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カレンデュラ・カプリチオ  作者: 琳谷 陸
2.脱出ゲームin異世界
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32.あの騒ぎから数週間

32.あの騒ぎから数週間



 あの騒ぎから数週間。

 ラッセルはいつものぴしっとした服に白衣。マリは動きやすくシンプルな形で、落ち着いた色の紺ワンピースに白い飾り気の無いエプロンという格好で、薬品や検査器具が揃った一室、

「マリ。問診票を」

「はい」

 現在、騎士団内に(もう)けられた臨時診察室という名の戦場にいた。清潔で(ほの)かに薬品の香りがする。

 あれから心が落ち着いたと思ったのもつかの間で。

(ひぇえ……。笑顔……顔、引きつりそう)

 ラッセルの助手として健康診断の補助に入ったわけだが、その忙しさは想像以上だった。

 まず、根本的に物量が多い。

 初日はマリが受付も行おうとしたのだが、すぐにヤバい予感がしてミウに救援を頼んだ。百人規模で瞬時に並ばれたらさもありなん。

 結局、ミウとユリア、そして騎士団の事務職が数名受け付けに回り、さらに健康診断が終わった騎士団員が待機列の整理をするなどが必要になった。

 そしてマリはと言うと、ラッセルに問診票を渡したり順番が来た患者を呼んだりする事に。

(頑張れ。頑張るの。笑顔笑顔!)

 マリの役目で大事なのは笑顔。不安や疲れた顔は患者にとってよろしくない。つまり、これも接客業である。

(今から診察受けるのに、助手の私が不安な顔してたら、何か不安になるし)

 自分が患者で、看護師が不安な顔や疲れた顔をしていたら、何となく落ち着かないだろうと思う。だから、そんな風に思わせない為に、笑う。

「お大事に」

「ありがとう」

 終わった時も、良かったね、これからも身体を大事にしてね、と言う思いを込めて声を掛ける。

「…………」

「ラスティシセルさん?」

 ふと送り出して振り返ると、ラッセルがどこか不思議なものを見るようにしてマリを見ていた。

「ああ。いや、君も大分慣れたなと思ってな」

「そうですね……毎日、これですから」

 若干、苦笑まじりになるのは致し方ないだろう。連日百人以上が来るのだから。

「そうだな……。毎回の事だが、ここは多い」

「毎回これなんですか……?」

 職場見学。そう思っていた時期が私にもありました。

 そんな言葉が似合いそうな遠い目でマリがラッセルを見る。

「まあ、いつもの事だな」

 事も無げに頷いているという事実に、マリは思わず視線を()らした。

 つまり毎回これをこなしているのか、と。

「だが君はいつもの事ではない。頑張っている」

「え?」

「切りが良いな。一旦休憩を挟もう」

 遠い目をして思考がふらついていたせいで、ラッセルの言った事が聞き取れず意識を引き戻したマリだったが、視線を向けた時にはラッセルが椅子から立ち上がる所だった。




「出張診療?」

「そ。流石に数週ここに缶詰ってきつくねえ?」

 休憩にと騎士団の食堂へ行ったラッセルとマリに、今日も相変わらず偉い地位にいるようには見えないラフな格好で珈琲(コーヒー)紅茶(こうちゃ)を運んだシェルディナードが、そう持ち掛けた。

 ラッセルが(いぶか)るような顔でシェルディナードを見る。

「いつもの事だ」

「そりゃ、ラスティシセルはな」

 シェルディナードの赤い瞳が、マリへと滑る。

「来る日も来る日も目の回る忙しさ、ってのじゃ表現が足りない戦場に放り込まれて休み無し。それどうよ?」

 その言葉にラッセルがハッとしたようにマリを見た。

「え。いえ、大丈夫ですよ!」

 大丈夫というその顔には、隠しきれない疲労の色が。

「……すまない。配慮が足りなかった」

「つーわけで、ラスティシセルは出張診療よろしく。その間、彼女はミウが護衛すっから」

「いえ! 私もラスティシセルさんと」

「それはダメだ。君は少し休んでくれ」

 ついて行こうとしたマリにラッセルは首を横に振る。

「決まり。詳細は後でな」

 シェルディナードが満足そうに頷き、二人の席から去っていく。

 騎士団内の健康診断は終わっているし、今は領民に無料診察をしている段階。騎士団の健康診断のついでに受けたい領民へ、騎士団が費用を負担して無料で診察を受けられるようにしている。

 出張が終わればまた騎士団での診察も再開するようで、本当に休憩のようなものだ。

「でも、それなら私よりラスティシセルさんが休んだ方が」

「問題無い。これでも君より体力はある。それに、元より種族的な事で言えば、人間より私達は丈夫で体力もある」

 どうやらこの数週間に渡る戦場も、ラッセル達にしてみれば少し忙しいくらいでしかないらしい。

(確かに……昼間これだけお仕事して、夜は欠かさず勉強みてくれてるし)

 疲れが蓄積するほど体力気力が減ってしまっているのは自分だけらしいと、マリは視線を落とす。

「気を落とす必要はない。それより、一日かそこらだろうが、この機にきちんと休んでくれ」

「はい。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 確かに種族としての差は例え身体を鍛えたとしてもそうそう埋まるものではないだろう。ましてマリは普通の、スポーツ選手でもないごくごく一般的な女子大生である。

 それが一日そこらで人間を超える肉体改造できたとしたら、もうそれは人間ではない。

 ならば少しでも回復に努める方が良いだろう。

「ああ。ゆっくり休んでくれ」




 ――――この時、私は思いもしなかった。


 この後、出張に向かったラッセルが三日経っても戻らず、連絡さえ途切れる事態になるなんて、この時は誰も想像していなかった。

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