第22話:君と僕のシナリオ
長い間そのままでスミマセン。書ける状態でなかったので。。
今回からは速人サイドから終盤戦へ向かいます。
『 湿気を含んだ風が 肩を撫でるように 通り抜けてゆく
この瞳も この髪も この唇も すべてを愛おしく想い
僕の中は 君でいっぱいに満ちている
たとえ全てを失くしても
君だけは 失いたくない
君のとなりに いつまでもいたい
君のことを 守り続けたい
情けないと思うが 初めてそう思った
自分が信じられないくらい 人間くさいヤツだと自覚した
ここ数日感じるのは 君の幸せのためなら 僕は何でも出来る
そう 君のためなら 何だって 』
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僕らが逢わなくなって、どれくらい経ったのだろう……
ん!? 逢わなくなってか?逢えなくなってか?
時々メールのやり取りはするものの、なんか時間が合わなくて顔を合わせていない。
電話でもすればいいのだが、こうも空白の時間が長いと声をかけても何を話せばいいのか戸惑ってしまう。
何も考えなくていいはずなんだけど。。。全く情けないっと自分でも嫌なくらい分かっている。
この空白の日々の間、忘れていたわけじゃない。いや、一日だって忘れたことなんてない。
全ては言い訳になってしまうので口には出さないが、想わなかった時なんてない。そう言いきれる。
ただ一つ不器用なのだ。何に対しても。いくつものことを並行してできない不器用者なのだ。
小さい時から、初めての環境や初対面の人にはどうも馴染みにくい性格で、慣れるまでに時間がかかる。
後々友達に言われて分かった事だが、どうやら相手にもとっつきにくいヤツだと思われているらしい。。。
そんな所も父親譲りだと母につつかれる。
君を初めて見た時もそうだった、一瞬だけ。
そう、一瞬だけだった。不思議とイヤな気持ちは感じなかった。
緊張感はあったものの、むしろしばらく一緒に居たいとさえ思った。
この僕がそんな風に感じたのは恥ずかしいが初めてだ。
後にも先にもあの時だけだと思う。って先のことは分からないけど…恐らく、いや断定できる。
それから恥ずかしついでにもう一つ。
君が留学した時も遠く離れる事が怖かった。もう二度と逢えなくなるんじゃないかと不安に陥るほどだった。
怖さを紛らわすかのように、あの手紙を書いていた。自分に言い聞かせるように…
週末の寝る前に、決まって翌週分のスケジュールを確認する。
それは連休も過ぎた頃、大学にも慣れてきて、かつての悪友とも今までの時間を埋めるかのように騒ぎあったりしているのにも飽きてきた頃だった。
いつものように予定を確認するために、まるでビジネスマンが使っているような黒いカバーの手帳をカバンから取り出した。
それは半年近く使って、手にもしっくり馴染んでカバーも柔らかく手のひらの形にカーブを形作っていた。
パラパラとページをめくると赤のボールペンで僕にしては丁寧に書かれた文字が並んでいた。
『菫の19歳の誕生日』
身体中を電気が走ったようにっとは正しくあんなことを指すのだと思う。頭から背中、脚、足先、肩、肘、指先へとピリピリと信号が走った。
この日、この時しかない。
まだ10日あるから計画だって段取りだって準備だって出来る。
僕から逢いにゆこう。
そう思ったら来週の講義のスケジュールとバイトのスケジュールを照らし合わせた。
そして、以前母が昔の写真やガラクタ箱を片付けながら言っていた事を思い出した。
菫が知っているか知らないかは別として、これは絶対に思い出したって事に意味があるのかもしれない!!っと勝手な解釈をして計画を立て始めた。
大体の流れとイメージは出来たものの肝心なところで行き詰まってしまった。
流行りのデザインなんかはネットを駆使すればいいのだが、サイズが分からない・・・。
大きすぎてもダメだし、小さすぎても使えない。ジャストフィットしなければ意味がない。
考えて…考えた挙句の果てにメールをしてみた。
相手は覚えているのだろうか?アドレスは変わっていないか?そんな事頭に浮かぶわけもなく、ただひたすら単純明快に簡潔にまとめてメールを送った。
意外なほど早く返事は返って来た。相手は恵だ。
恵はめちゃくちゃウケた様子で、今すぐ答えられないけど、分かり次第メールをくれるっということだった。
それからというものの何も手につかず、落ち着かず、自分でも情けないのを通り越して笑ってしまうほどだった。
しかも最近話かけもしなかった母さんとも話すようになったり…
おかしな一週間を過ごしていたように思う。
疲れていたのか…本当に気でもふれたか?
前々日までは講義もビッチリとって、バイトもしっかり入って、余計な事は考えないようにしていたっていうのもあるかもしれない。
まぁ、恵からのメールがなかなか来なかったので、焦っていたのも手伝っていたかもしれない。
そして前日は、イベントのリハーサルのように…予定していた電車に乗り、彼女を待つベストポジションを近くの喫茶店から眺めながらチェックしていた。
洋服もOK。靴も磨いてOK。
当日の代返も達也たちに頼んでおいたし…あとは肝心のものだけ!
恵からは、僕の中でのタイムリミット、ギリギリの誕生日2日前にメールが届いた。
サイズも分かったし楽勝!っと思っていたのが間違いだった。
女性にこんなプレゼントをするのも初めてだし、こんなきらびやかな店に入る事すらなかった。
ここにきて計算違いをしているとは…
宝飾品の値段の高さ!たくさんの宝飾品もどれも同じように見えてくるし…ケタ違いの値札に目が回りそうだった。
初めの店でカルチャーショックを受けて…
次の店で少し学習して…
更に次の店ではやっとデザインを選ぶ余裕が出てきた。
帰りの電車の中では、小さな紙袋が潰れないようにコーナーを確保して、そ〜っと抱えながら帰った。
家に帰ってからは直ぐに風呂に入って寝た。
っというより布団に入っても頭はギンギンに冴えて寝られなかったが、目をつむるだけでも眼精疲労は解消される。クマが出来た顔で会うわけにいかないからな。。
もちろん寝坊なんてもっての外だ。
………そんな時に限って意地悪く達也や恵からメールがきたりする。
奴らは完全に悪友という枠付けに入るな。っとケータイを睨みつけながらサイレントマナーにした。
そして、気を取り直して布団を頭から被り、翌日に備えた。
翌日、自然と目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。
この目覚ましを買ってもらったのが中学入学前くらいだから・・・
この7年間近くはいつも目覚ましが鳴って、一度消して・・・また鳴ってそれでやっと起きだすのがいつもの僕。
まぁ、さすがに今日寝坊したら話にならないからなぁ。
今日はいつものカジュアルではなく、スーツで出掛けようとしているものだから
やはり何か違うと察した母さんが出掛ける際に
「落ち着いていきなさいよ。あとは帰る時にはメールしてね。」
っと一言リビングから顔だけ出して言った。
いつもなら今日の予定はどうなんだとか、帰りは遅いのか、夕飯はいるのか、なんて何かと会話を求めてくるのに。。。
そこが母親というものなのだろうか?男の僕には見当もつかない。
もう衣替えかぁ・・制服でなくなってからそれ程長い訳でもないが、季節的な感覚が鈍ってきているみたいだ。
計画していた時間よりも1時間弱早く着いてしまった。まぁ、遅いよりはいい。
こんなにも時計の針が遅く感じた時は無いかもしれない。
常に時間が足りない!と感じ、逆に時計の針が早く動いているのは僕だけなんじゃないか?と錯覚を疑うことは何百回だってあるのにな。さすがに今日は違う。
信号が何度切り替わったことだろう・・・
朝日が夏の日差しに変化しかけた頃だろうか?
遠く遠く真っ直ぐ見た先にキミを見つけた。
恐らく普通の人ならわからないくらい小さく見えている段階だ。
でも僕ははっきりと認識できた。
上機嫌の時には跳ねる様に歩くリズム。
どこから見てもご機嫌なのが分かるような菫の歩き方が、こんな人ごみの中では目印になる。
おおかた買ったばかりの気に入った洋服を着てきたからだとか言うんだろうなぁ。
今日の日のために気合入れてきた僕の事なんか微塵も分かるまい。
それでも僕は真っ直ぐ見つめ続けてキミを待つ。
しばらくすると、いつものリズムぎこちなくなって、ゆっくりになってきた。
ようやく僕に気がついたか?
僕の描いていた菫のリアクションも全く同じだし・・・では、そろそろ僕のシナリオを進めさせてもらおうかな。
「おはよう。。そして、おめでとう。」
真っ直ぐに歩いてゆき、目の前で立ち止まった。
駅へ急ぐ人並みを空気かの如く気にも止めないで真っ直ぐとキミへと歩く。
もちろん周りの視線バシバシなのは分かっている。だけど、そんなのはどうでもいい。
僕にとっては今日の今が大切なんだから。
そして、きっとキミの瞳に映っているのも僕だけなはずなのだから、それ以外は関係ない。
「あっ。おっおはよう。。。え?おめでとう?」
慌ててる!慌ててる!そうだよなぁ、メールも電話もしないで急に現われたし無理もない。
しかし、なんでだ?自分の誕生日くらいは覚えているんじゃないのか?
それとも僕が間違えたのか?
ちょっと待てよぉ。。。違かったら今日の計画はなんだったんだ?!
声をかけるまでは全く回りの音なんか聞こえていない状態だったのに、一気に鼓膜にぶち当たるかのように大音量で僕の体を通り抜けるように入ってきた。
「アレ?俺、間違えたかな?・・・今日、菫の誕生日だったろ?19歳、おめでとう。」
いきなりの急展開に動揺しまくりだ!
普段、達也や直樹らといる時みたいに「俺」とか言ってるし。有り得ないだろう!こんなに動揺するなんて、この僕が!!
いや、たとえ違ったとしてもそうは日にちは違わないはずだ。
この10日間を無駄にしないためにも、コイツとともに気持ちも渡さないと明日がない!
そんな必死の想いで小さなバッグを差し出した。もちろんそんな気持ちは顔には出さずに。
「あっ!そうだった。。あっありがとう。」
本当なのか?本当に忘れていたのか?今日でいいんだよなぁ。そんな程度なのか誕生日って?!
男だったらありえそうだけど、ましてや・・・いや菫の事だ、また何か大事な事を抱え込んでそれどころじゃなかったんだろう。今はそう思いたい。
「良かったぁ。間違えてなくって。今日最初におめでとうを言いたくてさ。メールとかじゃなく、ちゃんと目の前にして俺の言葉で言いたかったから。」
これはホントに僕の気持ちだ。
たださすがに菫の波に久しぶり乗り切れなかった自分がやるせないがな。
数ヶ月というのはそんなものなのだろうか。こんなにも変えてしまうのか。
ここしばらくの自分の生活を反省しつつ、平常心と自分のペースを取り戻そうと何とか努力した。
そうして、周りの雑踏も気にならなくなり、徐々に落ち着いてはきたが・・・
「学校だろ?とにかく歩いて電車に乗らなきゃな。」
僕はとっさに菫の手をとり、駅への道をゆっくりだが急いだ。
この場にいるのもなんだし、とにかく行動に移さなきゃどうにもならないからな。
ただコレだけ渡しにきたわけじゃない。まだ目的の半分も達成できてない。
「うん。だけど、ゆっくりで大丈夫だよ。今度提出のレポートを早めに行って書いていようと思っていただけだから。。って言っても速人も学校だよね。」
なるほどなぁ・・・さてはレポートが上手く進まないから自分の誕生日も忘れていたというわけか。
っていうか僕はレポートにも負けたってことなのか?
まぁいい、レポートでも何でもあとで僕が見てやろう。
「今日は特別だ。代返頼んでおいたから大丈夫。ゆっくり出来そうなら、お茶でも飲んでいくか?」
もちろん今日一日は菫のために使うために一切用事は入れていない。
悪友達にも釘を刺すメールは朝出かける前にしっかり入れておいたから、邪魔はしないはずだ。
本当ならば久しぶりなのだから、メシくらい一緒にしたいところだがな。
そのまま電車に乗り2つ先の大きな乗換え駅で降りて、菫の選んだ新しく出来たというオープンカフェのあるこじんまりとした喫茶店に入った。
店はいかにも女性の好きそうなテイストでまとめられていて、菫とじゃなかったら僕は入れそうにないかもしれない。
店員に案内された先は明るい窓際の席で、僕はエスプレッソ。菫はカプチーノを注文した。
その後は久しぶりにゆっくりたっぷり彼女の話をした。
新しい学校生活、新しい友達、少し前に恵と逢ってショッピングした事…近況報告といったところだが楽しそうに話す菫を久しぶりに見て、とても安らいだ気持ちになった。
勢いでしゃべり続けて疲れたのだろう。ふとしばらくの間が出来た。
僕は半分ほど残ったエスプレッソを一気に飲み干すとゆっくりと話し出した。