愛すべきご子爵
工事は急ピッチで進められた。プロアニア人の施工手は本当に仕事のこと以外考えていないのか、ただ粛々と手際よく、毎日の進捗を伝えてくる。一方、私に目を付けたプロアニア王ステラは、暫くこの退屈な城で彼曰く「黴の生えたような本」を片手に領地を観覧している。アンリ王の威圧感は力に対する恐怖だったが、ステラのそれは体格と、不気味なほど冴えた視線によっていた。そして、急ピッチで進められた工事は、二週間後には、やや川幅は狭いが、開通が出来るほど進んでしまっていた。
その一方で、ナルボヌ城には二つの喧騒が再び訪れようとしていた。
第一は、カペル王国の主要な観光地への呼びかけで、主にはギヨームの仕事で、徐々に葉の落ちる頃になった領内には、ひっきりなしに従者が親書を手に往来するようになった。無知な貴族達は私の珍妙な提案に乗り気なようで、「是非とも協力したい」と手紙を寄越したり、「開通したら招待してくれ」と返信してきたり、字面だけでも期待が滲み出ていた。
第二に、もう一人の重要人物、つまり、現ウネッザ総督、ヴィタール・ダンドロのナルボヌ来訪である。ダンドロ商会の会長でもあるヴィタールは、土産物として大量の硝子細工‐所謂模造宝石‐を持ってきた、と言う報告を受けた。
私は正装に着替え、ヴィタールの来訪を待つ。ステラは黙って読書をするばかりで、食事にも気を使わなくて済むのが幸いだった。ヴィタールを迎え入れる準備を同時に進められたからだ。
そして、領内が歓声に満たされ始めると、私は静かに立ち上がり、出迎えに向かう。水城の跳ね橋がゆっくりと開く音が響き、姿を現したのは、王族に劣らぬ由緒ある白馬にひかれた、丸みを帯びた馬車だった。
馬車が入城を果たし、私の前で停車する。丸い形状に合わせてアーチを作る馬車の扉が開き、手始めに銀の先端を持つステッキが顔を覗かせる。続けて革製の尖った靴、そして長い衣服の裾が顔を覗かせる。いう間でもなく、カペル王国の貴族のファッションではない。
そして、地面を杖で確かめるように漁りながら、ゆっくりと、慎重にその全身がナルボヌ城の土を踏んだ。
金襴のトーガを身に纏い、穏やかな微笑を湛えた……中年男性だ。髭は濃く、高身長で、年相応に、控えめに腹がたるんでいるらしいのを、トーガが隠している。ウネッザ特有の衣装に加えて、首周りには模造宝石のネックレス、腕にはさり気なく銀細工の腕輪を覗かせ、薬指に大きなダイヤモンドを嵌めた指輪を身に着けている。王族にも劣らぬ風貌の一領主は、ナルボヌ城主の「簡素な」正装を圧倒する華美さを身に纏っていた。
「ようこそ、ナルボヌへ……。歓迎いたします」
「いつもジョルジュがお世話になっております、ミス・ジョアンナ。お会いできて光栄です」
「えぇ、こちらこそ……」
ヴィタールは柔らかく目を細める。衣服こそ絢爛豪華だが、ステラのような圧迫感はない。寧ろ、軽薄と言ってもいいような、どこか気の抜けた居心地の良さを感じる男性だった。
「ミス・ジョアンナ。今後もしお取引を続ける事があるならば、貴女に伝えておきたいことが御座います。当方の主要な産業は硝子細工や、奴隷、かつては香辛料も御座いました、それに酒、特に飛び地での葡萄酒が特産品です。こうした交易路を繋げることは旅を容易にすることに繋がる、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「は、はぁ……」
ヴィタールはどちらかと言えば多弁なようだ。ステラとは対照的に腰も低い。私は宜しくお願いしますと繰り返すヴィタールに、空返事を繰り返しながら、彼の厳つい手になされるまま握手を受け入れた。
従者に視線を送ると、彼らもこの特殊な男の反応にやや困惑している様子だ。フーケは黙って待っているし、ギヨームは戸惑いながら腹を摩っている。リオネルはやや楽しそうにほくそ笑んでいたが、同時にイライラしているらしかった。
ヴィタールは総督であると同時に商会の長なので、何かしら私達のような完全な貴族とは感性が違うのかもしれない。高身長の彼から見下ろされているのに、何故か見下ろしているような不思議な気分になった。
「ヴィタール様、どうぞ。中でお話をしませんか?」
私はしびれを切らして切り出す。ヴィタールは一瞬びくりと肩を持ち上げ、直ぐに腰を低くして私と視線を合わせた。
「おぉ、有難うございます」
ヴィタールは私とかわした握手を再度、今度はより強く交わした。そして、彼は運転手を手で馬舎へと向かうように命じて、驚くべきことに「その足で」私と並んで歩く事を選んだ。




