31.慰めではなく、本心なのだと
31.慰めではなく、本心なのだと
ずっと、息苦しかった。
みんなが持っているのに、私だけが持っていない。
みんなが当たり前のように出来て、私だけが出来ない。
そんな感じが、していたから。
(でも、そっか。そんなわけないし、そうだとしても……)
マリは目の前で、自身が今の医師という職についた経緯を話すラッセルを見る。
「私の家はとある血筋の分家でな。本家に……同い年の見かけだけは良く似た者がいて、やれ本家の若様は、やれ比べて分家は、と」
「うわぁ……」
ラッセルの藍色の瞳が据わっている。酒は一滴も入っていないにもかかわらず、だ。
「だから私は、奴が絶対進まないだろう方向へ進もうと思った」
ラッセルが言うには、その本家の従兄は間違っても人を癒すとかそういった方向には進まない人物で、そもそも人に興味が無いらしい。
「まぁ、例外的に気に掛ける者もいるのだが」
通常運転時は他人などその人にとっては空気。運が悪いと邪魔なゴミと見なされるという。中々に狂暴なように思え、正直聴いている通りなら、あんまり会いたくはない。
「そんな風に」
ラッセルは苦笑してマリを見た。
「従兄弟と少しでも比べられないよう、離れようという事を考えて進んでいたら、いつの間にかここにいたという訳だ。…………情けない話だろう」
勿論、それだけではないだろう。けれど人の命をこの手で救いたいとか、病で苦しむ人を減らしたいだとか、そんな大それた大義名分や立派な志しが合ったわけではないのだと。ラッセルはマリに言う。
自分のやりたい事がわからない。したい事が見つからない。
そんな思いがいつの間にか降り積もり、息苦しくて身動きすら取れなくなるほど、辛く。『わけの分からない不安』に押し潰されそうになっていたマリに、ラッセルはやりたい事もしたい事もまだ見つけられないのの、どこがいけないのだと、そう言った。
(不思議。普通、ただ慰めで言ってるって、思いそうなのに)
直接向き合い、苦笑するその顔。眉間のシワは何だか眉が下がっているからか、何時もよりどこか気が抜けて。
スッとした切れ長の藍色の瞳も剣がないからか、なんだか少し色彩と反対に暖かく。
(何だろう…………)
何だか、おかしい。
ふよっ……。マリの口許が勝手に緩む。
それは堪えきれず、ついに口から小さな笑い声として零れ落ちる。
「あは、ふ、……ふふ」
「自分から言っておいて何だが、そこまで笑われると恥ずかしいな…………」
「あ。ちが、ごめん、なさい。そうじゃなくて、その」
うっすら浮かんだ涙を指で軽く拭い、マリは慌てラッセルを見た。
恥ずかしいと言った言葉通りに、気まずげに視線を揺らす様は何だかこう言ってはあれだけど、可愛いという言葉が浮かんでしまう。
だから、慰めではなく、本心なのだと感じる。
「ありがとうございます」
「?」
今度は怪訝そうになったラッセルの顔に、マリは意外と表情豊かだなと思う。
「何だか、気持ちが楽になりました」
張り詰め、絡まり、息苦しくなっていた心の糸が、優しく解かれるように。胸に凝っていたものが消え、スッと息が通るような、そんな感覚。
ラッセルはそんなマリにポカンとした顔になり、それは次第に何とも言えない表情へ変わる。
「……まあ、君が良いならそれでいい」
苦笑気味にそう言って、けれど少しいつもより柔らかく、ラッセルは微笑んだ。
が。
「…………」
「……うぁ」
何故。何故いま鳴る。私のお腹! そう心の中で叫ばずにはいられない。
マリは首から上が一気に赤くなるのを感じた。
(恥ずかしい。本気で恥ずかしい!)
思わず両手で顔を覆う。
「食堂に、行くか」
「……お願いします」
「マリちゃぁああん! ごめんねぇぇぇぇっ」
「ひやっ!? ミウ?」
食堂に入る手前で、物凄い勢いで駆けてきたミウに抱きつかれそうになり、マリは一瞬固まった。
すんでの所でラッセルがマリの肩を支えてずらし、ミウ自身も我に返ったのか急ブレーキを掛けて止まったので事なきを得たわけだが。
「ごめん。ごめんね……。あたしが目を」
「あ、ミウ。ストップ。謝罪はもう受付終了したから」
「へ?」
ミウが潤んでいた瞳を丸くしてミウを見る。
「もう、大丈夫。私もごめんね。今度はもっと気を付ける」
「え。うん?」
マリはミウを見つめて微笑む。
(こんなに普通に笑えるのも)
「心配してくれて、ありがとう」
(ラッセルさんのおかげかな)
いつの間にかPV1500を越えていました。
読んで下さってありがとうございます。




