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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石臼は罪の味
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吝嗇のバナリテ9

 透明な額縁のように切り取られた景色は、一面の緑、群青に浮かび上がるように広がる無数の穀物とクローバーの群れであった。

 夕食の愉しみが損なわれて久しく、動き出した水車小屋は嬉しそうにごりごりと音を立てる。ナルボヌ城は深淵の中に聳える巨大な岩山のように厳つく、高い尖塔からなだれ落ちるような水の張った堀は、水車小屋へと繋がっていく。

 水車小屋は我々の心臓となる。不肖フーケはそんな確信を抱いていた。


 金銭感覚の崩壊した貴族連中と言うものはとてもではないが付き合って居れない。彼らは現状の生活を維持するかそれ以上を求める事こそすれ、財源への関心を殆ど見せようとしない。その代わりに、彼らは奪い合う事を覚え、そして、運ぶことを忘れたのである。


 白を失った鉛色の燭台に視線を下ろす。皿の上に一本だけまっすぐに伸びる支柱の先端はすり減って丸くなり、手で触れても痛みよりも先に冷気を齎す。

 泥土の臭いを思いきり吸い込み、木製の窮屈な椅子から立ち上がる。ぎし、と言う木が元に戻ろうとする音が小さくなり、むき出しの石の壁に反響した。


 扉を開けば、呼吸すれば吸い込んでしまいそうな羽虫の群れが飛び交う外界と地続きの石の廊下が真っ直ぐに伸びる。慎重に壁伝いに進むと、地面が坂道のように見え、そして螺旋階段が現れた。突き当りの筒状の石壁に、小さな鎖と手錠が掛っている。それらは手錠でも鎖でもなく、本来はカンテラを掛ける為のものであった。手錠に見えるのは真上に屈折した鉤爪で、ここに通すことで、階段の安全を確認する事が出来た。


 私は壁にもたれ掛かるようにしながら、慎重に階段を下りる。無限に続くかに思われる筒の支えは、最後には途切れ、私は一瞬手を取られる。手すりを咄嗟に掴み、一呼吸おいて再び慎重に階段を下りる。残り僅かな螺旋の渦はゆっくりと視界を開けさせ、手入れの行き届いたエントランスが出迎えてくれた。使用人が決まって早朝に集合するそこには誰もおらず、また、やはり光もない。代わりにそこにあるのは焦げ茶色の上衣掛けで、私はそこから自分用の薄い上着を手に取った。


 上着を肩にかけたままで、私はこの領土で最も高く盛られた城壁が切り取った景色を見上げた。


 瞬く星々は蛍雪に似て華やぎはないが美しく、此度の成功が無数に広がるように思え、私は小さく会心の一握を振り上げ、そして振り下ろした。

 城壁に囲まれた天上の絵画は、私の手を避けるように遠ざかる。

 星光の世界が間近に思われるようになって久しく、神性を取り除いて見せていた彼らに天上の主が再び宿る。この、数百年の都市月を過ごした古城に浮かぶ月と星は、天上におわす光の主神ヨシュアが再び降り立ったその痕なのだ。

 堀に澱む水草の揺蕩いと同じほど、古城の足元は覚束ない。私は良く地盤を踏み固めるように、踵に力を込めた。

 感嘆の深い溜息を満足げに漏らすと、私の肺は大きく膨らんだ。そして、からりと音を立てて胸ポケットをくすぐる何かに気付く。私がそれを手に取ると、帽子を被った小麦色の木の実が手の中から現れた。

 団栗である。それを見て私は、長らく感じた事のなかった感動を抱き、団栗の殻が潰れそうなほど強く、それを握って手を額に付ける。


 そうだ。私が何より感服したのは、この徹底した吝嗇である。アスパラガスのサラダよりなお硬い、豚の餌さえも、自らの血肉とする徹底した吝嗇。令嬢の宮殿も、額縁も絵画も、蝋燭の明かりさえも、あらゆる浪費を倹約する事によって得られる経済的な余剰への貪欲さ。わが身を顧みる事のない、徹底した「高貴なるものの責務」の放棄。私の感性により近い、貴族と言う肩書を持った「断食芸人」が現れたのだ。私の拳は震えた。先代の良さほとんど継受しなかった、財政再建人の登場に期待したのだ。しかも、その財政再建人が、誰よりも贅沢に現を抜かし、散財に身を投じてきたあの娘だったのだから。


 しかし、それだけに、私は彼女の重い瞼を開く必要を感じた。金の浪費を経験し続けたことによって彼女の精神の摩耗が表出する事態を避けたかったのである。その為にも、彼女が得た知見を最大限に生かすこと、守りに入るだけの「経済政策」など失策であると、明確に知らしめる必要があった。


(今度の主人は、金が消えゆくものとよく理解しているのだ!)


 そう、増やすために、回すために。彼女自身が、徴税の重要性に気付くべきだ。私達は常に搾取する側である、獅子の如く牙を剥きだし、ハイエナの如く腐肉を奪い取り、そして、古城の盤石な守りを以て宝物を守る。象の巨躯を寄せ付けてはならない。天上の主が星の瞬きを保ち続ける限り、古城の門を開いてはならない。即ち、吝嗇のバナリテを、手放してはならない。


 明星の瞬きを受けて、私は踵を返した。たなびく上着の裾を手繰り、未だ底冷えする石の要塞に戻った。


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