界と、ここは全くの別ものです」
「あのっ」
「あ。もうちょっと質問待って頂けますか?」
「っ、は、い」
「続けますね。貴女はとある理由でこの世界に引き寄せられた……もう召喚レベルですね。とりあえず召喚されて今ここに居ます」
ここまで理解大丈夫ですかー? とルシアが首を傾げる。
「で、二番目に気になっていらっしゃるでしょう、帰れるか帰れないか、ですが……」
「…………」
「帰れます」
「!」
ルシアの言葉に、マリが胸を押さえてあからさまに安堵の息をついた。が。
「同じ世界の帰す『だけ』なら簡単に出来ます。が」
言葉を切って、ルシアは笑う。
「それだけですと、時代とか場所など諸々ズレる可能性がありまして」
つまり? とマリの顔が不安に曇る。
「生まれる前とか、居た時代より未来とかに帰るのは、嫌ですよね?」