エゴイスト……?
夜中にふと目が覚めた私は、隣で眠る愛おしい人の髪をさらりと撫でた。彼の左腕が痺れないようにそっと頭をそこから離す。
この規則正しい寝息を聞いていると、どんな夢を見ているのだろうかといつも考えてしまう。
ーーつい先日まで、この暖かな腕の中に居たのは、私ではない。
彼の隣で眠って居た女性は別の男の下へ嫁いでしまった。
要するに、遊ばれたのだ。彼も。
彼との出会いは三年前。一緒に遊んでいた女友達の彼氏として紹介された。
最初から私の一方的な一目惚れだったが、彼は仲良しの友達の彼氏。
私の淡い恋心なんて実る訳もなく、自然に消えていくのを待つだけだった。
それが、神様の悪戯なのか、彼女と彼が別れたのだ。
別れた、というよりも彼女が一方的に彼を捨てた形となったわけなのだが、そんな事は私にとってどうでもいい事だった。
彼が、一人になった。
一度打ち消した筈の熱い感情に火がつく。
私は卑怯な女だ。
女友達との友情をぶち壊したくないから、黙って指を咥えて二人の幸せそうな後ろ姿を見つめてきたけど、今は違う。
本当は、彼女を踏み潰してでも彼が欲しかった。
振り向いて欲しくて、慣れないお洒落や、彼女みたいな『可愛い女性』を演じてきた。
ジーパンばかりだったのに、少しでも可愛いものがあれば取り入れて、彼女みたいになろうと努力してきた。
この必死の努力が、もしかしたら報われるかも知れない。
今なら、悲しんでいる彼の懐に入れるのではないか。
今なら、彼を手に入れられるのではないか。
今なら、彼に愛してもらえるのではないか。
彼を手に入れたい。
彼に愛されたい。
彼の全てを知りたい。
私の心臓が早鐘を打っていた。
彼に告白されたあの日は、確か3回目のデートで、私がいつものように彼の車に乗り込んで、いつものように他愛ない話をして彼を笑わせようと必死になっていた姿が容易に浮かんでくる。
彼は私の事を妹のようだと言い、最初から恋愛対象外として扱っていた。それが苦しくて、私は何度も喉で詰まる言葉を飲み込んだ。
私は、誰よりも貴方が好きなんだよ。
確かに彼女とは釣り合わないし、見た目も性格も全てが真逆。
格好いい貴方には全く釣り合わない事は十分分かっている。
でも、私は妹じゃない。
私は、あなたのことをもっと知りたい。知らない事ばかりで胸がとにかく苦しいーー
そんな言葉を飲み込んだ所で、彼は優しい笑顔で私の頰を撫でて少しだけ熱くなっていた頰にそっとキスを落とした。
「……付き合おっか」
「いいの?」
彼は私が三年間、友達として以上の感情を向けていた事を知っている。
たとえその一言が、私にとって向けられた同情であったとしても、私はその一言で全てが報われた。
フリでもいい、嘘でもいい、ただの一瞬の気の迷いでもいい。
たった一言、たった一言が欲しいの。
それでも、彼は私にその『たった一言』を告げる日はなかなか来なかった。
何度も何度も逢瀬を繰り返して、身体を一つに重ね、情交の後はベッドの中で互いの話をする。
それでも彼は狡いから、私にキスをしてたった一言を誤魔化す。
別れた女とはもう関わらない。
それが彼の口癖だったのに、彼女に対してだけは別であった。
それは彼女の弟と、彼が昔から仲良しで、その交流は切っても切れないものだからかも知れない。
それだけじゃないんだ。彼は、まだ彼女の事を「愛している」
貴方を捨てて居なくなった最低の女。
貴方と幸せを見つめていたのに身勝手な理由で去った最低の女。
貴方との子供まで考えていたのに貴方を傷つけた最低の女。
私はあの人と、貴方であれば美男美女で……本当にお似合いのカップルだと思っていたのに。
「ん……?」
身じろいだ彼は眠そうにうっすらと瞳を開いていた。空いた左手でいつものように私の頭を優しく撫でてくれる。
もう、本当に狡い手。
この温もりに包まれたら、私は心に溜めているこの黒い感情をぶつけるなんて出来ない。
「……ごめんね、起こしちゃった?」
「どうした? 眠れない?」
「ううん、大丈夫。ねぇ……」
私は彼の広い胸板に顔を埋め、ちゅっとキスを落とす。
私は上目遣いで彼を見上げてキスを乞う。
彼は了解、と目を細めて私の身体を少し引きあげると、さらにきつく抱きしめてくれる。
密着する素肌は確かな熱を帯びているのに。
貴方から、多分ーー彼女は消せない。
貴方はきっと、彼女の影を追いかけながら私と付き合っていくのでしょう。
だから、私が強くならないといけない。
貴方を縛りつける彼女を追い越す為に。
貴方が側に居なくても涙が出ないように。
貴方が私と一緒に心から笑えるように。
「……大好きだよ」
「俺も、大好きだよ」
狡い。貴方は本当に狡い。
貴方から欲しいたった一言。
私はそれが欲しくて欲しくて堪らない。
今は貴方の全てを縛りたい。
蜘蛛の糸で貴方を搦め捕り、もう逃げられないように塞いでしまいたい。
ーー私は独占欲の塊のエゴイスト。
「……もう、離さないでね」
「解いたりしない」
闇夜に溶ける二つの肢体が絡み合う。朝日が昇ると互いの道はまた離れてしまうのは分かっている。
それでも、彼が私をいつか『愛してくれる』と信じて。
「……愛してる」
私が言うそれに彼からの返事は無いけれども、彼が言葉ではなく態度で愛を示してくれるのを知っているから。
私を、愛して。
この溢れる想いで貴方を包み込む。
貴方がもう、悲しまないように。
共に笑顔で一緒に進めるように。