競売1
‐翌日、競売の日‐
政治に関与するような問題であれ、何であれ、この私の第二の故郷を明け渡すに足る人物である三人は、静かに謁見の間で待機していた。フーケは帳簿類と土地の権利書、紋章印の支度をしながら、私の部屋のすぐ隣にある小さな待機所で支度をしている。
真の戦いに赴くアンリ王は余裕綽々として、玉座の前に待機する私に手を挙げて挨拶をする。ガルシアは穢れのない瞳でこの広大な部屋を改めて堪能する。フアナは冷たい微笑でアンリ王を横目に見る。この上ない緊張感、張り詰めた空気が漂う。
今回の競売のルールを先に説明しよう。今回行われる競売は、第一に、各々が最低金額よりも高い価額を指定して、同時に入札を行う。その上で、競売価額を再度各自が決定し、続けて第二入札を行い、休憩をする。そして、最終入札を行う。第一、第二入札は同時に行うが、最終入札は第二入札で最低額を提示した者から順番に入札を行う。なお、最終入札と第二の入札の間には、半刻の休息を設け、「謀」の可能なようにした。これはアンリ王との対立を避ける目的もあるし、何よりも本来は「より高く売る」事を目的としたこの競売を、むしろ今後の取引に生かそうと考えている私とフーケの思惑もある。いわば、未来への投資であり、彼らに「懐の猶予を残す」事で、今後の何らかのビジネスに役立てるためである。
と言うよりも、役立てなければ財政が持たない。金を借りるためのビジネスも必要であるし、ビジネスチャンスを作るための投資も必要である。少なくとも、フーケのこの言葉には一定程度の合理性があった。
さて、この緊張感の中で私が出来る事は、入札箱を見下ろす事と、待機する彼らの腹を探ることぐらいである。こうした取引の事はフーケに任せた方がよいのだ。
私はガルシアの方を見る。彼だけが、この取引で主たる目的を政治に置いていない。私としては彼にこの城を明け渡すのが最も稼ぎにならないように思うが、同時に彼に勝ち取ってもらいたいとも思う。ガルシアの子供がこの場所で育つことが、きっと父が一番納得してくれる取引になるからだ。
次に、私はフアナを見る。招かれざる女、フアナは、私と視線が合うと、おっとりとした笑みを浮かべ、手を振った。アンリ王の鋭い視線が私に向く。彼女がこの宮殿を落札した場合、私はむしろブリュージュ、つまりエストーラ帝国側の人間と接触を図るという危険なビジネスをする必要が出てくるだろう。カペル王家にあだなすことは出来れば避けたいところだが、一番元手なく稼げるのも彼女との取引である。非常に魅力的な入札者で、彼女に落札してもらえればと考えてしまう。私はきまりが悪くなり、彼女の挨拶への応答もそこそこに、アンリ王に視線を送った。
アンリ王はただ静かに佇み、私から視線を外す。彼との取引ははっきりとした利益にはなりづらいかも知れないが、最も安全であることは言うまでもない。アンリ王の庇護下で交易を自由に行えたならば、取りあえず今よりも財政状況が悪化することは無い。
しかし、それでは駄目だというのも事実だった。私はガルシアかフアナかに一縷の望みをかけて、この取引の成立を祈った。
「お待たせいたしました。それでは、これより、第一入札を行います。最低入札額は12万ペアリス・リーブルです。では、皆様、こちらの書蝋板をお受け取り下さい。そこに希望金額をご記入いただきましたら、そのままお待ちください」
フーケはそう言うと、背後から運ばれてくる書蝋板を数回たたき、一人一人を指名する。書蝋板はひとりでに主人の前に向かう。謁見の間の指定された位置に移動するように、裏側に法陣術が仕込まれているのだ。これはカペル王国では比較的標準的な方法で、大学や会議など各種でメモ代わりの書蝋板に使われている。法陣術ではなく通常の魔法を器用に使えればもっと自在なのであろうが、こうした決められた行動で済む場合には、出来るだけ魔法を使って疲労したくないのがフーケの性分なのかもしれない。
このルールを知らないで所定の位置にいなかったフアナだけが、一歩出遅れて書蝋板を受け取る。それぞれがさらさらと金額を記入する。第一入札はそれほど悩む必要はないと判断したのだろう。フアナも数瞬の遅れを直ぐに立て直した。
書蝋板がフーケの所に戻るまでに、数分経過した。そして、フーケはそれらを見て、謁見の間に響く大きな声で言った。
「最高入札額は12万9000です。つづけて第二入札を行ってください」
アンリ王が微笑む。彼が最高額だったようだ。フアナは口元に手を当てている。恐らく、彼女は与えられた予算の最高額を提示したのだろう。少し残念そうに首を垂れた。ガルシアは顎を摩りながら真剣なまなざしをこちらに向けている。彼はまだ、「出せそうだ」。
フーケは再度先程と同じ動作を行う。そして、書蝋板をそれぞれの主人のもとに戻すと、再び「第二入札をお願いいたします」と言った。
それぞれが書蝋板に金額を書き込む。私の見立てでは、フアナはまだ「出したそうに」頭を掻いている。殆ど時間をかけずにアンリが筆記具を置いたので、嫌な予感が頭を過る。フアナは少し時間をかけて書き直した。ガルシアは最後に筆を置く。
戻ってきた書蝋板を見て、再び金額を確認したフーケは目を見開く。
「それでは、第二入札額を発表いたします。アンリ王、12万9000、ガルシア卿、13万500、フアナ様……13万2000!よって最終入札の順序はアンリ王、ガルシア卿、フアナ様となりまし……た」
アンリ王が目を見開く。ガルシアはフアナの方を向き、フアナは少し恥ずかしそうに微笑む。
「あら、殿方と違ってこうしたことは良くわからないのだけれど……。私がこのお城を頂けるのかしら?」
「そうとは決まっていません。フアナ様、貴方に落札の最終決定権が与えられたという事です」
ガルシアは生真面目に答える。フアナは少しだけ残念そうに眉を下ろすと、「でも、なんだか素敵な事なのね」と顔を持ち上げて微笑んだ。
確信犯、恐ろしい女だ。アンリ王が苦虫をかみつぶしたような顔をする。フアナへのギラギラとした視線が余りにも険しい。一方、フアナはアンリを一瞥して、妖艶に微笑んで見せた。
「それでは、一旦ブレイクタイムと致しましょう。さぁ、皆さま、ご自由にお過ごしください」
フーケの言葉を受けても、そこから部屋を出る者はない。アンリ王はガルシアの手を引き、すぐさま行動に出た。




