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カレンデュラ・カプリチオ  作者: 琳谷 陸
1.おいでませ異世界
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14.仕事は好き嫌いとは別物

14.仕事は好き嫌いとは別物




「…………あの、色情最低男(シェルディナード)

 燦々と陽光の射し込む室内。

 白いスタンドカラーのシャツに黒いベストとズボン、黒い革靴で白衣を着たラッセルは、まさに地を這うような低い声で極太の血管を額に浮かせ、拳を握り締めてぷるぷると肩と言わず身体全体を震わせていた。勿論、怒りで、である。

 どうしてか?

 その答えは目の前。白基調に控え目なゴールドを入れた上品な壁紙、深い青のカーペットに落ち着いた調度品という高級ホテル並みの内装を設えた騎士団客室(ゲストルーム)、そこに入れられたダブルベッドにあった。

(――――殺す)




 時間は数時間前に(さかのぼ)る。




「ラスティシセル坊っちゃま。お支度が調いました」

 シェルディナードの往診依頼を請け、第一階層の騎士団へ移動する為に行っていた支度も調った事をユリアが報告すると、ラッセルは頷き、一つ質問を加えた。

「わかった。マリの方はどうだ?」

 ユリアは心得ていますという顔で頷きを返す。

「そちらも万全でございます」

「そうか。ありがとう」

 シェルディナードが好きなわけでは決してないが、仕事は好き嫌いとは別物と割り切るのがラッセルである。

 往診依頼が入った以上は医師(しごと)として赴かない選択肢は存在しない。

(第一階層ならば、マリの身体的にも負担が減るからな)

 薬は飲まずに済むならばその方が良い。薬いらずの健康が一番なのは言うまでもない。

(帰ってくる頃には部屋の準備も調っている予定だ。案外良い時機(タイミング)だった)

 ユリアは同行するが、家令(ハウススチュワード)のエドワードが滞りなくやってくれる手筈になっている。

(騎士団の中ならば安全面でも安心できる。何より、ミウさんがいるのはマリにとって心強いだろう)

 ラッセルは手の平くらいの大きさをした、羽のように軽い青い転移石(トラベルノーツ)を上着のポケットから取り出す。

 軽く魔力を流すとその石は自ら薄く発光する。

 片手をかざし、宙に浮き上がる青い文字と数字を確認したラッセルは、転移させる人数と荷物の許容範囲を調整した。

(これで良し。場所も騎士団の来客玄関(ゲストエントランス)になっているな)

「ラスティシセルさん、お待たせしました」

 白い綿シャツにニットセーター、紺色の七分丈クロップドパンツと黒いパンプスというシンプルで清潔感のある装いで、髪は軽く束ねてまとめられているマリがラッセルの診療に使う黒いカバンを持ってやって来る。

「では行くか」

 転移石を起動するとラッセル達の足許(あしもと)が青く光り、瞬きの間に移動が完了した。

 足許には青に白と金で花の刺繍を施された正方形の大きなカーペット。それが敷かれているのは大理石の床で、壁と高い天井は汚れのない白。背の高い窓が等間隔で並び、昼の暖かな日差しが柔らかい。転移せずに外から来る来客の為には両開きの樫材で出来た扉が用意されている。

 今は昼でなりを潜めている丸くなだらかなドーム状の灯りは、夜になればその場所を照らし出すだろう。

「いらっしゃいませ! ラスティシセルさん、マリちゃん」

 ユリアさんも、と。笑顔を浮かべ、黒い軍服めいた制服姿でミウが駆け寄ってくる。

「シェルディナード様から皆様の滞在中のご案内を仰せつかりました。ミウ・エマレットです。よろしくお願いします」

 ペコッと頭を下げ、嬉しそうな笑顔全開でラッセル達を見た。

「まずはお部屋にご案内しますね!」

 仕事仲間なのだろう人の好さそうな青年達が荷物を持ち、ミウが先頭に立って歩き始める。

「来客棟はこちらの扉から。本棟と街へのアクセスはバッチリですよ。後でパンフレットをお持ちしますね」

「助かる」

 両開きの扉を開けると、長い廊下が姿を現す。両脇には灯りと窓が一定の間隔で並び、片方では中庭らしきものが見えた。

「本棟の一室を診療所としてご用意していますので、お部屋に荷物を置いたらそちらもご案内します」

 廊下から繋がる来客棟の一階ホールに足を踏み入れ、マリが軽く口を開けて驚いた顔をする。

 広い床は星図を模したタイルで彩られ、三階まで吹き抜けになっている天井には巨大なシャンデリア。二階と一階を大きな階段が左右から腕を伸ばし、途中で踊り場を経由して合流する大階段にはチョコレート色の木材で作られた精緻な模様を彫った手摺と青いカーペット。程よく風景画や花が飾られ、その様子自体が一幅の絵画のようだ。

「こちらに。後で他の階もご案内しますけど、ひとまずお部屋優先です」

 階段の脇を通り、奥には百貨店のような昇降機(ゴンドラ)がある。乗り込み三階で降りて、ミウはメモの通りにラッセル達を部屋へと案内して。

「ラスティシセルさんとマリちゃんのお部屋……」

 呟いて、ミウが「あれ?」という顔になる。が、その疑問が解けない内に部屋の前まで来た。

 ミウはもう一度、メモに目を落とす。

「ラスティシセルさん、と、マリちゃんの……」

 部屋のドアを開け、広々とした室内を見た瞬間、何が引っ掛かったのかミウもわかったのだが、既に遅かった。

 背筋が凍りそうな声が、ラッセルからこぼれる。

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