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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石臼は罪の味
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我が領土へ1

 感じた事のないがたつきに、思わず顔をしかめた。ただ衣服と帳簿と、私が持って来た中で最も重たい約束手形とを握りしめる。私達の襤褸馬車は、車輪を軋ませながら、どうどうと片田舎の道を進む。


「ジョアンナ様。お手紙で御座います」


 残ってくれた使用人の一人がそう言って綺麗な封筒を差し出す。香水のふられた真っ白な封筒を受け取り、私は小さくため息をついた。


「また、求婚ね……」


 令嬢の宮殿を失ってすぐに、多くの球根者が私に向けて手紙を寄越した。それは全てが大富豪の類であり、「貴族」の私を後ろ盾に何らかの政治的な介入を目論んでいるのは明らかなように思えた。私が断りづらいのをいいことに、好き勝手に借金の事を(いかにも同情的に)書き、饒舌に、自信満々にそれに協力すると書いている。まるで写本師にでも頼んだような、まるで代り映えのしない文章は、私を大いに辟易させた。


 私は大きなため息をつき、手紙を丸めてフーケの方に放り投げる。後ろで記帳をしていたフーケは小さく「いてっ」と悲鳴を上げた。


「フーケ、こいつに借金返せると思う?」


「……破産宣告をして綺麗に返済してしまうでしょうね」


 フーケは手紙を開かずに答える。大富豪であれば、これだけの借金を結婚前に簡単にチャラにしようとするだろう。要するに、協力するとは、文字通り私の逃げ道をなくすための体のいい表現なのだ。私の貴重な財産を綺麗に失わせたうえで、自分の下で飼いならし、傀儡として「領土」を支配する。片田舎を開発するのが何が楽しいのか、私にはわかりかねるが、女など、彼らにとっては支配されるだけの存在だったのだろう。


「そうよね。紋章を傾けさせるに値しない男よ」


 フーケは黙々と記帳を行っている。何もしていないのに、一体どれほどの負債があるというのか。私は振り返り、フーケが作業をする軍事物資輸送用の荷台を覗き込む。フーケが顔を上げ、怪訝そうに眉を持ち上げた。


「何か?」


「いいえ。仕事の邪魔かしら?」


 フーケは眉を下ろし、「そんなことはありませんが……。取り立てて面白い作業でもないので」とだけ言って紙の上に視線を戻した。

 少し首を倒し、帳簿を覗き込む。借金が凄まじい学なのは分かっているが、令嬢の宮殿の売却額だけが谷のようにへこんでいる様を見ると、少しやるせない気持ちになる。


「他の台帳は何?」


 私は積み上げられた帳簿類を見つめる。少しばかり賢しいとはいえ、専門家の持つ類の資料は未知の領域だ。


「あぁ、それは。どこからいくら借りたかが分かるように、各銀行ごとに帳簿を分けているのですよ」


「どれだけ借りてるのよ……。良く借りられたわね」


 私は積み上げられた借金の個性的な事に驚く。十人十色の分厚い台帳だ。どれでも角で殴られたら命の保証はない。


「……そう言えば、ジョアンナ様は文字が読めるんですよね」


「まぁ、好き勝手させてもらったもの」


 家庭教師を代わる代わるつけてくれた父のお陰だ。私は文字通り、我儘な姫様だったことだろう。フーケはそれに軽蔑する様子もなく、小さく微笑んで見せた。


「勉強熱心な方に従えるのは誇らしい事です」


 彼は何気なくペンを回す。私が首をかしげると、焦ってその手を止めた。その時、ガタン、と言う小石の弾ける音と共に、車体が揺れ、ペンは荷台の奥に放り出されてしまった。


 ペンが落ちる音がグラスで氷が落ちる音に似ていたためか、私はつい、冷たい飲み物を想起してしまう。魔法使いとの契約更新を諦め、早々に別の職場を紹介してしまったことを後悔してしまう。贅沢をしている暇はないというのに。


「少しだけ、休憩いたしましょう。涼ませる程度の魔法ならば、ご提供できますよ」


 フーケは飛ばしたペンを取りに戻って苦笑した。涼し気な風を切る馬が、楽しそうに嘶くと、馬車はゆっくりと停車する。それに伴って、私の従者たちは荷物の中から扇を取り出し、私を扇ぎ始めた。


「まさか、これが魔法とでも?」


 私は意地悪く笑う。フーケは目を逸らし、「まさか」と答えた。

 荷馬車が完全に停車すると、流れる雲もまた停止する。雑草の水っぽい匂いを運ぶ風と、人工的な風の間で、馬の鬣が靡いているのを見ていると、フーケは静かに指と指を擦り合わせて、水袋に水を注いだ。


「あら、本当に使えたのね」


 私は身を起こし、その様子を覗き込む。小さな水滴が数滴ずつ落ちるだけだったが、フーケは少し苦しそうに歯を食いしばっていた。


 そこまでして飲みたいものでもないのだが……。私はコップを手に取り、同じ動作をして水を生成する。私の魔法は一般的なそれなので、フーケと比べて日常生活に苦労する事はあまりない。当のフーケは呆気に取られて暫くその様子を見つめ、瞼を伏せて俯いた。

 涼風と共に流し込まれた水には、少しだけ苦い味が混ざっているような気がした。


「本当に魔法は駄目なのね。珍しい」


「はは、えぇ……。昔から帳簿と睨めっこしていたもので……」


 私は半分飲み終えると、それをフーケに渡して姿勢を直す。大きな青空も、不規則な草木も新鮮な土の臭いがする。風になびくたびに漣のようなこすれ合う音が響く。この場所に止まっていると、父や、令嬢の宮殿の事を思い出してしまう。


「さ、行きましょう。今の領地の様子も確認しないとね」


「はい。お願いします!」


 フーケが言うと、馬車がゆっくりと動き出す。草木の揺らぎと真反対に向けて、車輪が軋み始めた。

 大空を鳶が旋回する。青空に一点だけの雲が立ち上り、少し駆け足で次の地平線を目指して進んでいく。


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