表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼だけの世界

作者: 羅志

 その少年にとって世界とは不可思議なことこの上ないものだった。




 彼にとっての世界とは、閉鎖され孤立した、とても狭い世界だった。


 その広さは、約四畳といったところだろうか。


 そこに存在する自分だけの世界が、彼の世界。


 それでも、そこは不可思議なことこの上ないものだった。




 毎日、世界は変化を見せる。


 ごくごくわずかに、少しずつ、少しずつ。


 それでも彼にとっては確かな変化だ。


 彼はその変化を見るのが好きだった。




 世界の外にある、多すぎる変化よりも、この小さな世界にある少しの変化を愛していた。




 けれど、世界は変えられてしまった。


 彼の世界は唐突に壊された。


 彼は自分の世界を守ろうと抵抗した。


 暴れて、抗おうともがいた。




 けれど、所詮は子供だった。


 外の世界から訪れた『大人』という化け物には太刀打ち出来ない。


 力も体格も、何もかも、あちらのほうが上回っているのだから。




 彼は大人によって、世界から引きずり出された。




 引きずり出され、外の世界に連れていかれた彼には、苦痛しかなかった。


 あの小さな世界が恋しかった。


 あの世界こそが自分のいるべき居場所だったのに、それは壊されて、もうどこにも存在しない。


 彼はとてもむなしい気持ちになった。悲しい気持ちになった。




 けれど彼は泣かなかった。


 泣くということを知らなかったからだ。




 彼を世界から引きずり出した大人は、彼に多くのことを尋ねた。


 けれど、尋ねられたことのほとんどを彼は理解することが出来なかった。


 何せ彼にとってはあの小さな世界こそが全てだったのだから。


 それ以外は何も知らなかったのだから。


 いつからあの世界にいたのかすらも、彼は覚えていないのだから。




 大人たちは彼の反応に哀れみのこもったまなざしを向けた。


 彼にはそのまなざしを向けられた意味は分からなかった。


 ただ、哀れに思われていることだけは理解した。




 彼は思った。


 あぁそうだとも。自分は哀れだろう、と。


 自分の世界から引き離されたのだから、さぞかし哀れだろう、と。




 自分の世界から引き離された彼はそのまま、自分の世界に戻ることは出来なかった。


 大人たちは彼を、子供のたくさんいる場所へ連れて行った。


 どの子供も、彼に見向きもしなかった。


 大人たちが子供たちに言った。


 新しいお友達を連れてきたよ、と。




 大人たちのいう新しいお友達というのは、当然彼のことだ。


 彼は訳が分からないまま、その子供のたくさんいる場所に置いて行かれた。


 大人たちはまたね、と彼に手を振った。彼は振り返さなかった。




 大人たちがいなくなると、子供たちが少しずつ、少しずつ、彼に話しかけるようになった。


 どこから来たの。


 どうしてここに来たの。


 そんな質問ばかり。




 彼は答えなかった。答える必要はないと思った。


 答えない彼に、子供たちは機嫌を悪くしたようだった。


 あっという間に彼は孤立した。




 子供たちのなかで孤立したまま、数日が過ぎた。


 そのころには、彼はその子供たちのたくさんいる場所で、また彼だけの小さな世界を作っていた。


 それを見て、子供たちの世話をしている大人が、彼の世界を壊して、無理矢理他の子どもたちと遊ばせようとした。


 彼は抵抗したが、やはり大人の力には勝てなかった。




 子供たちは大人のいう通りにしない彼を遠巻きに見ていた。


 彼はもうすでにこの場所で孤立した存在だった。


 たとえどれだけ大人たちが子供同士関わらせようとしても、彼は決して他の子どもたちと関わろうとはしなかった。




 次第に世話役の大人たちは諦めて、彼に関わらなくなった。


 彼はまた自分の世界を手に入れた。




 そしてそのまま、自分の世界から出てくることはなかったそうだ。




 何せ、彼にとっては外の世界は、絶望しかない世界だったからだ。


 自分の世界にこもることは、彼が彼を守るための手段だったからだ。


 彼は自分の世界に籠ることで守られて、そのまま、幸せに暮らしたのだ。



 誰にも理解できない、彼だけにしか理解できない、彼の世界で、幸せに。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ