火薬の製造
基礎化学品がひとまず出来上がったので、それを使った文明の利器である火薬を作製することにします。
戦闘モノで必須となる火薬ですが、まず火薬の定義、そして燃えるということについて科学的に見ていきます。
火薬とは、熱や衝撃によって急激な燃焼反応を起こす物質。
要は、何かとすぐ燃えてエネルギーを放出しやすい物質ということです。
エネルギーの放出についての説明は長くなるので割愛しますが、熱力学第二法則に準じます。
燃焼反応について少し説明しましょう。
燃えるということは、燃えるものが燃やすものと化学反応を起こすことです。原子の組み換えが行われて熱エネルギーが放出されます。
これが起きるためには、可燃性物質(木材等)、支燃性物質(空気中の酸素等)、燃焼可能温度になること(熱源や衝撃を与える)、以上の三つが揃うことが必須条件です。
『熱』に関しては熱エネルギーを加えたことで化学反応が速やかに進行する温度に達した、ということだと理解できます。
一方化学的視点に立つ私としては一見解釈が難しいと感じる『衝撃』ですが、結局はこちらも化学反応が速やかに進行する温度に達するためのエネルギーと理解できます。
ガラスを床に落として割るのも、ハンマーでくるみを割るのも、具体的な『衝撃』の一例です。
『衝撃』は押したり引っ張ったりする力と同様の力学的エネルギーです。これを短時間で目標物に加えるのが『衝撃』です。これによって目標物は変形したり、破壊されたり、熱を放出したりします。
なぜ力が熱に変換されるのかについては物理屋さんに任せることにしますが、モノを叩き続けると温かくなるなどの経験で感覚的には理解できる人もいるかと思います。
さて、熱なり衝撃なり、一度熱エネルギーを受け取って化学反応が開始すれば、あとはすべてオートマティックです。化学反応で放出される熱によって周囲で更に化学反応が誘起されるからです。
先程示した三つの必須条件のいずれかが無くなるまで燃焼は止まりません。
以上が燃焼反応の説明です。
ただ、火薬に求められるのは燃焼の中でも爆発を伴うものです。コンロではなく、爆竹なのです。
コンロの火はガスの調節により燃焼中でも加減できますが、爆竹は一つの爆発を途中でやめることはできません。
爆発の調節は、爆発が起きる前に可燃性物質の量を変える以外に手立てがないのです。爆発中に爆発を止めて後に取っておくといったような分割はできません。
火薬ではこの一瞬で大きなエネルギーを生み出す現象を駆動力にします。
燃焼温度が低くて反応速度の速い組み合わせを探した昔の人の苦労が偲ばれます。
では火薬の種類の説明に移ります。
歴史的には七世紀までに中国で発明された黒色火薬が初登場です。ただし黒色火薬は燃焼速度が速すぎて銃自体に構造的負荷がかかるため、後に銃の装薬向けには成分を調節して燃焼速度を落とした褐色火薬が開発されました。
黒色火薬と褐色火薬の役割の違いは物語のアクセントに使えそうだなあと思う次第です。
中国で発明されて以来千年以上使用された黒色火薬ですが、十九世紀末には無煙火薬に取って代わられます。黒色火薬や褐色火薬は爆発時に大量の白煙を放出しますが、これに対して発煙が低減されたため無煙火薬と呼ばれます。
無煙火薬は科学技術の成熟とともに発明されました。火薬の原料であるニトロセルロースを合成するまではこれまでの技術で容易なのですが、火薬として利用するのに有機溶媒が必須のようです。
、今回は素人でも手を出せそうな黒色火薬、褐色火薬に焦点を当てます。
材料として用いるのは木炭(炭素)、硫黄、硝石(硝酸カリウム)の三つです。この混合比を変えることで火薬の性質を変えることができます。
木炭は容易に得ることができ、硫黄も日本のような火山国であれば容易に得られます。硝石は以前製造法を記述した通りです。
爆発時の反応式は以下の二通りで進むと考えられています。
2 KNO3 + S + 3 C → K2S + N2↑ + 3 CO2↑ (1)
10 KNO3 + 3 S + 8 C → 2 K2CO3 + 3 K2SO4 + 6 CO2↑ + 5 N2↑ (2)
この場合、燃えるものは木炭または硫黄、燃やすものは硝石または硫黄です。
硫黄は木炭の役割も硝石の役割もこなすようです。
いずれの反応式でも、固体の化合物同士の反応によって窒素や二酸化炭素といったガスが放出されます。
水が水蒸気になるときに体積が1600倍になると聞いたことがあるでしょうか。鍋を冷やしたら鍋蓋が張り付いて取れなくなったことがあるかもしれません。
水を凍らせても体積は変わりますが、そこまでの差を感じたことはないと思います。
このように固体や液体に対して、気体は圧倒的な体積の大きさがあります。
元は固体しかなかった空間に爆発的な反応で急にガスが生じます。そうすると当然内部の圧力が急激に上昇します。
ここで少し計算してみます。木炭1 gでどれほどの圧力が生まれるのか。
式(1)の通りに進む場合、木炭1 gに対して硝石5.6 g、硫黄0.9 gが必要です。
式(2)の通りに進む場合、木炭1 gに対して硝石10.5 g、硫黄1 gが必要です。
ちなみに黒色火薬の混合比は木炭1に対して硫黄1、硝石3~8程度、燃焼速度を落とした褐色火薬は木炭1に対して硫黄0.2、硝石5.5程度です。
これと先程の化学式に基づいた重量比を比べると、どうやら燃焼速度の秘密は硫黄が握っていそうです。詳しい機構は分かりませんが、可燃性と支燃性の性質を併せ持つことが鍵なのでしょうか。
一度温度が上がってしまえば、硫黄の関与しない硝石による木炭の燃焼反応(式(3))も起こると考えられますし、燃焼速度を下げたければ木炭と硝石の比を変えずに硫黄量を減らすと良いということでしょう。
4 KNO3 + 5 C → 2 K2CO3 + 3 CO2↑ + 2 N2↑ (3)
式(3)では木炭1 gに対して硝石は6.7 g必要になります。硫黄がなくなっても木炭の燃焼に必要な硝石の量はそこまで変わらないようです。
黒色火薬や褐色火薬の既知の混合比が物語っていることが化学式からも読み解けます。
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話が大分脱線しました。どれほどの圧力が生まれるかに戻しましょう。
式(1)では炭素3原子から1分子の窒素と3分子の二酸化炭素が生じます。
式(2)では炭素8原子から5分子の窒素と6分子の二酸化炭素が生じます。
式(3)では炭素5原子から2分子の窒素と3分子の二酸化炭素が生じます。
つまり木炭1 gから生成する気体の量を室温大気圧の条件で換算すると、式(1)では2.7 L、式(2)では3.3 L、式(3)では2.0 Lとなります。
せいぜい15 gにも満たない粉末を280 mLのペットボトルに入れてシャカシャカ振った衝撃で反応すれば、その中の圧力は瞬時に10倍以上になるということです。
容器の体積に反比例して圧力は増加するので、容積の少ない火縄銃なんかに仕込めば内部には更に高い圧力が瞬時に生まれます。
この圧力で弾が押し出されて高速で飛ぶわけですね。
なんだか火薬の製造法というよりは仕組みになりましたが、あくまで科学ではなく化学的観点から語ろうとすると配合比や爆発の仕組みがメインになってしまいました。
火薬について調べる前までは全くの無知だった筆者ですが、化学的視点で見るとかなり興味深いですね。
火薬についてご感想いただきありがとうございました。
無煙火薬はなかなか素人だけでの実用化が難しいということを認識したため、今回は詳細について触れずじまいとなりました。
参考文献
瀧本真徳, 硫黄と私たちの生活, 化学と教育, 62(1), 30-33 (2014).
https://pub.nikkan.co.jp/uploads/book/pdf_file51f62d2f24245.pdf
http://ja.wikipedia.org/黒色火薬
http://ja.wikipedia.org/褐色火薬
http://ja.wikipedia.org/無煙火薬