置き土産は真っ赤に
早朝のまばゆい光は腫れぼったく重たい瞼の上にも降り注ぎ、風の音と共に小鳥の囀りが聞こえる穏やかさとともに、私は目を覚ました。
懐かしい父の明るい挨拶と、じょりじょりとした髭の感触が失われ、ひとしきり泣いた後の睫毛越しに目を向ける光明は、私の次の事、ついぞ終わってしまったナルボヌ家の利権に関わる今後の幸福について、決意を迫るような力強さがあった。
朝ぼらけに悲しみの色が薄らぐと、やっと身を起こした私の中に巡るのは父へ対する感謝の念であった。
母亡き後、乳母に厳しく育てられた私を、優しく、暖かく、自由に見守ってくれた父のおかげで、私は何不自由なくこの場所で生きることができた。少々鬱陶しい部分もあったし、過保護にストレスを感じたのを嘘だと言うことはできないが、つんとした鼻の奥で嗅ぎ取って私の機嫌をとってくれたのではないか。
そう思うたびに頬を下ろして私を呼ぶ父の愛情の深さに思わず胸が満ちる。終わってしまった事を嘆く事しか出来ない少し前の私と違い、今の私には明確な感謝の涙が頬を伝うばかりだ。
この家は父の代で男系が断絶するので、あとは私がこの家の血を繋がなければならない。父への最後の奉仕として、せめていい人を見つけなくては。
そして、私がいい人を見つけるためには、やはり拠出金は必要不可欠である。とすれば、心を落ち着かせた私が次に見るべきものは一つ。
私は、丁寧に二つ折りにされた一枚の用紙を取り出した。高利貸しや銀行の異教徒達から集めた、私に遺された遺産だ。
私は胸いっぱいに広がる感謝の念を、この一枚を胸に当てる事によって返す。
‐‐お父様、私、幸せになります‐‐
……は?
廊下をかける不格好な音、背の高いヒールの音にぎょっとした男は、背後から迫る殺気の様なものに思わずといった風に飛び上がった。私はその男の胸ぐらをつかみ、込み上げる怒りを一方的に押し付けた。
「フーケを! フーケを呼びなさい!」
あのクソ親父絶対ぶっ殺してやる!