とあるオークの生まれ変わり
とある世界の、とある国の深い森の中。とある一匹のオークがいた。
このオークとは二足歩行で行動し、豚っ鼻が特徴的なモンスターのことである。その野蛮な外見や気性の荒さなどから人々から畏怖されている存在であった。
しかし、この森にいるオークは違った。見た目はオークの中でもさらに醜く、同族からさえも嫌悪される程の見た目である。さらに性格はオークには珍しく温厚控え目。まさにオークの中でも一際特異な存在であった。
この特異なオーク、名をボロと呼ばれていた。
オークは普段は野性の動物を狩り、それを主食としている。時には人間を襲うこともあるほどだ。
しかしボロは狩りをしたことがなかった。食事は山菜や木の実などを主食としていて、狩りどころか生きた命を奪ったことすらなかった。
この世界のオークは群れで基本行動するが、このボロはその特異性のあまり同族からも忌み嫌われ群れに入ることさえ許されなかったのである。
そんな風に孤独に生きることを余儀なくされたボロ。今日も一人で森の中を山菜を探すため歩き回っていた。
山菜を探し歩き回るボロ。しかしその表情は険しい。周りをキョロキョロしながら警戒するように歩いている。
この辺りは山菜も多いが、そのせいで人間が来ることも多い。決して見つからないようにしないとな・・・
このような所を人間に見つかれば何をされるかわかったものではなかった。人間に見つかれば間違いなく駆除されてしまうだろう。しかしボロはそのような危険を冒してでもこのような所に来るしかなかった。
森の深いところは他のオークも存在している。そのような所でボロが山菜を探していれば、オークらしくないと蔑まれる。それはもう経験済みだった。
だからボロは人間に見つかるかもしれないこのような場所に来るしかなかったのである。生きるために。
そんなボロが森の中で少し離れたところの木の陰に赤い花を見つけた。
この赤い花はスイートリングと呼ばれていて、その輪っかのような赤い花とその甘い味から山菜の中でも重宝されている花であった。希少性も高い。
あれは・・・!?
スイートリングに気付くボロ。ボロはこのスイートリングが大好物だった。
まさかスイートリングを見つけられるとは!今日は運がいいや!
ボロは見つけたスイートリングに夢中に駆け寄った。スイートリングにたどり着き、地面に咲いているスイートリングに手を伸ばした。
その時、ボロと同じようにスイートリングに手を伸ばす者がいた。差し出されたその手は透き通るように白い肌で、とても綺麗な手だった。
・・・えっ?
突然現れた手に驚くボロ。さっきの場所からはわからなかったが、木の陰には一人の女性がいた。若い女性である。
長い艶やかな黒髪。手と同じように透き通るような白い肌。ぱっちりした瞳。とても整った顔立ちをした綺麗な女性だった。この女性も山菜を取りに来ていたのであろう。
ボロと目があう女性。その表情は驚きだった。ただでさえ大きな瞳をさらに見開いている。目の前にオークが現れればそれも当然だろう。
しまった!
ボロはとっさにそう思った。目の前に現れた好物に気を取られ、警戒を怠ってしまったのであった。
逃げなくちゃ!
きっとこの女性は仲間を呼ぶだろう。こんな森に女性が一人で来るわけがない。今に仲間を呼ばれてしまう・・・そうなればボロもどうなってしまうかわからない。ただ酷い目にあうのは目にみえていた。
「きゃ・・・っ!!」
しかし女性はボロの姿を見て叫びそうになったが、自らその口を両手で塞いでしまったのであった。思わぬ反応にボロも驚きを隠せない。
驚きのあまり逃げることも忘れて立ち尽くすボロ。ただ女性を見つめていた。する女性は口を塞いでいた両手を下した。
「・・・ふぅー。危ない、危ない。思わず叫んじゃうところだったわ。貴方もこのスイートリングを取りに来たの?」
・・・?
女性はボロに話しかけてきたのであった。予想できない女性の行動に混乱してしまうボロ。女性の問いかけに何も答えることが出来なかった。
「あら?違ったの?てっきりそう思ったのだけれども・・・それじゃあこれは私がもらっていってもいいのかしら?」
あ・・・
女性がスイートリングに手を伸ばそうとする。その仕草にボロは思わず惜しそうに手を出そうとしてしまった。
「フフフ・・・やっぱりこれが欲しかったのね?」
ボロはただ何回も頷いた。オークは人間の言葉は話せなかった。
「やっぱりね。私・・・実はあなたの事見たことあったの。以前この辺りで巣から落ちたひな鳥を巣に戻してあげてたでしょ?それを見て変わったオークだなって思ったの。でもそれ以上に凄い優しいんだなぁて、感動しちゃったの!」
女性は笑顔でボロに話しかける。その笑顔は屈託のないものだった。
確かに以前そのようなことをした記憶はあった。しかし、だからと言ってこんな風にオークに話しかけるだろうか?恐らくそんな女性はこの人だた一人だろう。
そして女性は地に咲いていた真っ赤なスイートリングを右手に摘み取った。
次の瞬間、女性は摘み取ったスイートリングをボロに差し出した。
「はいっ!スイートリングが好きなのはわかるけどもう少し気を付けなきゃダメよ?これは譲ってあげる!」
またも屈託のない笑顔を見せる女性。
ボロは差し出されたスイートリングを受け取った。受け取る時に女性と手が触れ合った。しばらく感じることのなかった温かさをボロの右手は感じ取った。
「じゃあね!優しいオークさん!また会いましょ!」
そう言い残すと女性は笑顔で手を振り去っていった。
そんな女性をただ呆然と眺めることしかボロには出来なかった。次第に女性の姿は見えなくなった。
まさに夢のような時間だった。
あのような表情を向けられるとは思わなかった。それも人間に・・・
ボロは受け取ったスイートリングを持ち帰って食した。そのスイートリングは今までに食べたどれよりも甘くて美味しかった。
ボロはスイートリングを食べてる時も、食べ終わった後も・・・何度も今日出会った女性の事を思い出していた。
不思議な人間だったなぁ・・・・また、会えるかな?
別れ際の女性の笑顔を思い出していた。
それからというものボロは山菜を探すときは、山菜よりも女性の姿を探す時間の方が多かった。
今日も会えなかったな・・・
そんな日が何日も続いた。
そして、ある日いつものように山菜を探し森の中を歩いていたボロ。再び木の陰に大好物である赤い花のスイートリングを見つけた。
今度は夢中に近寄ることはしない。興奮を抑えながらも、周りに気をつけながら近づいていく。
今度はボロ以外の姿はなかった。心の隅ではあの時の女性がいるかもしれないという期待はあった。
もし、今日あの女性に会うことが出来たらこのスイートリングを渡そう!
そう思い目の前の赤い花を摘み取った。
そしてある程度山菜を集め終わったボロが帰路につこうとした時、
「きゃあーー!!」
叫び声が聞こえてきた。女性の叫び声である。
この声は・・・!?
聞き覚えのある声にボロは、無我夢中に声のする方へ向かった。
少しすると、そこにはあの時の女性がいた。腰が抜けたように座り込んでいる。
女性の周りには数匹のオークがいた。女性を囲むように立っている。
「い、いや・・・」
怯えている女性の姿。
「グヘへ・・・人間女だ!しかも若くて綺麗な女だぞ!」
「こりゃあ上玉だ!さぞ喰ったら美味いだろう!」
オーク同士でこのような会話をしていた。
これがオークと人間が出会った時の普通の光景だろう・・・ボロの時が特別だったのだ。
だが、その普通の光景にボロは堪えられなかった。
気付いた時にはボロは女性をかばう様に立ちはだかっていた。
「なんだテメー!オークの癖に俺らの邪魔をする気か!?」
「横取りするきか!?」
突然現れたボロにオーク達も怒りを露わにする。
「・・・あの時の、優しいオークさん?」
女性もボロに気付いた。
「おい、こいつ聞いたことあるぞ。オークの癖に狩りもせずに山菜を食ってる変わった醜いやつがいるってな。こいつがそうだぜ!」
「なんだそれ?そんな腑抜けた奴が俺らの邪魔をしようってか!?むかつく野郎だ!」
オーク達がボロを排除しようと近づいてきた。
「・・・くな」
ボロの口が動いた。
「あぁ!?なんだって!?聞こえねーんだよ!!」
「・・・この人に近づくな!!それ以上近づくと許さないぞ!!」
ボロは腹の底から叫んだ。
「あぁん!?なんだこいつ!?オークの癖に人間を守ろうてか!?とことんふざけた奴だ!テメーのようねオークの恥さらしはここで死ね!」
「うるさい!うるさい!何があってもこの人には手は出させないぞ!」
ボロは精一杯叫び、他のオークを威嚇した。一匹のオークが鋭い牙をボロの左肩に突き立てた。
噛みついて来たオークを思いっきり右の拳で殴り飛ばした。
これがボロにとっての初めての殴るといった行動であった。殴られたオークはその体を数メートル飛ばされた。
「こいつ・・・絶対に許さねー!」
それを見ていた他のオークもボロに襲い掛かった。何度もボロの体中に鋭い牙が突き立てられる。
しかし、ボロはそれに屈することなく何度もオークたちを殴り飛ばした。
次第にボロの体は自らの血に染まっていった。それでもボロは女性を守るためにあがき続けた。
「なんて野郎だ・・・ホントにこいつ俺たちと同じオークか?」
ボロの姿にオークたちも攻めあぐねていた。
次の瞬間、森に銃声が鳴り響いた。
見るとそこには銃をもった男達が数人いた。おそらくこの女性の仲間だろう。
「くそっ・・!人間の仲間も来やがった。ここは逃げるぞ!」
「覚えとけよ貴様!」
そんな捨て台詞を残しオーク達は森の奥へ逃げていった。
よかった・・・
安堵からボロは膝から地面に崩れ落ちた。
そんなボロの背中を大きな音と共に激痛が走った。
駆け付けた女性の仲間の一人がボロに発砲したのだった。
「そのオークから離れるんだ!リサ!」
発砲した男が叫んだ。
この女性はリサという名前らしい。男たちはボロに止めを刺すべく再び銃を構える。
「やめて!撃たないで!」
それをリサが制止した。ボロをかばう様に立っていた。
「・・・リサ?」
「このオークは私を守ってくれたのよ!だから撃たないで!」
「オークが人間を・・・?ホントか?」
「ホントよ!この傷は私を守るために負ったものなのよ!」
リサの真剣な表情に男たちは構えていた銃を下した。
リサは座り込んでいるボロに駆け寄った。
「大丈夫!?私のためにこんなになるまで・・・どうして?どうしてなの?」
ボロは全身の力が抜けていくのがわかった。それでも残った力を振り絞り一輪の花を差し出した。
真っ赤な花である。
「・・・これは?私に?」
ボロはリサの問いかけに小さく頷いた。
リサがボロのゴツゴツとした手を包むように握った。
「ありがとう、ありがとう。あなたは・・・本当に優しいのね?こんな立派なものは見たことないわ。きっとすごくおいしいわね」
リサは笑顔を見せた。しかし、目からはキラリと光るものが透き通る肌をつたって地面に落ちていた。
ボロの視界が暗くなっていった。リサの顔も次第に見えなくなっていく。
そして何も見えなくなった。さっきまで体中を襲っていた痛みも感じなくなっていた。
なんの感覚もない。今自分が何処を向いてるのかも、立っているのか、座っているのかもわからなかった。
だがボロの意識は不思議とあった。
俺は・・・死んだのか?きっとそうだろうな・・・あの女性、リサって言ってたな。リサは無事だったのかな?
何もない暗闇で考えるボロ。
最後に泣いてたな・・・俺は彼女を悲しませたのかな?俺がしたことは間違えてたのかな?
考えても答えは出なかった。
「・・・その答えが知りたい?」
ボロの脳内に女の声がした。リサのとは違う聞いたことが無い声だった。
「知ることが出来るの?」
声に聞き返すボロ。
「それは貴方次第よ・・・あなたが望むなら知ることも出来るでしょう。どうする?」
「・・・知りたい!僕がしたことが正しかったのか知りたい!」
「そう・・・。ではあなたの目で確かめてくるといいわ」
知らない女の声がそういうとボロの視界が徐々に明るくなってきた。ぼやけている視界が徐々にはっきりしてくる。
ボロが目を開けるとそこにはたくさんの人間がボロを見下ろすように見ている。その表情はどの顔も笑っている。
その笑いは嘲笑ではなかった。いままでボロが向けらることのなかった優しいほほ笑みのような笑顔だった。
・・・ここは?
ボロは必死に状況を確認するために周りを見渡そうとした。しかし首は動かない。ただ眼だけがあちこちに動くだけだ。
首だけじゃなく、手も足も動かすことは出来なかった。
これは一体どうなってるんだ?
必死に考えるボロ。しかし答えは出ない。
そんなボロの体が持ち上げられた。ボロを持ち上げた手は見覚えのある白い透き通るような綺麗な手だった。
その綺麗な手がボロの全身を優しく包み込むように抱きよせる。
抱き寄せられた先には一人の女性がボロを見下ろすように見ていた。見覚えのある顔だ。
長い艶やかな黒髪。手と同じように透き通るような白い肌。ぱっちりした瞳。とても整った顔立ちをした綺麗な女性。
ボロを抱き寄せた女性はリサだった。
リサはあの時のような優しい屈託のない笑顔でボロを見つめている。
ボロを抱きかかえているリサは、ボロの体を優しく揺らす。それはボロにとってとても心地の良いものだった。
「良かったわ・・・無事に生まれてきてくれて」
リサはそう呟いた。
そっか・・・悲しく無くても涙は出るんだね。あの時のリサの涙もきっと・・・
状況を理解したボロは大きな声で精一杯泣いた。心の底から泣いた。
その時、とある世界のとある国のある一室に、とても大きな産声が響き渡った。
お・し・ま・い