破壊的英雄少女スズムシ
背中にドデカい銃を背負いチェーンソーを持った少女が教室の窓をぶち破り教壇の上に飛び乗り「見つけた見つけた見つけたぁぁぁぁ!」と叫びながらチェーンソーでハゲ頭の教師の首をぶったぎる。噴き出す血潮を華麗に避けながら空中三回転半ひねりを華麗に決め、少女は床の上に着地した。
首なし死体はスプリンクラーみたいに血を撒き散らしながら無様に倒れ、大量の血液が最前列の生徒たちの顔を濡らすにいたり、教室内はパニックに陥る。だが少女は背負っていたヴィッカース重機関銃をどっしり構え「うるせぇ! 動いたら全員撃ち殺す! 皆殺しだから覚悟しろ!」と怒鳴り散らす。一瞬で停止ボタンを押したかのように三十人の生徒たちは動きを止め、怯えた顔で少女を見る。彼女はこの場に不釣り合いな明るい笑顔を浮かべ「じっとしててね☆」とウィンクしながらペロリと舌を出す。
「これは夢だ」とおれは頬をつねるが、思いのほか痛い。もう一度、今度はかなり力を込めてつねってみるとめちゃくちゃ痛い。おれは教室内をぐるりと見回し、それから銃を構える少女に目を向ける。セーラー服を着たツインテールの美少女がそこに立っている。一昔前のライトノベルの表紙を飾っていそうな美少女で、しかし彼女は身体中に弾帯を巻き付け.303ブリティッシュ弾を毎分600発撃ち出す化け物機関銃を悠然と構えている。おまけに血塗れのチェーンソーだ。
「やっぱ夢だ」とおれは呟く。考えてみろ、朝のホームルームに重武装した少女が突然現れて担任を殺し、おれたちに銃を突きつけるなんてのはちょっと世界観が荒唐無稽すぎる。フタ〇イオルタ〇ティブかよ。やっぱり夢だ。もう一度頬をつねる。
「見つけた」
気がつくと少女がおれの前に立っていた。勝ち気そうな大きなツリ目がおれの顔を捉え、ニイッと広角がツリ上がる。
「こんな殺伐とした状況なのに、やけに冷静ね。さすがアタシの主人」
「冷静も何も、これ夢だろ」
「ふーん、なんでそう思うの」
「あり得ないことが起きまくってるからだ」
「なーにいってんだか。この世にあり得ないことなんてあり得ないのよ、なんだって起きるんだから! モーゼは海を割りキリストは生き返りウサギはその身を炎に投げ出すのよ! 理解できない事が起きたからって、それを体よく夢なんて馬鹿げた概念に押し込めて自分の中で辻褄合わせて目の前の現実から逃げるのやめてよね。あんたアタシの主人なのよ? 少しは自覚持ってよ」
「何いってるかわかんねえよ。マスターってどういう意味だ」
少女は機関銃を肩に担ぎ、呆れたような顔をする。あの銃は三脚込みで三十キロ以上する。どんな腕力してるんだよ、とおれも呆れる。
「アンタがアタシを作ったんでしょうが」
「おれが?」
「そうアンタよアンタ。ヨイヤミ・ツバキ君17歳男性。世迷高校二年一組出席番号19番帰宅部無趣味の根暗童貞、そんなクソカスみたいなアンタが、アタシを作り出したんでしょうが。覚えてないの?」
「紹介文に悪意を感じるぞ」
「そりゃアタシは性格悪いからね☆ アタシはアンタの黒くてゲスい部分の結晶なわけ。いわばアタシはアンタの悪意、アンタの闇、アンタの憎悪、アンタの憤怒、アンタの殺意、アンタの破壊衝動、アンタの破滅願望、そしてアンタの果てしない欲望にして、アンタの救世主」
少女は銃口を教室の中央あたりに向け「つまりね」と一言呟きおれにウィンクする。
「こういうこと」
唐突に引き金が引かれ、凄まじい爆音がおれの鼓膜を突き破る。おれは耳に指を突っ込みながら椅子から転げ落ち、安全地帯を求めて床の上を這いずり回る。おれの上に次々と何かが降ってくる。そのひとつが頬にあたる。「熱いっ!」とおれは叫んだが、おれの声は機関銃の爆音にかき消され誰の耳にも届かない。よく見ると降ってきているのは薬莢だった。おれは今イカれた少女の真下でうずくまっている。熱々の薬莢が雨のようにおれに降り注ぐ。熱い熱い熱い熱い!
「死ぬ死ぬ死ぬ!やめろやめろやめろ!」というおれの虚しい叫び声も弾丸と硝煙に吸い込まれ消えていく。
不意に薬莢の雨が止み、機関銃の射撃音も消える。終わったのか? と安堵したが、相手は最高に頭の狂ったヤバイ少女だ。おれはそのままの姿勢で五分間沈黙を続け、ついに耐えきれなくなって立ち上がった。
「気絶したのかと思った」
少女が愉しそうにおれを見る。
おれの方は教室を見て、そして絶句する。
血と肉と臓物が二年一組を埋め尽くしていた。頭の吹き飛んだ女子生徒の死体。胴体に風穴の空いた男子生徒の死体。床の上を転がる何本もの腕。掃除用具のロッカーに突き刺さった脚。壁を染め上げる大量の血液。天井に張りつくぐちゃぐちゃの臓物。地獄のような光景がおれの前に広がっている。
「ご満足いただけたかしら?」
「なんだこりゃ」
「あんたの欲望の形」
「こんなこと望んだ覚えねえぞ」
「今はね。でもいずれ望むよ。アンタそういう人間だもん。だってほら、自分の胸に手を当ててよーく考えてみて。アンタまったく哀しんでないでしょ? クラスメイト29人が.303ブリティッシュ弾でズタズタのボロボロのグログロのゲロゲロにされたってのに、アンタ何にも感じてないじゃない。ふーんって感じのクールな顔して、なんならこの光景を写真に撮ってTwitterで拡散してやるぜって思ってそうな、そういう闇の厨二病的不敵で素敵な雰囲気全開に醸し出してるじゃん。さすがアタシの創造主☆って感じ。キスしてあげたいくらい」
言われてみると確かにそうだ。おれはこの光景を前にして何にも感じていない。「でもそれはこれが夢だからであって、別におれは冷」と、おれの弁解は少女に割り込まれる。
「今アンタこれが夢だからおれは冷静なんだとかまたふざけた事抜かそうとしたでしょ。そういうの本当にいい加減にしてよね。次そんな馬鹿げた事考えたら殺すよ、ってアタシの主人を殺すわけないんだけどさ、なんつーのかな、正直時間もそんなに無いんでちゃちゃっと説明して、あとは実戦で何とかするってのがあたしはベストな選択だと思うんだけど、その前にアタシのエネルギー源であるアンタにはちゃんと自分がクソ野郎のゲロ野郎だって事を自覚してもらいたいんだよね! っていうかそうしないとアタシはアンタからエネルギーを補給できないわけで、エネルギーが無いと【侵略者】どもには勝てないわけ」
その時どこからともなくナイン・インチ・テイルズのミスター自己破滅願望のサビが大音量で流れ始めた。渋い選曲だな、とおれが感心していると
「ヤッベ」少女はセーラー服の胸元に手を突っ込み、そこからガラケーを取り出した。今どきガラケーって・・・いやいやその前にお前そんな事できるほど胸大きくないだろ、と思ったが口にすればただでは済まなそうなので黙っていた。
「うーんあと五分も無いじゃん! 急がば回れというけれど、回る時間も無さそうじゃん! ヤバイヤバイ、めちゃくちゃヤバイ!まだ説明も何も出来てないってのに。しゃーない、簡潔に言うよ」
少女はひとつ大きなため息をつくと、次の瞬間、とてつもなく真剣な表情でこう言った
「欲望は世界を破壊する」
「は?」
「あんたの欲望は世界を破壊し、その欲望が衝動を生み、衝動が暴力に変わり、暴力はアタシのエネルギーになる。つまりアンタがガソリンでアタシが車ってわけ。ふたり揃わなきゃどうにもなんないの」
「意味わかんねえよ」
「意味なんてわかんなくていいのよ。今アンタが知るべきなのはもうすぐこの学校の校庭に【侵略者・第一号】が時空の裂け目から現れてこの街を蹂躙するってこと。言っとくけどソイツ、デタラメに強いから勝てないとマジで世界がヤバい。でも安心して、アタシは超ウルトラ滅茶苦茶スーパーミラクル激ヤバに強いから。そんな事、あんたは知ってるだろうけどって、おぼえてないんだっけ。まあ覚えてなくてもいいよ。アンタとアタシがふたり揃ってれば、絶対負けないからさ。アタシは絶対負けないし泣かないし倒れない。例えどんなピンチに陥って絶望と失望が同時に訪れたって、アタシとアンタは絶対負けないから。何があっても負けない。絶対絶対絶対、負けないから!」
少女はガハハハハと豪快に笑い、凄まじい声量で叫んだ。
「何せアタシこそが最強ですからッ! 破壊的英雄少女スズムシとはアタシのことよッ!」
さっきの射撃音なんか霞んでしまうくらい、強烈な声だった。鼓膜がビリビリ震え、目の奥がバチバチして、腹の底の方が不思議と熱くなった。
おれは自らを最強と言いきる目の前の少女を、不覚にも少しカッコいいと思ってしまった。
少女のガラケーがまた鳴りはじめる。
「ヤッベ、時間だ。それじゃリハーサルはここまでってことで、本番行ってみよっか☆」
その瞬間、顎にとてつもない衝撃が走り、おれの身体が宙に浮いていた。少女がアッパーをおれに繰り出した、ということに気づいた時にはすでに少女はおれの脳天に強烈なかかと落としを食らわしていた。顔面から床に叩きつけられ、痛みで視界が真っ暗になった瞬間
「本番五秒前だ、気合いをいれろよ主人!」
少女の言葉が響き、おれの意識は闇に呑み込まれた・・・
と思った瞬間おれは自分の席に座っていた。
びっくりして思わず立ち上がり教室内を見回す。さっき機関銃でズタズタのボロボロにされた29人のクラスメイトが訝しげにおれを見ている。
「どうしたツバキ」
さっきチェーンソーで首をぶったぎられた担任のハゲ教師がおれを見ていた。「なんだお前、急に立ち上がって、変なもんでも食ったのか」
担任の一言に回りの生徒たちが笑い始める。
「なんだよお前、どうしたんだよ」前の席のナカヤマが吹き出す。
「ついに頭がおかしくなったか」後ろの席のヨコヤマが笑う。
「お前そんなキャラだっけ」斜め前の席の、タカギが冷めたように言った。
「ツバキくん、大丈夫?」隣の席のトガミネさんが心配そうにおれを見ている。彼女はこのクラスのアイドルといっても過言でない、おしとやかで明るくて優しい美少女だ。神が二物どころか三物も四物も与えた存在だ。そんなトガミネさんに心配してもらえる日が来るなんて・・・
「顔色悪いけど、悪い夢でもみたの?」と、トガミネさん。
「えっ、ああ、大丈夫」おれはそう言いながら席についた。そうだ、やはりアレは夢だったんだ。そりゃそうだ。あんな無茶苦茶な女、現実にいるわけ無い。それに自分が最強だ、侵略者がどうしたって、よくよく考えれば統合失調症の妄想みたいな話だ。やっぱりアレは夢だ。悪夢だ。おれはだらりと椅子にもたれ掛かり、笑う。いやはや、笑っちゃうよ。一瞬でもあれが現実だと信じてしまった自分が恥ずかしい。恥ずかしくて死んでしまいたい。穴があったら入りたいとはこのことか。
「やっぱ夢じゃねーか」
アハハと声に出して笑う。
「夢じゃねーよ、主人!」
突然窓ガラスの割れる音が鳴り響いた。おれの心臓が跳ね上がった。ガラスの破片に混じって、黒い影が教室に飛び込んでくる。
まさか。
黒い影が教壇の上に着地する。
まさか。
その影は背中にヴィッカース重機関銃を背負っていて、右手にチェーンソーを持っていて、セーラー服を着ていて、身体中に弾帯を巻き付けていて、そしてツインテールを揺らしながら顔を上げる。
まさかまさかまさか。
「夢じゃねーからな、いい加減にしろよ!」
夢の少女が教壇の上で仁王立ちしていた。
おれはあまりの驚きで、声が出ない。
「どーも二年一組のみなさん!あたしは破滅と暴力の使者、混沌と開闢のシンボル、チェーンソーと重機関銃のハーモニー、怒濤の転校生、破壊的英雄少女スズムシです☆」
少女は目の横で裏ピースを決める。
その仕草が妙に寒々しくて、おれは別の意味で声がでなくなる。
教室中が凍りついたように固まる。
「うっわ、全員白けてんなーノリ悪いなー、そんなんで青春の荒波を渡っていけると思ってんのかよお前ら!もっと元気出せよ馬鹿ども! アタシはこんな説教してる場合じゃないんだよ! 時間がないんだからさ、まったく!」
少女は教壇から跳び降りると前方伸身宙返り三回ひねりを華麗に決め、おれの机の上に見事着地した。そのおりチェーンソーの刃がもみ上げをサラッと切断し、おれは冷や汗をかいた。なんて危険な女なんだ!
少女がおれの前に手を差し出す。
「もしこの手を握ったら、アンタはもう後戻りできない。アンタがコツコツ積み上げてきた平穏な日常は一瞬で崩れ去る。ここから先は壮絶で最悪な暴力と破壊が物を言う絶望的な世界だ。そんな世界は願い下げ、なーんて思ってこの手を握らない可能性だってあるだろうけど、あんたは握るよ、絶対握る」
「なんでそんな自信満々なんだよ」
「わかるから」
「おれがそんなバカげた世界に憧れてるってのか」
「憧れてる」
「嘘つくなよ」
「アンタの事なら手に取るようにわかるよ。だってアンタは創造主でアタシは創造物。つまりアンタとアタシは繋がってんのよ。嫌だゴメンだ願い下げって思いながらも、アンタはこの手を握りたいって心の奥では思ってる。なんでかわかる? アンタこの世界が嫌いだから。朝起きて制服着て勉強して友達とだべって可愛い女の子に見とれて、アルバイトして家帰ってテレビ見てネットして疲れて眠る。アニメや漫画みたいなことなんてなに一つ起きない。アンタそんな日常に退屈してんのよ。高校卒業したら就職して恋愛して結婚して子供作って爺さんになって死ぬ、あるいは大学行って就職して嫁さんもらって子供作って爺さんになって死ぬ。この手を握らないなら、そういう世界が待ってるよ。別にそういう人生が悪いって訳じゃないよ。きっとアンタ幸せに暮らして安らかに死ねる。きっと満足できるよ」
少女は眼を爛々と輝かせて笑う。
「かたやこの瞬間、アタシのこの手を握れば、アンタの未来は暗黒にブチ込まれる。アホみたいなバイオレンスとバカみたいなディストラクションが支配する絶望的な世界が待っています。ハッキリ言ってクソです。クソが待ってます。待っていますがっ!」
少女は一呼吸おいて、おれの目を見つめながら真剣に、そして心底楽しそうにそう言った。
「一緒に世界を救えます」
おれの全身に鳥肌が走った。
そしてなぜなのかわからない。おれは別に退屈なんてしていない。身の丈にあった世界でいい。静かに暮らせればそれでいい。それなのに。
おれは少女の手を握っていた。
「スズムシ」
「は?」
「破壊的英雄少女スズムシ。アンタがアタシの名前を呼ぶ限り、アタシは絶対に負けない」
校庭から凄まじい爆音が轟いた。
おれは我が眼を疑った。空が裂け、そこから巨大な『何か』が現れた。
「来やがった」少女はチェーンソーと機関銃を構え、狂暴に吼えた。「ブチ殺してやるぜッ!」
「アレと戦うのか!?」
おれの問いに、少女は子供のように笑った。
そしておれとスズムシの、世界を救うひと夏が始まった。