18.好きな人いたの、いつだっけ?
18.好きな人いたの、いつだっけ?
(あ。ミウってやっぱり……)
マリは食堂を出て行くシェルディナードの姿を目で追うミウに、何となくだったものが確信に変わる。
(そっか……)
好きな人。そういう人がいるのが、少し羨ましい。
好きな人がいる、という事が羨ましいというのも変な感じかも知れないが。
(恋、かぁ……)
マリはミウから視線を逸らして、食堂の様子を眺めるように辺りを見回した。その実、目に映ってはいるけれど、食堂の様子を見てはいない。
(私が好きな人いたの、いつだっけ?)
中学生くらいだったかも知れない。
(そうだ。名前忘れちゃったけど、同じクラスの)
見た目はそこまでカッコいいとかではなかったけど、明るくて面白い子だったと思う。
好きというより、まだ『気になる』程度だったから実際には恋未満の感情だったのかもと今は思う。
(ああ。そう。その頃から……)
「マリ?」
「え? あ、はい」
ラッセルに声を掛けられ、マリの意識が現実に引き戻される。
「大丈夫か? ボーッとしていたようだが……」
「ちょっと、考え事です。大丈夫ですよ」
(危ない。変な心配掛けないようにしなきゃ)
心配してくれる『お医者さん』に、これ以上迷惑は掛けられない。
(ラスティシセルさんはお医者さんだから、体調悪い人は心配になるもんね)
本当に体調が悪くなったらすぐ言うとして、そうでないなら余計な心配は掛けたくない。
(それに私、今はラスティシセルさんの侍女だし!)
さっきラッセル自身の口から助手だとも言われた。なら、そのお仕事を精一杯こなそう。マリの中で目標が立つ。
(とりあえず鞄持って同行するとして)
他に何をすれば良いか。何が出来るかは、後で聞こう。
(違う世界でインターンシップするとは思わなかったけど)
元の世界でもここでも就活。何か物悲しい気がしないでもない。
「えと、じゃあ案内再開しますね。あ、これ来客棟のパンフレットです!」
ミウがパンフレットを配り、マリも開いてみるもののやはり何が書いてあるか読み解くのは難しい。
「マリ」
「あ。はい」
「診療所になる部屋はシェルディナードが説明して行った。今日は特にこれからやることもない。パンフレットを教材にして勉強を」
「待って下さい、ラスティシセルさん。それなら来客棟に図書室が、あるので一番最後に案内します」
これからここ混んでくるので、と。ミウが立ち上がる。
食堂を出て各部屋を回り、共同浴場の前まで来るとミウが振り返った。
「お部屋にお風呂あったと思いますけど、こちらの共同浴場もご使用頂けます。湯船に浸かりたくなったらどうぞ。あと、ランドリーもこのとなりの部屋なので」
洗濯はコインランドリーのような部屋で自分達で。お客扱いではあるものの、ホテルではないからそれも当然。ミウの言葉にユリアが頷く。
「承知致しました」
「うん。これでこちらの棟は終わりかな。あとは寮も近くにあるんですけど、そっちはいいですよね?」
「ああ。不要だ」
「はい。ちなみにあたし、ラスティシセルさん達の滞在中は診療所に常駐とはいかなくても定期的に顔を出すので、何かあればおっしゃって下さいね。シェルディナード様は一応……この棟の三階に執務室があるんですけど八割方そこにいないので、ご用の時はあたしに言ってください」
最後に目が据わったミウに、ラッセルが何とも言えない顔をする。
「来客棟に戻って図書室にご案内するんですけど、せっかくなので二階の渡り廊下通って帰りましょう。上から見ても中庭すっごく綺麗なんだよ」
最後の中庭についてはマリを見て、にこっとミウは笑って言う。
「うわぁ……」
「うふふ。中々でしょ?」
渡り廊下の窓から中庭を見て、マリは声を上げる。
庭が花束そのもののような感じで、きらきら光っているかのようだ。白い石造りの東屋や小さな池や小川、中央には噴水が見える。
「診療所がお休みの時とか、ピクニックしようよ! あたしお弁当作るから」
「うん!」
ミウとマリがはしゃぐ横でユリアがラッセルの脇に立って、にっこりと笑った。
「ラスティシセル坊っちゃま、お休みはしっかりとって下さいませね?」
「……わかった」
休み無しで働くなと釘を刺され、ラッセルは苦い顔で頷く事から、いつもは休診日がなかったと思われる。
が。それを今回もするとピクニック計画で盛り上がっている所に盛大な水を差す。そもそも休まないのがおかしい。
「ワーカホリックも大概になさってくださいませ」
きちんと仕事をして怒られるのも腑に落ちないが、ラッセルはちらりとマリ達を見る。
(まあ、今回は良い、か)
楽しみにしているようだし、いつもは自分一人で往診に来ていたから他人のスケジュールなど気にしなかったが。
明るく笑うマリ達を見ていると、たまにはそういうのも良いかと思えて。
(急患で呼ばれたわけでもなく、定期的な往診だ)
今回はゆっくりしよう。そう頷いた。




