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硫酸の製造

 今回のテーマは硫酸。

 硫酸なんて何に使うんだと思うかもしれませんが、電池の電解液、洗剤、シャンプー、肥料、薬品の原料などに使われています。

 特に鉛蓄電池は異世界で使いやすいのではないでしょうか。

 鉛は紀元前から使われている金属ですし、硫酸さえあればといったところだと思います。


 少量であれば、低いpHの温泉や火山湖の液体を煮沸して不純物の多い硫酸を簡易的に得るなんて方法もあるかもしれませんね。


 ただ現代文明を謳歌しようとすれば大量の硫酸が必要なはずです。

 というわけでまずは現在の製造方法です。


 最初に二酸化硫黄(SO2)を得ますが、これにはいくつかの手法があります。

 詳細は読み飛ばしても大丈夫です。


4 FeS2 + 11 O2 → 2 Fe2O3 + 8 SO2↑


(銅製錬の副産物)

FeCuS2 + SiO2 + 5 O2 → 2 Cu + Fe2SiO4 + 4SO2↑


 石油に含まれる硫黄化合物由来では以下のようになります。

 例としてチオフェン(C4H4S)を出発物質とします。

(石油分の水素化脱硫(だつりゅう)

C4H4S + n H2 → C4H(2+2n) + H2S


 硫黄分を硫化水素(H2S)として分離回収します。

 この硫黄は単体硫黄まで酸化され、その後単体硫黄から二酸化硫黄を得ます。


2 H2S + O2 → 2 S↓ + 2 H2O

S + O2 → SO2↑


 様々な手順で得た二酸化硫黄を触媒を用いて酸化した後、水と反応させて硫酸を得ます。


2 SO2 + O2 → 2 SO3

SO3 + H2O → H2SO4



 しかしこの方法を異世界で展開するのはかなり無理があります。

 ではそこのあなた、今からこの手法で硫酸を製造して下さい、と言われてできますか?

 できないですよね。

 化学工学を学んだ人間ならまだしも、化学実験をしたことのない人間がこの工程を再現できるとは到底思えません。


 揮発した未反応の硫黄が冷え固まってガス流路を塞ぎ、出口を失った二酸化硫黄が部屋中に充満して死亡、なんてことになりかねません。

 二酸化硫黄から三酸化硫黄への反応までこぎつけても、触媒を製造するのもまず無理でしょうし、ガスを触媒にどうやって接触させるのかすら適切な回答は得られないでしょう。

 ましてや固体触媒では反応熱が触媒に一極集中します。除熱をしなければ反応の継続は不可能です。


 20世紀以降の化学の多くは、様々な専門家が分野を分担してプロセスが成り立っています。

 一部分の専門家一人が全プロセスを担当したとしても、ほとんどのプラントは立ち行かないのです。


 そんなわけで、まだ現実的な硫酸の製造方法として中世の方法を採用しましょう。


 まず鉱石を焼いて二酸化硫黄を発生させます。

 このときふいごなどで空気を送り込み、ガスに流れを作る必要があります。

 ガスの出口で生成物を回収します。


4 FeS2 + 11 O2 → 2 Fe2O3 + 8 SO2↑

S + O2 → SO2↑


 黄鉄鉱(FeS2)もアリですが、火山周辺であれば単体硫黄は容易に採掘できます。黄色いアレです。

 余計な副生成物も出ないので単体硫黄の使用が最も現実的ですが、黄鉄鉱の場合製鉄と合わせるとちょっと面白いかもしれません。


 通常黄鉄鉱は硫黄分除去が難しいため製鉄には使われませんが、焙焼して残渣となった酸化鉄を製鉄に回すといった工夫はアリなのではないかと思います。


 残渣に硫黄分は残っていそうですが、製鉄素人的には面白そうです。

 砂鉄や鉄鉱石に少し混ぜて一時的にカサ増しできる気がするんですが。


 やってみてやっぱりダメだったか、となって単体硫黄に切り替える話や、

 鉄穴(かんな)流し(江戸期の砂鉄採集法)をやってみて河川の下流に土砂がたまりすぎて農作業に障害が出たから、緊急的に残渣を混ぜて乗り切った話とか。


 異世界モノで違和感があるとき、やったこと全てがうまくいくところということがままあります。

 たまに失敗を織り交ぜながら発展していくとリアリティが出るのではないでしょうか。

 もちろん異世界に現実味もクソもないのは百も承知ですが、作者のこだわりとしてこんなところにこだわる人が居てもいいと思っている次第です。



 すみません話が逸れました。硫酸製造法に話を戻します。


 硫黄源を燃やす際には硝石を一緒に燃やす必要があります。


 この方法で二酸化硫黄から三酸化硫黄を合成する酸化剤は二酸化窒素です。

 硝酸塩(硝石)からその成分を供給します。


2 KNO3 → 2 KNO2 + O2↑

2 KNO2 → K2O + NO↑ + NO2↑


 硫黄源が単体硫黄であれば残りカスはカリウム塩だけなので、これを回収すればアルカリも手に入ります。


K2O + H2O → 2 KOH



 続いてこれら二酸化硫黄、窒素酸化物、空気の混合ガスを水に溶かします。

 この操作を下手な装置で行うと、ガスが水に溶けずに外部に酸が漏れてしまうので、ここは少し頭を使った技術が必要です。


 ガスを水にバブリングするための工夫、換気扇のような排気に指向性を持たせる工夫、水車などを利用した水とガスを撹拌して溶解を促進する工夫、水を熱して出来た水蒸気を予め一緒に流して水と二酸化硫黄、窒素酸化物との接触時間を稼ぐなど、色々仕掛けが考えられます。


2 NO2 + H2O → HNO2 + HNO3

SO2 (aq.) + HNO3 → NOHSO4

NOHSO4 + HNO2 → H2SO4 + NO + NO2

SO2 (aq.) + 2 HNO2 → H2SO4 + 2 NO


 以上をまとめると以下のようになります。


2 SO2 + 3 H2O + 5 NO2 → 2 H2SO4 + 2 HNO3 + 3 NO


 煮沸すれば硝酸や亜硝酸は窒素酸化物として飛び、硫酸が残るわけです。

 この希硫酸は濃縮すれば70%程度までは濃度を上げられます。


 ただこれでは生成した一酸化窒素は捨てることになります。

 硝石が貴重であればあるほど、窒素化合物の再利用プロセスは大事になります。


 煮沸して出たガスを空気で再酸化し、水で回収して硝酸の製造も可能です。


2 NO + O2 → 2 NO2

3 NO2 + H2O → 2 HNO3 + NO


 ここでの出口ガスは入り口に戻して水に再度溶解させれば、式上は出口ガス無しです。

 硝酸は熱や光で分解してしまうので、触れる程度の温度で行います。


 以上のプロセスでは触媒もいらないので原料とガス流路ができればあとは加熱だけです。

 原始的な設備でも熱や反応の制御が比較的容易です。

 問題なのは、完全密閉のプロセスを立ち上げるのは難しそうなので、大規模にしてしまうと大気汚染が起こりそうなことでしょうか。



 この方法を進化させたのが、近代における硫酸製造法、鉛室法です。

 実は鉛室法なら異世界素人でもいけるだろうと始め高を括っていたのですが、書き出していくうちにそれも無理だろうなと薄々感じ、やめました。


硝石の製造方法はまた今度。

参考文献

https://ja.wikipedia.org/wiki/硫酸

https://ja.wikipedia.org/wiki/硫黄回収装置

https://en.wikipedia.org/wiki/Lead_chamber_process

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