30.時間は有限
30.時間は有限
相手の事を知りたい。相手に自分の事を知って欲しい。
仕立て屋を生業にするその姿はシャツにベスト、ズボンに革靴と至ってシンプル。装飾と言えば首に掛かるループタイと実用性重視のウェストポーチのみ。
紫掛かったブルネットの短髪は前髪は眉より上で切られ、他の部分も寝癖のように跳ねている。眠そうな垂れ目の虹彩は、黄昏と夕闇の混じり合う空を切り取ったようなもので、縁なしのメガネの奥から時間帯によってか、それとも直近で発生した事件に関係してか、閑散とした騎士団の食堂を眺め、クスクスと笑みをこぼした。腰かけているのは長テーブルの端、背もたれもないベンチ席。
笑みを浮かべて口をつける血のように赤い石榴紅茶が、白い雪のようなカップに良く映える。
悪意は欠片もないけれど、若干緊張感が残り香のように漂う場所ではその笑みは異質だ。
わかっていても、仕立て屋ことルシアは笑みを禁じ得ない。
「怪我の功名と言うのでしたでしょうか」
そのまま放っておいたら半年でどこに辿り着けるか……むしろ一歩進むかどうかも怪しかった友人が、今回の事件で『保護』という名目のもと、動き出した。
「うふふ。『相手の事を知り、自分の事を知ってもらう』まさに、お付き合いの定番手順ですね」
上機嫌でルシアはやや酸味を感じる赤いお茶に瞳を細める。
「運命うんぬんは捨て置くとしても、ラッセルと彼女の相性が良いのは間違い無いでしょうね」
婚活斡旋会議がお開きになった瞬間、ルシアとサラは同時に「あ」と思わず口にしていた。それは騎士団の方で魔力調節ガバガバで過剰に魔力がこもった魔術行使が成された気配だった。
二人がそれに他の面子より早く気付いたのは、諸事情あっての事だが、それはまあどうでも良い。
大事なのは、
「ラッセルが、義務でも何でも、気にかける。それが大事なのです」
駆けつけたルシアの目に飛び込んだ光景は、間に合った安堵と気を失った彼女を抱き締めて混乱する親友という非常にレアなものだった。それはしっかり心のアルバムに保存しつつ、ルシアは『これはいける』と確信して。
「ラッセルったら、無理しちゃって……可愛いですね」
ルシアは心底愛しそうに微笑む。
親友は医療や薬学に関係する以外の魔術がド下手とは言わないが、苦手である。それなのにあの時、何重にも魔術がラッセルの魔力で行使された。
その詳細はわからないが異常事態であるという事だけハッキリしていたし、むしろそれだけわかれば充分だ。
詳細は後から聞けば良い。
ちなみに制御の甘い駄々漏れの魔力に当たって気分が悪くなったり卒倒した者が何名かいたらしいのだが、気の毒な事だ。
「あれ? ルッシーこんなとこで何してんの」
「シェナッド。君こそ何してるんですか?」
声を掛けてきたラフすぎる格好の青年(ここの次期当主)にルシアはカップをソーサーに置く。
「お仕事」
その名家の次期当主はあっけらかんとした感じでそう言う。色々おかしいが、それはもう言っても仕方がない事だろう。ルシアとしては別に関係無い事だというのもあるが。
「団員への注意喚起と意識の徹底は?」
「ミウがやってる。つか、俺がやる前に許可もぎ取りに来た。うちの指揮官ちょー仕事出来て楽ー」
「君、少しは申し訳なく思うとか、ミウさんに苦労掛けすぎないように気を付けようとか思わないんですか」
「いや、別に苦労掛けようと思ってねーし。まあ、今回はもろに身内がやらかしたから、ミウには悪かったって思ってるけど」
ガシガシと雑に頭を掻くシェルディナード。
「すっげー落ち込んでたし」
「慰めておあげになれば良いのでは?」
「うちの指揮官そんなヤワじゃねーよ」
シェルディナードがニヤリと笑う。
「落ち込んでそのままな奴がうちの騎士団まとめられる訳ねーし、そもそも俺が配置しないからな」
どこか自慢気な笑みは、相手への全幅の信頼がありありと見て取れる。
きっと彼女は落ち込んだ後、それ以上に強く跳ね返って上を向いて進んだのだろう。
「ま、でも。棚ぼたで進行すんのは上手く行ったとは言えねーけど」
「そうですねぇ……。喜んでばかりはいられません」
残っていた石榴紅茶を飲み干して、ルシアは頷く。
「運に頼ってばかりは宜しくありませんし、時間は有限。さっさと私達も動きましょう」
「そそ。んで、俺こんなの考えてみたんだけど」
楽しそうに笑ってシェルディナードが折り畳んだメモを人指し指と中指に挟んでルシアに差し出す。
受け取ったルシアはそれを開いて片眉を軽く上げ、呆れたような顔になってシェルディナードを見る。
「君、これ本気ですか」
「えー。良いと思わね?」
「……まったく。ミウさんも災難ですね。こんなのの下について」
別の場所で哀れまれたミウが小さくくしゃみをした。




