10.何か雲行き怪しくない!?
10.何か雲行き怪しくない!?
「靴と普段着と、下着と……。ラスティシセルさんと合流する前に生理用品とかも買っておきたいし、小さめのお化粧ポーチも要るし」
「…………」
(良いのかなぁ……)
ミウに手を引かれ、買い物の最中、マリはショッパーバッグを手に微妙な表情を浮かべていた。
意思とは関係無しに召喚された被害者、という立場ではあるものの、手酷い仕打ちをされたとかならいざ知らずここまで細かく気配りをされると嬉しいを通り越して申し訳なくなってくる。
「マリ……ちゃん?」
「え?」
「大丈夫? 気分悪い?」
「あ、ううん。大丈夫。ただ、ちょっと、いいのかな、って。半年ご厄介になる上にここまでしてもらって……」
しかもルシアは侍女として、と言っていたが、多分あの屋敷では間に合ってるんじゃないかと思うわけで。
(何も出来ないのに、良くしてもらうのは)
「もう! そういうのは、考えない。大丈夫。ラスティシセルさんて顔は怖いけど、中身はあたしの知る限り昨日いた人達の中で一番まともだから!」
それは安心して良いのか。そしてむしろまともな人にお世話になるから心苦しいのだが。
「それに、ユリアさん言ってたんだよ? マリちゃんがラスティシセルさんをちょっとでも外に連れ出して関わらせてくれたら、それだけで感謝だって」
ラッセルが聴いたら頭を抱えそうな台詞である。
『本当に、坊っちゃまは頭もよくて下のものも思いやる、このユリアの欲目を抜きにしても、非常に良くできた方。……なのに』
キリリとハンカチを噛んでユリアは言った。
『なのに何故、モテないのですか!? 僭越ながらミウさんのお仕えするシェルディナード様のように女性関係が華々しいわけでもなく、むしろ誠実ですよ!? だというのに何故! 何故ェエエエエエ!』
『ひぃ!?』
思い出して思わずぶるっと震えたミウだった。相当なんか追い詰められているというか、とりあえず怖かった事だけは言える。
「外に連れ出す……」
「黒月……ルシアさんも言ってたけど、こうなったら定期的にデートに誘うくらいの心持ちで」
「待って。デートって」
(何か雲行き怪しくない!?)
「難しく考えないで、お散歩って思えば大丈夫だから!」
「へ、変な言い方しないで。お散歩で良いよね!?」
そこで何故かミウが固まり、次いでふっと諦めたような微笑を浮かべた。
「変な言い方……。ふ、ふふ」
「ミ、ミウ?」
「そっかぁ…………。知らないうちに……」
あたしも毒されて……。なんて呟きが聴こえたけど、怖すぎてつっこめない。
「……そ、そういえば、ミウってその歳で働いてるんだね」
「え?」
「だってまだ高校出たくらいでしょ? 偉いなーって」
「…………」
途端、ミウが凍りついた。
「あ、れ?」
(何か、もしかして)
予感というのは良くないものほど当たる。
「……高、校? それって、高等部の、事?」
「えーと、そう、かな」
(高等学校ってなってるし、多分それだよね)
ミウがうつ向き、ぷるぷるとその肩が震えた。
「ひ、酷い! あたし、大学部も出た立派な大人だよ!?」
キッと涙目でミウがマリに抗議する。若干その様子は見た目よりさらに幼く思えるのだが、言ってはいけない。
「ごめん! ごめん!」
「うぅ! い、いいもん! な、慣れてるし!」
どうみてもショックを受けているようにしか見えないわけだが、それを指摘するほどマリは鬼ではなかった。
(十五、六くらいにしか見えないけど)
ごしごしと浮いた涙を拭って、ミウが少しだけ拗ねたような顔でコスメショップの方へ歩く。それでも、マリの手を取って離れない辺り、人のよさが滲み出る。
「コスメかぁ……」
「必要でしょ?」
ショーウィンドウに飾られた商品を見て呟くと、ミウがこてっと首を傾げた。
(正直、苦手なんだよね……)
何が苦手って、塗ったら何か張りつくというかへばりつくような閉塞感というか。
そんなマリの心を読んだのか。ミウがやけに真剣な顔で言う。
「マリちゃん。……護身用にひとまず持ってた方が良いよ?」
何か物騒な忠告来た。
「待って。護身て何。化粧しないと殺されるの?」
「えーと……多分、殺されはしないと思うんだけど」
半眼で苦笑いを浮かべるミウは、遠いどこかを見ていた。
「乙女のプライド的なものはズタズタにされる、かな。遭わないように気をつけるのも手だけど、多分どっかで見つかっちゃうだろうし、用心に越したことはないっていうか……」
「なにそれ怖い」
「だよね」
ウンウンと頷き合って、どちらともなくクスクスと笑う。
「こほん。えっと、そんなわけで基本的なやつだけ揃えちゃお」
「うん。そうだね」
ナチュラルメイクに使うものだけを購入して、二人は店を出る。他にも必要な物を買い揃えるとラッセルとの約束が間近に迫っていた。
「そろそろ三階に行かないと」
昇降機に乗るとゆっくりと目的階に着く。
ラッセルと合流して昼食を取り、ミラーリという端末を購入。
少し疲れたものの、買い物も出来て一安心だ。
(これで、これから半年)
何とか頑張れそうな気がした。
「あ! マリちゃん。あたしのアドレス入れておくね」
困ったらいつでも連絡してね、と。ミウが笑う。
「うん。ありがとう」
「ラスティシセルさんも、マリちゃんにアドレス」
「同じ屋敷にいるのだが……」
「もう……。そういう事じゃないんです! いいから交換して下さい!」
半ば強引にミウがラッセルとマリのアドレスを交換させ、やりきった笑顔になる。
ラッセルの言うとおり、同じ屋敷にいるのだから不要のような気もするのだが、他の誰かのアドレスもない空っぽの端末を手にしているよりも、ちょっとだけホッとする。
(スマホ依存症じゃないはずだけど、やっぱり嬉しい、かな)
見知らぬ世界で、独りじゃない。それだけで、少し幸せな気がした。




