表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
財産処分
3/172

まずは内見

 客人を数人招き、少しでも高値で買い取ってくれるように幾つかのもてなしを用意した。この美しい宮殿に価値を見出す人はやはり多く、フーケの予想に反して複数の購買希望者が現れたのだ。

 12万ペアリス・リーブルで内装の備品込みで宮殿を売り渡す事、それを条件にして数人に声をかけたことで、この場所を競売にかける事になった。


「ほう、これは中々に美しい。余の離宮にピッタリである」


「本当ですねぇ。あら、あれは貴方ですか? 教会に形が残るなんてなんと羨ましい事でしょう!」


「そうかね。ここを売る程困窮しているというのは、残念な事だね、全く」


 希望者は三名で、カペル王国現国王アンリ・ディ・カペル、ブリュージュの伯爵夫人フアナ・フォン・ブリュージュ・ツ・エストーラ、最後にアーカテニア王国のガルシア・リオーネ・アスティリア子爵である。三者のうち、アンリ王は言わずもがな大貴族であるし、ブリュージュも豊かな文化を育んだ、大国エストーラ領の大伯爵である。やや位階は下るが、アーカテニア王国のリオーネと言えば、海上交易で長らく香辛料の利権を我が物としてきたウネッザを弱体化させた新航路によって財を成した富豪である。顔ぶれには政治的な思惑を感じないでもないが、私には敢えてこの場で政治の話をするほどの余裕はなかった。


「……皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。私は当主ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌの下で財務管理を任されております、フーケと申します」


「私がジョアンナです。どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ」


「うむ。ジョナンナ嬢もお変わりないようで結構。先ずは内見をさせていただこう」


 アンリは卵白で整えた髭を摩りながら言う。私は道を開け、扉の中へと三人を案内する。先ず三人は玄関の広さに驚いた。貴族の邸宅は数々見て来たであろう三人であっても、惜しげもなく金を使った優雅な宮殿には十分価値を見出したことだろう。

 彼らが見たものは額縁の多くの絵画で、それらはいずれもナルボヌ家当主の肖像画であった。壁の端にある空間には、恐らく私が飾られる予定だったのだろう。均整の取れた室内で、唯一不均一な隙間が存在する。三人は特別に気にした風ではないが、私は少々複雑な気持ちでその空間を眺めた。


「ここは歴代当主の肖像かね」


「まぁ、素晴らしい!もしご縁があったなら、私もここに並べようかしら!」


 フアナは興奮気味に手を合わせた。歓喜の表情が顔全体に広がっている。興味津々に肖像画の隙間を見る彼女は、額縁の些細な模様の違いまで詳細に確かめたうえで、自分の肖像をどのように飾るのかについて、思いを巡らせた。



「ここは子供の養育にも良さそうだね」


 ガルシア子爵は広い空間を両手を広げてみたり、極端に身を縮こませてみたりしながら測り、子供が遊ぶ時に窮屈でないかを見定めているらしい。


「はい、正しく私がここで育てられましたもの。空気も良いし、歪んだものはなにもございません」


 無論、この城は私がある程度育ってから作られたもので、かつてのものは決してこれほど豪奢ではなかったが、土地が広いというのは紛れもない事実である。現に、庭いじりをするだけで一日が過ぎてしまったという時もあった。


「さぁ、今度は中へご案内いたしましょう。住空間は何もエントランスだけではありませんよ」


 私は城の両翼へと案内する。三人は所々に並ぶ絵画や彫刻を観覧しながら、この美しい宮殿の回廊を廻った。小部屋の幾つかを案内し、陶磁の飾られた空間、剥製を置くための部屋、そして私の寝室などを見せた。そして、次なる目的地は、硝子張りの回廊、即ち中庭付きの謁見の間への道である。


「おや、廊下が狭くなったようだね」


「えぇ、私きっての願いで、謁見の間までの廊下は細くなるようにとお願いしたのです」


 フーケが補足説明する。アンリ王は眉を持ち上げて相槌を打つ。他の二人と異なり、その意味を理解しているようで、狭い廊下だけが謁見の間に続くという構造が、防犯上どのような効果を表すかを吟味している。アンリは一拍おいて、満足げに頷いた。


「うむ。これはいい、実にいい」


「そうですか?私はもう少し広い方がよいわ。折角の大空間が活かしきれていないように思います」


「いや……謁見の間までの道が狭いという事が重要なのだ」


 アンリは顎を引く。フアナは不満げに相槌を打ち、狭く窓のない廊下を、壁の方を眺めながら進んだ。そして、そのように進む事によって、真っ先に歓声を上げたのも彼女であった。


「まぁ、中庭! 素敵ですね!」


 彼女の眼前に広がるのは、上半分が硝子張りの、空間としては小規模だが立派な中庭であった。一本の木を取り囲む花壇には、様々な種類の花が並んでいる。土の代わりに根を張る青い草草が、花の色どりをより際立たせ、小さいながらもまっすぐに伸びる中央の木は、この建造物を支えているようにも思われた。


「本当に素晴らしいわ、ここには入れるのかしら?」


「謁見の間の手前に扉が御座います。そこから庭師が入り、手入れをするのですよ」


 フアナが恍惚とした表情で見つめる。二人の貴人もまた、この見事な庭園に釘付けになっている。少しだけ歩幅が狭くなる三人を一瞥して、改めてこの場所が、養育地でよかったと思った。


 すくすくと育ってくれた中央の木には感謝しなければならない。そして、この場所を養育地に選んだ父にも、だ。

 愛情の裏返しの代償はあまりにも大きかったが、それでもこの場所が最後まで私の牙城であってくれたことが誇らしい。この場所から生み出した金を、さらに増やす方法も考えなくては。


「さぁ、最後に、謁見の間へご案内いたします」


 一行が最も気にする場所、それは謁見の間だ。通常の宮殿ならば謁見の間はあってしかるべき顔であり、この場所が最新の貴族のトレンドを示すのだ。私の父が古い要塞の代わりにこれを建てたのも、もしかしたら体面を気にしたからなのかもしれない。


 一行の期待の籠った眼差しを背中に受け、私は左の扉を、フーケは右の扉を開ける。三人の歓声は実に心地よく耳に届いた。


 巨大な空間を規則的に並んだ柱が支え、それが天井まで高く伸びる。王族の居城とまではいかないであろうが、それに次ぐような高い天井と、大理石の床、そして二段高い玉座は威圧的で荘厳だ。玉座の赤い腰掛部分は非常に柔らかく、フーケでさえ誇らしげに解説をする。この美しい宮殿を吟味する高貴な人々にとっても、素晴らしい異空間のように思えたのだろう。

 フアナは玉座に座り居心地を確かめ、アンリは柱を念入りにチェックする。ガルシアは再び広さを同じ方法で測り、そして、大理石の光沢などを足を滑らせて確かめた。

 感触は非常にいい。私は満足し、三人が十分に空間を堪能したのを見計らって、次の一手に出た。


「では、今日は一日この場所を堪能してください。翌日早朝より、競売を開始いたします」


 私はフーケと顔を見合わせ、頷いた。

 令嬢の宮殿の魅力は十分に伝わったはずだ。この場所を高く売る為に、私と言う付加価値を付ける仕事が始まった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ