冬の女王と召使い
冬童話2017の企画内で、用意して頂いたプロローグから創作した短編です。
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住む事になっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王と春の女王を交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
北の国の王様が出したお触れ書きは、人から人へ、町から町へ伝わって、国中に広がりました。
しかし、冬の女王を季節の塔から出そうとする者は中々現れません。
どうして誰も来ないのか、王様は首をかしげました。
これには理由がありました。
王様が出したお触れ書き、人から人へ、町から町へ、国中に広がっていくうちに、根も葉もない噂が流れ始めていたのです。
「冬の女王は、季節を運ぶ四人の女王の中でも、それはそれは冷徹な女王で、気に入らない者は、あっという間に氷付けにしてしまう」
この噂はお触れ書きとともに、人から人へ、町から町へと広がって、国中の人が冬の女王を怖がって、女王を塔から出そうとする人は、一人もあらわれません。
やがて噂は巡り巡って、王様の耳にも入りました。
「なんということだ。こんな噂は大嘘だ! 冬の女王様は、気に入らない者を氷付けにするような方ではない!」
王様はプンスカと足を踏みならして怒りました。
ところが王様、初めのうちこそ怒っていたものの、止まることなくひっきりなしに流れてくる、冬の女王の怖~い噂話を毎日聞くうちに、日に日に、だんだん怖くなっていきました。
「ああ、わしは怖い。冬の女王様が怖い。わしは今震えているが、これが寒さで震えているのか、女王様が怖くて震えているのか、わからないくらいじゃ。だれか、だれか、この北の国を助けてくれる者はおらぬのか」
そう言って北の国の王様は、これ以上自分の耳に噂話が届かぬよう、お城のベットの中で、じ~っとふさぎ込むようになってしまいました。
王様には”北風の三家来”と呼ばれる三人の家来がおりました。
季節の塔は北の国、東の国、南の国、西の国に一つずつ建っています。
三家来の仕事は、季節を司る女王から出立の知らせを受けて、北の国から東の国、南の国、西の国に向けて馬を走らせ、春、夏、秋、冬の季節の訪れを告げる事です。
他の国にも季節の訪れを告げる風の家来は三人ずついて、季節の塔に入る女王達は、三つの国からそれぞれ家来が訪ねてくると、隣の塔へ移動を始めます。
しかしそれは季節が巡り巡っていた頃の話し。今の三家来には、何もすることがありません。
すでに東の国、南の国、西の国の風の家来達が、季節の訪れを告げに北の国へやってきて、ずいぶんと月日が経っていました。
あとは北風の三家来が、それぞれの国へ季節の訪れを知らせるだけで、三家来は冬の女王からの出立の知らせを待っていました。
やがて王様がふさぎこんでいる様子を見た三家来がとうとう待ちかねて、なんとかしよう、と思い立ちました。
三家来の第一の家来が言います。
「僕たちの仕事は季節の訪れを告げること。冬の女王が出てゆかぬ限り、僕たちはする事がない。しかし何か出来る事ならあるはずだ」
それを聞いた三家来の第二の家来が言います。
「俺たちに出来るかわからないけど、冬の女王を塔から追い出さねば。噂話は怖いけど、王様の為、この国に住むみんなの為に勇気を出そう」
それを聞いた三家来の第三の家来が言います。
「おいらたちは勇気を出すことが出来る、やってみよう。しかし冬の女王を追い出すだけではだめだ。季節を巡り、また塔に戻ってもらわねば。まずは冬の女王に何故塔から出ないのか、その理由を訊いてみよう」
「そうしよう」
と、三家来が口をそろえて言うと、冬に女王が籠もる季節の塔に向かいました。
塔の入り口には冬の女王の召使いがいました。
召使いが三家来にぺこりとお辞儀をしながら言います。
「これは、これは北風の三家来の皆さま。本日はどのようなご用件ですか?」
第一の家来が言います。
「冬の女王様に会いに来た」
第二の家来が言います。
「冬の女王様がどうして塔から出て行かないのか」
第三の家来が言います。
「冬の女王様がどうすれば塔から出てきてくれるのか、聞きにきた」
それを聞いた召使いは
「わかりました。どうぞこちらへ」
と言って、三家来を冬の女王の元へ案内しました。
冬の女王は塔の一番上の玉座に座っていました。
召使いが言います。
「女王様、北風の三家来の皆様がお見えになりました」
三家来が女王にペコリとお辞儀をしました。
冬の女王が言います。
「よく来たな北風の三家来よ。わらわに何用じゃ?」
第一の家来が言います。
「女王様が何故塔からお出にならないか、尋ねに参りました」
第二の家来が言います。
「その理由を聞いて、我々にできる事を考えます」
第三の家来が言います。
「女王様がここを離れ、季節を廻りここへ戻って来れるよう、できる努力を致します」
話を聞いた女王が三家来に尋ねました。
「わらわが応える前に三家来よ、質問に応えよ。国中、わらわの根も葉もない噂が流れているが、お前たちは信じているか?」
「信じていません!」
三家来が口を揃えて言いました。女王が尋ねます。
「わらわが怖くはないか?」
「怖くはありません!」
またもや三家来、口を揃えて応えました。
すると女王、玉座から立ち上がり三家来に指をさし、大きな声でこう言いました。
「ならば質問に応えてやろう。まずは噂通りにお前たちを全員氷付けにして、それからゆっくり聞かせてやろう。聞きたい者はこの場に残れ!」
それを聞いて恐れをなした三家来は、「わー、わー」と口々に叫びながら、我先に、我先にと、塔の外へ逃げ出してしまいました。
「嘘つきは嫌いじゃ」
言いながら女王は玉座に座って、うなだれました。
玉座の傍に召使いが立っていました。
女王が寂しそうな声で、召使いに話しかけます。
「本当はわかっておる。わらわは邪魔者、みな、春の女王を待っておる。わらわが他の季節の塔に行ったところで同じじゃ。その国にわらわを待つ者は誰もおらん。それがつらくなった」
それを聞いた召使いが言います。
「女王様、女王様。女王様を待つ者は、必ずおります」
女王が言います。
「わらわを慮ってくれるのはうれしいが、嘘をつかずともよい」
「いいえ、いいえ女王様。嘘などついておりません」
召使いが反論しました。しかし女王は信じません。
「嘘つきは嫌いじゃ。召使いよ、わらわはお前がいてくれればそれでよい。もういいのじゃ、わらわがワガママだった」
女王が寂しそうに玉座から立ち上がり、召使いに言います。
「この塔から出てゆくぞ。召使いよ、支度をしておくれ」
召使いはしばらく黙っていましたが、やがてこう言いました。
「女王様、女王様、私にしばらくお暇をください」
「どうしてじゃ!? 答えよ」
驚いた女王が召使いに問いただします。召使いが言います。
「無礼を承知で申し上げます。女王様が寂しそうにしているお姿を見てるのが、私、堪えられません。女王様を待つ者を、他の塔に用意して参ります」
女王は怒りました。
「嘘をつくなと言ったはずじゃ。もうよい、そこまでわらわの傍にいたくないと言うのなら、ドコへなりとも好きなところへ行くがいい」
女王はそう言うと、召使いにピューッと冷たい息を吹き付けました。
召使いはポロポロと涙を流しながら言います。
「女王様、女王様。嘘などついてなどおりません。私はずっと女王様にお仕えしたいのです」
冬の女王の冷気の息が一層強くなって召使いに当たります。
「だまれ、だまれ召使い! 今度戻って来たならば、氷付けにしてやるぞ!!」
召使いは、涙が氷になるような程の冷たい息を浴びながら女王にぺこりとお辞儀をすると、塔の外へ走って出て行きました。
冬の女王は、召使いの姿が見えなくなると、冷気の風を止めました。
そして玉座に再び腰掛けると
「わらわは一人か」
と呟いて、氷でできた涙を流しました。
召使いが塔を出ると、三家来が立っていました。召使いがポロポロと泣いている姿を見て驚いています。
第一の家来が言います。
「これはどうした召使い?」
第二の家来が言います。
「涙を拭って申してみよ」
第三の家来が言います。
「できることがあるのなら、何でもやるぞ」
召使いは涙を拭って三家来にぺこりとお辞儀をすると、こう言いました。
「北風の三家来の皆様。冬の女王様の為、お願いしたい事があります」
「それはなんだ? 申してみよ」
三家来が口を揃えて言いました。
召使いはそれを聞くと、第一の家来にペコリとお辞儀をして、こう言いました。
「まずは第一の家来様、私を東の国の塔にいる、春の女王様の所へ連れて行ってください」
第一の家来が言います。
「お安いご用だ。僕の早駆け馬の背中に乗れ」
第一の家来が馬を引っ張ってきました。
馬の背中に第一の家来とその後ろに召使いが乗ると、東の国へ向けて出発しました。
北の国から東の国へ向かうには、とてもとても遠い道のりを行かねばなりません。塔のある国の中で、東の国は北の国から一番離れた所にありました。
第一の家来は北の国の出口に立つと、大きな声で名乗りを挙げました。
「僕は北の国、北風の三家来が第一の家来! 僕の相棒、早駆け馬は、北の国一速い馬。こんな道、あっという間に駆け抜けてみせよう」
第一の家来が馬を走らせます。パカラン、パカランと音を立てながら、ものすごい速さで進んで行きます。
パカラン、パカラン、パカラン、パカラン。
東の国の塔の前に着きました。塔の入り口には春の女王の召使いが立っていました。
春の女王の召使いがペコリとお辞儀をします。
「やぁ、やぁ、冬の女王様の召使い。今日はどんな御用件かな?」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀を返します。
「やぁ、やぁ、春の女王様の召使い。今日は春の女王様にお願いがあって来た」
春の女王は塔の一番上の玉座に座っていました。
春の女王の召使いが言います。
「女王様、女王様。冬の女王様の召使いがお見えになりました」
冬の女王の召使いが春の女王にぺこりとお辞儀をしました。
春の女王が言います。
「冬の女王の召使い。わらわに何用じゃ? 塔の下に北風の第一の家来がいるようじゃが、夏の知らせか?」
冬の女王の召使いが言います。
「いいえ、いいえ、春の女王様。夏はまだ参りませぬ、もうしばらくお待ちください。本日はお願いがあって参りました」
春の女王が言います。
「なんじゃ、申してみよ」
すると冬の女王の召使いはポケットから四粒の種を取り出して、春の女王にこう言いました。
「ここに北の国の雪割り花の種がございます。全部で四つ。本来なら春の優しい空気の中、三月の時を経て芽吹くものですが、冬の女王様の為、どうか春の女王様のお力で、今すぐ、これを芽吹かせてください」
春の女王は言います。
「冬の女王の為とあらば、喜んで芽吹かせよう」
春の女王はふぅーっと優しい息を種に当てると、四つの種は芽を出して、小さな葉っぱをつけました。
「ありがとうございます、ありがとうございます、春の女王様」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀をして、ポケットに芽吹いた種をしまいました。ポケットからちょっぴり、葉っぱが顔を出しています。
冬の女王の召使いが春の女王にお礼を言って塔から出ると、春の女王の召使いにこう言いました。
「春の女王様の召使いよ。実は君にお願いがあるんだ」
春の女王の召使いが言います。
「なんだい? 冬の女王様の召使い。出来ることならなんでもするよ」
それを聞いた冬の女王の召使いが、ポケットから芽吹いた種を一つ取り出し、言いました。
「この芽吹いた種を、塔の近くに埋めてほしい」
「お安いご用さ」
春の女王の召使いはそう言って、芽吹いた種を受け取り、塔の近くの土に埋めました。
「ありがとう、春の女王様の召使い」
冬の女王の召使いはそう言うと、北風の第一の家来と早駆け馬に跨がって、北の国へパカラン、パカランと音を立てながら帰って行きました。
パカラン、パカラン、パカラン、パカラン。
北の国に帰った召使いは、第二の家来にぺこりとお辞儀をして、こう言いました。
「次に第二の家来様、私を南の国の塔にいる、夏の女王様の所へ連れて行ってください」
第二の家来が言います。
「お安いご用だ。俺の剛脚馬の背中に乗れ」
第二の家来が馬を引っ張ってきました。
馬の背中に第二の家来とその後ろに召使いが乗ると、南の国へ向けて出発しました。
北の国から南の国へ向かうには、とてもとても険しい道のりを行かねばなりません。山あり、谷あり、崖っぷち、南の国はその道の先にありました。
第二の家来は北の国の出口に立つと、大きな声で名乗りを挙げました。
「俺は北の国、北風の三家来が第二の家来! 俺の相棒、剛脚馬は、北の国一丈夫な馬。険しい道も、風と一緒に進んで行こう」
第二の家来が馬を走らせます。ポッコン、ポッコンと音を立てながら、地面を踏みしめ進んで行きます。
ポッコン、ポッコン、ポッコン、ポッコン。
南の国の塔の前に着きました。塔の入り口には夏の女王の召使いが立っていました。
夏の女王の召使いがペコリとお辞儀をします。
「やぁ、やぁ、冬の女王様の召使い。今日はどんな御用件かな?」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀を返します。
「やぁ、やぁ、夏の女王様の召使い。今日は夏の女王様にお願いがあって来た」
夏の女王は塔の一番上の玉座に座っていました。
夏の女王の召使いが言います。
「女王様、女王様。冬の女王様の召使いがお見えになりました」
冬の女王様の召使いが夏の女王にぺこりとお辞儀をしました。
夏の女王が言います。
「冬の女王の召使い。わらわに何用じゃ? 塔の下に北風の第二の家来がいるようじゃが、秋の知らせか?」
冬の女王の召使いが言います。
「いいえ、いいえ、夏の女王様。秋はまだ参りませぬ、もうしばらくお待ちください。本日はお願いがあって参りました」
夏の女王が言います。
「なんじゃ、申してみよ」
すると冬の女王の召使いはポケットから三粒の芽吹いた種を取り出して、夏の女王にこう言いました。
「ここに北の国の雪割り花の芽吹いた種がございます。全部で三つ。本来なら夏の暑い空気の中、三月の時を経て葉っぱを大きくするものですが、冬の女王様の為、どうか夏の女王様のお力で、今すぐ、これを大きくしてください」
夏の女王は言います。
「冬の女王の為とあらば、喜んで大きくしよう」
夏の女王はふぅーっと暑い息を芽吹いた種に当てると、三つの芽吹いた種の小さな葉っぱが枯れて、替わりに大きな葉っぱの付いた苗になりました。
「ありがとうございます、ありがとうございます、夏の女王様」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀をして、ポケットに苗をしまいました。ポケットから大きな葉っぱが顔を出しています。
冬の女王の召使いが夏の女王にお礼を言って塔からでると、夏の女王の召使いにこう言いました。
「夏の女王様の召使いよ。実は君にお願いがあるんだ」
夏の女王の召使いが言います。
「なんだい? 冬の女王様の召使い。出来ることならなんでもするよ」
それを聞いた冬の女王の召使いが、ポケットから大きな葉っぱの苗を一つ取り出し、言いました。
「この大きな葉っぱのついた苗を、塔の近くに埋めてほしい」
「お安いご用さ」
夏の女王の召使いはそう言って、大きな葉っぱのついた苗を受け取り、塔の近くの土に埋めました。
「ありがとう、夏の女王様の召使い」
冬の女王の召使いはそう言うと、北風の第二の家来と剛脚馬に跨がって、北の国へポッコン、ポッコンと音を立てながら帰って行きました。
ポッコン、ポッコン、ポッコン、ポッコン。
北の国に帰った召使いは、第三の家来にぺこりとお辞儀をして、こう言いました。
「最後に第三の家来様、私を西の国の塔にいる、秋の女王様の所へ連れて行ってください」
第三の家来が言います。
「お安いご用だ。おいらの高跳馬の背中に乗れ」
第三の家来が馬を引っ張ってきました。
馬の背中に第三の家来とその後ろに召使いが乗ると、西の国へ向けて出発しました。
北の国から西の国へ向かうには、とてもとても多くの川を渡らなければなりません。流れが激しくて、小舟も橋も渡せない、西の国はそういう所の先にありました。
第三の家来は北の国の出口に立つと、大きな声で名乗りを挙げました。
「おいらは北の国、北風の三家来が第三の家来! おいらの相棒、高跳馬は、北の国一高く跳べる馬。どんなに太い川だって、軽~くひとっ跳びさ」
第三家来が馬を走らせます。途中に道を遮る川があると、それをピョーンと跳び越えて、向こう岸へと着地します。
ピョーン、ピョーン、ピョーン、ピョーン。
西の国の塔の前に着きました。塔の入り口には秋の女王の召使いが立っていました。
秋の女王の召使いがペコリとお辞儀をします。
「やぁ、やぁ、冬の女王様の召使い。今日はどんな御用件かな?」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀を返します。
「やぁ、やぁ、秋の女王様の召使い。今日は秋の女王様にお願いがあって来た」
秋の女王は塔の一番上の玉座に座っていました。
秋の女王の召使いが言います。
「女王様、女王様。冬の女王様の召使いがお見えになりました」
冬の女王の召使いが秋の女王にぺこりとお辞儀をしました。
秋の女王が言います。
「冬の女王の召使い。わらわに何用じゃ? 塔の下に北風の第三の家来がいるようじゃが、冬の知らせか?」
冬の女王の召使いが言います。
「いいえ、いいえ、秋の女王様。冬はまだ参りませぬ、もうしばらくお待ちください。本日はお願いがあって参りました」
秋の女王が言います。
「なんじゃ、申してみよ」
すると冬の女王の召使いはポケットから二つの苗を取り出して、秋の女王にこう言いました。
「ここに北の国の雪割り花の苗がございます。全部で二つ。本来なら秋の暖かい空気の中、三月の時を経てつぼみをつけるものですが、冬の女王様の為、どうか秋の女王様のお力で、今すぐ、これにつぼみをつけてください」
秋の女王は言います。
「冬の女王の為とあらば、喜んでつぼみをつけよう」
秋の女王はふぅーっとあたたかい息を苗に当てると、二つの苗のそれぞれの大きな葉っぱの間から、白いつぼみが出てきました。
「ありがとうございます、ありがとうございます、秋の女王様」
冬の女王の召使いがペコリとお辞儀をして、ポケットに花の苗をしまいました。ポケットから白いつぼみが顔を出しています。
冬の女王の召使いが秋の女王にお礼を言って塔からでると、秋の女王の召使いにこう言いました。
「秋の女王様の召使いよ。実は君にお願いがあるんだ」
秋の女王の召使いが言います。
「なんだい? 冬の女王様の召使い。出来ることならなんでもするよ」
それを聞いた冬の女王の召使いが、ポケットから白いつぼみの苗を一つ取り出し、言いました。
「この白いつぼみが付いた苗を、塔の近くに埋めてほしい」
「お安いご用さ」
秋の女王の召使いはそう言って、白いつぼみの付いた苗を受け取り、塔の近くの土に埋めました。
「ありがとう、秋の女王様の召使い」
冬の女王の召使いはそう言うと、北風の第三の家来と高跳馬に跨がって、北の国へピョーン、ピョーンと音を立てながら帰って行きました。
ピョーン、ピョーン、ピョーン、ピョーン。
北の国に帰った召使いは、北風の三家来にペコリとお辞儀をして、こう言いました。
「ありがとうございます。北風の三家来の皆様。今から、私が冬の女王様とお話をして参ります」
召使いは一人、塔の中へ入って行きました。
冬の女王は塔の一番上の玉座に座って、泣いていました。
女王は召使いが帰ってきたのを見ると、さらに激しく泣きながらこう言いました。
「ああ、戻ってきてくれたのか召使いよ。わらわはお前にひどいことを言ったのに。戻って来たならば、氷付けにすると言ったのに、怖くはないのか?」
召使いは応えます。
「女王様、女王様。私は女王様がお優しい方だと知っております。ちっとも怖くはありません」
女王は言います。
「氷付けにすると言ったのは嘘じゃ。すまなかった。召使いよ、ずっとわらわの傍にいておくれ」
召使いは応えます。
「はい、ずっとお傍におります」
そして召使いは、白いつぼみがついた、一つの苗を取り出しました。そして言います。
「女王様、女王様。お願いがございます。この雪割り花のつぼみ、本来なら冬の冷たい空気の中、三月の時を経て花を咲かせるものですが、女王様のお力で、今すぐ、これを咲かせてください」
それを聞いた女王が召使いに問いました。
「花を咲かせるは、春の女王の仕事じゃ。わらわにできるのか?」
召使いが応えます。
「はい。この花は、冬の最後に種をつけて春に芽吹き、夏に葉を大きくさせて、秋につぼみをつけ、冬に咲きます。この花こそ、冬の訪れを待つ者でございます。さあ、女王様、この花に息を吹き付けてください」
それを聞いた冬の女王は、ふぅーっと冷たい息をつぼみに当てると、つぼみが開いて、綺麗で真っ白な花が咲きました。女王が言います。
「ああ、なんと綺麗な。わらわは初めて花が咲くのを見た」
召使いが言います。
「この花は塔の真下にひっそりと咲く花です。それ故、いつも塔の一番上にいらっしゃる女王様から見えなかったのかもしれません」
女王が聞きます。
「この花は、他の季節の塔にもあるのか?」
召使いが応えます。
「この花は北の国の塔にだけ咲く花ですが、季節の塔にいる、季節の召使い達に頼んで、他の塔の傍にも埋めて貰いました。西の国、南の国、東の国で、女王様が花を咲かせてくれるのを、今か今かと待っています」
女王はうれし涙を流しながら、召使いにお礼を言います。
「ありがとう、召使いよ。わらわを待ってくれる者がいる。それを想うだけで、こんなにも晴れ晴れとした気持ちになるのか。このような心持ちで、塔を出るのは初めてじゃ」
召使いが言います。
「喜んで頂けて幸せです。私をずっと女王様のお傍の仕えさせてください」
女王が応えます。
「もちろんじゃ、もちろんじゃ。さあ、召使いよ、出立の準備をしておくれ」
「はは」
召使いはペコリとお辞儀をして、出立の準備にかかりました。
召使いが、北風の三家来に、冬の女王出立の旨を伝えます。
第一の家来が言います。
「僕は早駆け馬で東の国へ向かい、夏の訪れを知らせに行こう」
続いて第二の家来が言います。
「俺は剛脚馬で南の国へ向かい、秋の訪れを知らせに行こう」
最後に第三の家来が言います。
「おいらは高跳ね馬で西の国へ向かい、冬の訪れを知らせに行こう」
そして三家来が召使いに口をそろえてこう言いました。
「そしてここ北の国には、まもなく春がやってくるだろう。ありがとう、冬の女王の召使いよ」
そう言って三家来は北の国の出口に立つと、馬を走らせて行きました。
程なくして冬の女王の出立の準備が整いました。
冬の女王の召使いは、塔の真下の、冬の雪割り花のちっぽけな花畑の片隅に、一つの花を植えました。花はやがて枯れてしまいますが、種を作り、冬が来れば、再び花を咲かせます。
「ありがとう、待っててね」
冬の女王の召使いが花に向かってペコリとお辞儀をすると、雪の女王がさしのべる手につかまりました。
冬の女王が空を飛びます。召使いと手をつなぎ、西の国の季節の塔へ向けて、冬を運んで行きます。
冬の女王と召使いが、グングンと北の国から離れて行き、やがてその姿が見えなくなると、春の女王が塔へやってきて、北の国に春が訪れました。
季節は再び巡るようになりました。冬の雪割り花が四つの塔にあるかぎり、冬の女王が再び閉じこもる事はありません。
お城のベットの中で、じ~っとふさぎ込んでいた王様も、すっかり元気になりました。
まず王様は、功労者である北風の三家来に褒美を与えました。三家来は大喜び。勿論、冬の女王の召使いにも褒美を与えなければなりません。
やがて冬がやって来ました。
王様は、冬の女王が北の国の季節の塔に入るのを見届けると、冬の女王の召使いを城に呼びつけました。
王様が城の玉座に座っていると、冬の女王の召使いがやって来て、ペコリとお辞儀をします。
王様が言います。
「この度の活躍、見事であった。北の国を代表して礼を言う。お触れ書きの通り、好きな褒美を取らせよう」
冬の女王の召使いが言います。
「お心遣いありがとうございます。しかしながら私の行いは、全て冬の女王様を想っての事です。褒美は受け取れません」
それを聞いた王様が言います。
「謙虚であるのはよい事だ。しかし、お触れ書きに書いた以上、きちんと褒美を与えなければ、わしも国民に示しがつかん。なんでも良い、欲しいものを言え」
それでも冬の女王の召使いは
「褒美は受け取れません」
と言います。しかし王様は
「なんでもやるから、褒美を受け取れ」
と言い返すばかり。
しばらく言い合っているうちに、とうとう冬の女王の召使いが、ボソリと呟きました。
「実は、欲しいものがございます」
王様は、目をキラキラさせながら聞きます。
「何が欲しいのだ? なんなりと申せ」
冬の女王の召使いが、王様の目を見ながら、今度ははっきりと言いました。
「私は名前が欲しいのです」
さらに続けて言います。
「どうか私に名前を下さい。私の行いが女王様を喜ばせた事を思い出すために。これからどんなにつらいことがあっても、自分の名前を呟けば、たちどころにこの出来事を思い出して、勇気が湧いてくるような。そんな名前を私に付けてください」
話しを聞き終えた王様が言います。
「よかろう。お前に名前与えよう。しばらく考えるから、塔に戻って冬の女王様のお世話をしながら、待っていてくれ」
冬の女王の召使いが、うれしそうな顔をして、ペコリとお辞儀をしながら言います。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
冬の女王の召使いは城を出て、塔へ戻って行きました。
王様は、悩みました。
名前を付けろと言われても、ベッドの中でじ~とふさぎ込んでいた王様は、冬の女王の召使いがどんな活躍をしたのか、ほとんど知りません。
冬の女王の召使いにどんな名前を付ければいいのか、わかりません。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王と春の女王を交替させた、冬の女王の召使いに、褒美をとらせたい。
召使いは自分に名前を付けてくれることを望んでいる。
召使いの活躍を全て見届けた者がいるならば、是非名前を付けて欲しい。
勇気が湧くような素敵な名前を付けた者には、好きな褒美を取らせよう。
北の国の王様が出したお触れ書きは、人から人へ、町から町へ伝わって、国中に広がりました。
さらには国から国へ、世界中に広がって。なんとなんと、物語の向こう側の世界にまで広がって行きました。
はてさて、冬の女王の召使いに、素敵な名前を付けてくれる人は、現れるのでしょうか。
ありがとうございました。