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カレンデュラ・カプリチオ  作者: 琳谷 陸
1.おいでませ異世界
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3.緊張をほぐす最強のおまじない

3.緊張をほぐす最強のおまじない




 嗚呼、これはまずい。

 垂れ目に眼鏡を掛けた青年、ルシアはそう思った。

 目を覚ました女性は明らかに事情もわからず、自分がおかしい状況にある事を知ってパニック状態にある。

 こういう時は、

「ひとまず、お茶にしましょうか」

「おい。貴様」

 お茶は緊張をほぐす最強のおまじないだ。

「はいはい。ラッセル、場所の用意お願いします。私はお茶淹れますから」

 キビキビ動いて下さいね。

 そんな感じで問答無用にテーブルのセッティングをラッセルに押し付け、ルシアは警戒心の塊になった女性へと目を向ける。

 目が合っただけでビクッとされた。相当怖がっているらしい。

(無理もありませんよねえ)

 誰だって、気付いたら全然知らない所に、知らない人物と居たら驚く。特に異性となら尚更だろう。身の危険を感じているかも知れない。

「ラッセル、ゆっくり。あまり急に動かないで下さい。彼女が怯えます」

「……っ」

 何で自分の家でこんな指図を受けるのか。そう思いつつ、確かに女性が怯えそうな気配にラッセルは殊更(ことさら)ゆっくりとキャビネットの一つまで歩く。

 ルシアは一旦部屋を出ると、厨房へと足を向け、昼食の支度をしていた料理人に断りを入れるとティーセット一式を載せたワゴンを押して部屋に戻る。

 ゆっくりキャビネットからティーカップセットを取り出したラッセルが、同じくゆっくり一言も喋らずに部屋の中央の設えられたローテーブルへとそれを運ぶ。

 ルシアがワゴンを部屋に入れると、一瞬だけ女性の肩が揺れたが、どうやら怖がらせまいとするラッセル達の努力は伝わったのかそれ以上騒ぎ立てるような事はない。

 ティーポットに茶の葉とお湯を注ぎ、ティーコジーを被せて蒸らす。その間に、厨房から失敬してきたサンドイッチとマカロンなどお菓子を三段スタンドの皿の上に盛り付け、ゆっくりとローテーブルに運ぶ。

 ルシアはポケットから三色の糸を取り出し、レース編みをするカギ針を使って器用に、しかし人間の目には一瞬にしか見えない速度でブレスレットを編み上げる。

 編みたてホヤホヤのそれを、にっこり笑顔で女性へと掲げて見せた。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 垂れ目の青年が、何かを見せてくる。

 いや、それがレース編みされた綺麗なブレスレットである事はわかるのだ。わかるのだが。

(着けろ、ってこと……?)

 何故かいきなりティータイムの用意をし始めた青年達に、先ほどからどうしていいのかわからずポカンとしていた。

 ものすごくゆっくり支度をしている様子から、何となく怖がらせないようにしてくれている気はするけど、そう簡単に気を許せるはずもない。

 垂れ目の青年がそっとブレスレットをローテーブルに置いて、ソファの一つを手のひらで指し示す。

 ごくりと唾を飲み込んで、ゆっくり簡素な寝台とおぼしき台から降りる。

 青年二人は長めのソファに腰かけて待っているようで、示されたそこに腰掛けると、置かれたブレスレットを見つめた。

(綺麗……)

 目の前で一瞬にして編み上げられたブレスレットは、繊細な模様が編み込まれて思わず手に取りたくなる。

 そっとブレスレットを手にして、もう一度垂れ目の青年を見ると、にっこりと笑顔が返ってきた。

(……えい!)

 意を決して、ブレスレットに手首を通す。

「聴こえますか? 言葉、わかります?」

「え。……っ、はい!」

「良かった。大丈夫なようですね」

 先ほどまでは意味のわからなかった言葉が、日本語で聴こえた。おかしなぐらいそれだけの事に安堵して、思わずポロっと涙が零れる。

「ご、ごめんなさい!」

「いえいえ。言葉さえわからないと不安になるのは当たり前ですよ。あ、コレお使い下さい」

「うわわ! す、すみません! ありがとう、ございます」

「はい」

 ごそごそとリクルートスーツのポケットにハンカチを求めて手を突っ込んだのだけど、そういえばハンカチはバッグの中に入れた気がする。手に伝わった感触はカサカサと鳴るポケットティッシュのビニールだけ。

 差し出された白に金糸で縁取りのされたハンカチを受け取って涙を拭う。

「お茶をどうぞ。お菓子もありますよ」

 ニコニコと何か世話好きなおばあちゃんみたいな感をさせて、垂れ目の青年がお茶とお菓子を勧めてくる。

 もう一人の金髪の青年が、何も言わずにティーカップに口をつけ、飲んでからこちらを見た。

「あ。この通り毒も入ってませんから」

「……いや、それは言わなくても」

(むしろそんな事、考えてもいなかったけど……)

 ただ、とにかく彼らはこちらを気遣っている。それだけははっきり感じ取れて、強ばっていた身体の力が抜けていく。

「いただき、ます」

 高そうなティーカップだなと思った。それくらい綺麗だと感じたのだが、最初の浮かんだ率直な感想はそれだから仕方ない。

(語彙力(ごいりょく)が欲しい……)

 そんな事を思いつつ、カップの縁に口をつける。

 鼻腔(びこう)をくすぐる華やかな香りと、熱と共に仄かな甘味を感じるお茶。

「美味しい……」

 ホッとするような気がして、無意識に笑みが浮かんだ。

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