12.完全に、趣味である
12.完全に、趣味である
ユリアは長くラスティシセルの家に仕えている女性である。
髪は白く、シワもそこそこでてはいるが、実年齢や他の同じ歳のものと比べると差が歴然とする程に若く見え、年を経たからこその威厳と成熟された美しさを持っている。
子供も立派に独り立ちして、成人はしたが孫は彼女を慕って適度に顔も見せてくれ、これ以上ない幸せな状態と言えるだろう。
ただ一つ。いや、二つ。どうしても自力では解決できない問題が。
(何故! 何故、ラスティシセル坊っちゃまには、いつまで経っても良い仲になるご令嬢が現れないのですか!)
奥手とか以前の問題で、ラスティシセルは研究に没頭する日々。
(お引き合わせしても、全てことごとく次はなく)
特に問題を起こしたわけでも、ラッセルが拒否をしたわけでもない。引き合わせた令嬢も気分を害することなく帰っていった。
けれど、誰一人として次の約束を申し込まれる事も、ラッセルが申し込む事もなかったのだ。
当たり障りのない会話。当たり障りが無いというのは、何も会話していないのと同じだ。聴いているけど、その実なにも聴いていない。『お付き合い』で表面はニコニコしても、全然興味がないのは伝わるものだ。
結果、印象にも残らなければ次にまた会おうとも思わない。
最低だろうが何だろうが、強烈な印象を与える方が次に繋がる『何か』は残る。まあ、最低だと「二度とごめんだ」というハードルが引き上げられた状態からのスタートになるのは否めないのだが。
(もう、いっそそれでもかまいません。……本当に、誰か)
ラッセルはユリアにとって第二の子供のような存在だ。欲目を承知で言えば、顔も性格もそこらの同い年の男性より良いと思っている。普通に、普通に興味を持てばシアンレードの次期当主よりモテておかしくない筈なのに。
うちの坊っちゃまがモテないのはおかしい! 状態である。
何というか相当思い悩んでいると言えそうで。
(坊っちゃまには、義務ではなくお相手を見つけて頂きたいのです)
貴族の結婚は家を継ぐものの義務。
そこに個人の感情など要らない。
けれど、だ。
(坊っちゃまは本当に、良い子ですもの)
制約の多い貴族の家に生まれ、その役目を全てこなしてきた。
最後の義務くらい、できればラッセル個人にとって心から良いものであってほしい。ラッセル自身は欠片も気にしていなくても、だ。
今のままでは、きっと最後の最後で家として決めたどこかのご令嬢と何の不満も言わずに結婚する。それでもラッセルは普通に大切にするだろう。
大切にするといっても、そこに気持ちがない。人として大切にするのと、愛しく大切にするのは少し違う。
(お節介です。本来なら私が言うべきものではございません。けれど……)
なるべくなら、幸せになってほしいと思うのだ。
(嗚呼、本当に。この際、身分も種族もある程度なら問いません。ラスティシセル坊っちゃまの良さがわかって、坊っちゃまがわずかでも興味を持つ女性はどころかにいらっしゃらないのでしょうか居ないと困ります)
そう思っていた所に、人間の女性が飛び込んできた。
(これはっ……!)
飛んで火に入る、ではないが。
(逃す手は、ございません!)
勿論、無理強いはできない。が、しかし。
(お友達! お友達からでも!)
もうこの際だから異性の友人で良い。うちの坊っちゃまの良い所をわかって! そんな思いが爆発する。
(まず、物理的に距離を縮めて頂きましょう!)
お友達から、はどうした。とつっこまれそうな続きの部屋事件はこうして爆誕したわけだがそれはさておき。
話は変わって、ユリアは恋愛小説が好きである。
婆さんだって元々は少女。趣味嗜好に歳は関係無い。好きなものは好きなのだ。
(種族の違う異界の少女が運命の相手……イイ!)
完全に、趣味である。妄想のようなシチュエーションが現実してしまった今、彼女を止められるものはいない。
運命の相手なのかどうかはさておいて、真面目に考えてもラッセルの状態はよろしくないのは事実。だからこそ、ユリアも暴走気味になる。焦りというのは意外と巻き込み力を発揮するものなのだ。
(それにしても、『義務』はありませんわね。『義務』は)
思わずやり直しを要求してしまった。
どこの世界に『義務』だから気にするなと言われて嬉しい(またはときめく)女の子がいると思うのか。
(確かに時折、罵られたり冷たくされて快感を覚える性癖の方も男女問わずいらっしゃいますが)
マリは見たところそうではない。
相手に合わせて甘い言葉の一つや二つ囁けなくては本当にいつまで経ってもお相手が見つからない! と。
(思っておりましたが……)
マリがおずおずと助け船を出そうとする様子に、むしろマリにラッセルが助けを求めた様子にユリアは驚いた。
何でも。大抵の事は自力で解決しようとするし、出来るのがラッセルである。他人を頼ろうというある種の『隙』が無さすぎるのも近寄りがたいと思われてしまう一因であると、ユリアは見ていた。
だから、下らない事とは言え、助けをマリに求めたのは本当に珍しい。
(これは……ひょっとしたらひよっとするかも知れませんね!?)
内心、思わぬ収穫にホクホクしたユリアは、ちょっと苦しいマリの助け船にあっさり頷いた。こうして、他人を頼った方が上手くいく事もあるのだと少しずつ身に染みさせれば、程よい隙が生まれるかも知れない。
(ああ、本当にマリさんに来ていただけて良かったこと! そしていずれはマリさんと一緒に坊っちゃまの良い所で盛り上がれるくらいに。それにはまずお二人の距離を縮めて……)
ホッとして胸を撫で下ろすラッセルとマリを見つめながら、ユリアはひっそりと笑みを浮かべた。




