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カレンデュラ・カプリチオ  作者: 琳谷 陸
1.おいでませ異世界
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17.何故かわからないが嫌な予感

17.何故かわからないが嫌な予感




 白いシンプルな食器に盛られたコーンポタージュ、サラダに丸くてこんがりきつね色のパン。オニオンソースがジュウジュウと音を立てて横たわるハンバーグにブロッコリーとニンジンが彩りを添えている。

「今日のオススメはハンバーグランチ。パンはおかわりできるぞー」

 そんなシェルディナードの声に混沌に陥りそうだった場がリセットされた。

「ユリアに肉は重い」

「だと思ってこっちは大豆で出来てるから平気だろ?」

「お気遣いありがとうございます」

 ラッセルの言葉に抜かりはないとばかりにシェルディナードが大豆ハンバーグをユリアの前に置く。

「何で食堂で働いてるんだ貴様は」

「んな事いーじゃん。それより、熱い内のが美味いから食えって」

 ふと、シェルディナードとマリの目が合う。

「食わせてやろっか?」

 悪戯っぽくシェルディナードがパチッとウィンクして。

「マリちゃんにセクハラやめて下さい! 怒りますよ!?」

 キシャーッ! とミウが耳や髪を逆立てそうな勢いで威嚇する。

「ハハハ。冗談だって。んじゃ、ごゆっくりー」

 ひらひらと片手を振ってシェルディナードが注文口の方へ戻っていく。

「まったくもう……!」

「…………君も相変わらず大変そうだな」

「言わないで下さい。認識しちゃうと心が折れるので」

 がっくりと肩を落とすミウをラッセルが哀れむような目で見遣った。

「まあ、ここの食事は本当に美味しいので、とりあえず食べましょう! マリちゃん、特に好き嫌いなかった、よね?」

 気分を切り替えるように両手を合わせ、にこっと笑顔でミウはマリを見る。

「うん」

 嫌いなものが無いわけではないが、このランチは大丈夫だ。

「いただきます」

 サラダを口に入れると、新鮮で瑞々しい野菜と少し酸味のあるドレッシングが絶妙で、ポタージュは滑らかな舌触りで甘みがある。

「美味しい!」

 千切ったパンからは香ばしい匂いがして食欲をそそり、バターを塗ると瞬く間に溶けていく。口に入れれば塩気と小麦の甘みが口いっぱいに広がって幸せだ。

 ハンバーグにナイフを入れると肉汁が溢れ、口に運べば旨味が心を満たす。

「……美味しい。けど」

「ミウ?」

「シェルディナード先輩じゃないですね」

 ちょっと残念そうに呟いてミウはハンバーグを口に運ぶ。

「これも美味しいんだよ? 美味しいんだけど、シェルディナード先輩のはもっと美味しくてね」

「へえ。あの人、お料理上手なんだ?」

「なるほど。料理……」

 ミウとマリのやり取りを聴いて、ユリアが至極真面目な顔で呟いた。

「ユリア? 何故かわからないが嫌な予感がするんだが」

「気のせいでございますよ」

「…………」

 本当に気のせいか? そんな疑いの眼差しを最近長年勤めてくれている相手に向けることが増えた気がするラッセルだが、下手に(やぶ)をつついて蛇を出す事はない。

「本当に、何とも無いのか?」

 ユリアはつつかないが、マリに確認はする。

 ラッセルはマリの様子を見つつ、念のためにという感じで尋ねた。

「あ。はい。大丈夫です。……お騒がせしました」

「…………いや。大丈夫なら良い。何かあれば、遠慮は無用だ。すぐに言ってくれ」

 そうして食事も終わりそうな頃、レモンシャーベット蜂蜜ソース添えを持ってシェルディナードが再び現れる。

「これデザートな」

「何故座る」

「俺、もう上がりだから」

 シェルディナードは各自にデザートを配り、自分の分を楽しみながら他の空いている椅子を近づけて腰掛けた。

「マリだっけ? ここに滞在中、暇? もし」

「彼女は私の助手だ。忙しい。他を当たれ」

「シェルディナード先輩、マリちゃんに手を出さないで下さい。冗談じゃなく怒りますよ」

 ラッセルとミウからみなまで言わせない即却下が繰り出される。

「いや、流石に酷くね? 俺はただ暇潰せる場所とか教えようとしただけじゃん」

 酷いと言いつつ顔は笑っているので、シェルディナードもある程度は予想していたとしか思えないのだが。

「貴様が場所を教えるだけで済むか。そもそもいかがわしい場所の可能性もある」

「そういう面でシェルディナード先輩は信用できません。レジャースポーツって言っていきなり狩りに連れてかれた事、あたし覚えてますからね」

 二人の信用ゼロにシェルディナードは軽く肩を(すく)める。

「えー。そんな事ねーのに。悲し」

「普段の行いを省みてから言え」

「全然悲しくない顔ですよね。シェルディナード先輩が悲しんでる顔ってそもそも見たこと無いんですけど」

「わかったわかった。はいはい。ま、じゃれあいはここら辺にして、仕事の話な」

 そう言ってシェルディナードが一枚の騎士団の敷地全体図をテーブルに広げた。

「明日からこの騎士団の玄関で受付して、診療所用に振り分けた部屋で診察と施術頼むわ。事前に連絡貰った必要な薬とか備品は揃えてあるから、足りなかったらミウに言ってくれ」

「はい。なるべく迅速に手配させてもらいます」

「わかった」

 さくさくと手慣れた感じで確認し、一通り終えるとシェルディナードが伸びをして立ち上がる。

「んじゃ任せた」

「シェルディナード先輩、どこ行くんですか?」

「どこって、お仕事の決まってるだろ? じゃ、また夕食でな」

 それだけ言うと、デザートの器を片付けてシェルディナードはさっさと食堂を出て行く。

「お仕事って……むう。本当に執務室に行ったのかなぁ……」

「と言うか、なぜシアンレードの次期当主が自分の騎士団の食堂で働いているんだ?」

「…………シェルディナード先輩ですから」

 ミウが遠い目をしてそう言った。

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