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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
章間 ~幼年期の終わり~
71/84

エルの仕事と私兵団

 短い公務時間の中、書類と格闘しながら各部門長とのミーティングを済ませ、どうにか落ち着いてきた、というところで、来訪者が一人。

 サリアがドアを開けてから見えた顔に、「あ」と思わず声を出してしまった。

 そこに立っていたのはエルフの里の元長老、エルであった。


「のぅ、ゼンよ。わしゃら、勝手に過ごしとるが、ええんかのう?」


「ごめん。ぶっちゃけ忘れてた」


 正直に言うと、エルがぶすっとした顔をしてみせた。

 これで200何歳ってのは、詐欺ではなかろうか。可愛い。


「あんまりではないかのぅ」


「いや、本当は真っ先にエルフ族とフェアリー族の仕事については決めたかったんだけど、時間がなくて。一応母さんにお願いはしてたんだけど」


 言い訳がましくなってしまったが、エルフ族とフェアリー族について、さしあたりの対応は母さんに一任していた、

 実はこれ、丸投げというのだが、もっと早い段階で、何かしらの仕事を与えるつもりではいたのだ。

 ただ、あれだ。公務時間が限られて、王族の3人のこともあって、忘れてたというか、丸投げしたままだった。

 これもまた言い訳になるのだが、公務時間や王族との付き合い以外で仕事をしようとすると、サリアがとてつもなくアレな止め方をしてくるのだ。

 本当に性的な身体を張って止めに来るのはやめて頂きたい。【性技】とかいう汎用能力(スキル)は色々な意味でやばい。

 幼女趣味じゃなくてもアレがアレでアレな気持ちに。てか最近本当に悩ましい、本当に。


「そういえばエルフ族の方々が、自発的に私兵団の訓練に混じり始めたと聞き及んでおります」


 サリアがしれっと伝えてきた。


「今それ言う?」


「ネリー様より、エルフ族とフェアリー族については、レリック公のお考えもあろうということで、聞かれるまで言わなくても良いとのことでしたので」


 ネリーがそんな口止めする理由あるか?

 疑問に思っていると、サリアが近づいてきて、俺にだけ聞こえるように耳元で呟いた。


「何でもレリック公はどちらの種族にも大変信奉されておられるとか。ネリー様に思うところがあるかどうかは、存じませんが」


 コメントし辛ぇ。

 確かに忙しかったし、その中で変態(ジルとディース)や悪戯妖精の相手は出来なかったかもしれん。

 そういう意味ではネリーの配慮と言えなくもないが、サリアはネリーが嫉妬していると考えているんだろうな。

 でもなあ、もうネリーには俺の予定を話してあるし、今更そんなことで……。


「少なくとも、「初めて」はネリー様がお相手したい、との仰せでございます」


「だったらお前、毎回変な誘惑してくんなや」


「サリアの誘惑に負けるような御方ではないとネリー様は仰っておりましたが?その割には、少々剣呑な気配で今のお役目を頂いたような気はしましたが」


 サリアもやりたくてやっているわけではないらしい。

 ……なんて感想を持つと思ったか!お前絶対毎回楽しんでやってるだろ!てかたまに本気だろ!


 って、そうじゃねえわ、脱線しすぎたわ。

 ジト目でこちらを見つめてくるエルに、わざとらしく咳払いを一つして、話をする。


「えっと、本当にすまんかった。で、エルフ族は今のところ何をして過ごしてんの?フェアリー族の方は、何となく想像がつくけど」


「そうさの、来たばかりの頃に比べると、あっちこっちに顔を出しておるようじゃの。わしもそれなりに出歩いてはおるが、人の多さに驚いとるさね。魔物も出ると聞いておったが、森の獣とは比べもんになりゃあせんのう」


 そりゃあそうだろう。あんな異常な強さの獣が徘徊する森で、300人にも満たない集落で生活してきたのなら、イストランド群とのギャップに戸惑うのは当たり前だ。

 人口についても、比率を考えると多く見えるんだろう。フィナールの町には3万人以上住んでるけどな。人口密度も高いし。

 魔物については脅威にすらならないだろう。エルフ族だけでも、総動員すれば、<厄災級>くらいまでなら討伐出来るんじゃないかと思う。


 サリアの遅すぎる報告を聞く限り、自主的に訓練に励むエルフ族もいるようだ。恐らくはエルフ族の中でも戦闘に長けた、ジルやディース達だろうと思う。

 とはいえ、エルフ族は大抵のことはこなせるだけのステータスを持っている。狩猟は言うまでもなく、農作にも長けている。

 ただ、作物の種類はイストランド群と比べてかなり数を絞っていたし、こちらに来て初めて見るようなものも多いだろう。

 それに土壌の問題もある。エルフの里は肥沃で川も近く、稲作まで行っていたが、こちらでは畑が主流だ。土の質は里の方が上で、今俺が使っている腐葉土や堆肥でカバーしても、その品質には及ばない。

 となると、エルフ族に任せるべき仕事が、すぐに1つは出てくるな。


「とりあえずエルフ族には、交代制で迷いの森と行き来して、良質な土を運搬して欲しいかな。これについてはそれほど急ぎでもないし、森に入らないと落ち着かないエルフがいるようであれば、そういう人に仕事を振ってもいい。人選はエルに任せるよ」


 この提案には少しエルが難色を示した。

 人里に慣れきれていないエルフ族がいるので、そういう者はやりたがるかもしれないが、エルとしてはこちらの生活に慣れるようにする方を優先したいという。

 なので、折衷案として、慣れてきた者と慣れない者を組ませて、月に2回ほど、10名程度にその仕事に当てることにした。

 俺の[次元袋]を使えばかなりの量を持ち帰ることが可能だろう。ヴリテクトやガルムやリュタンもいるし、安全面については問題あるまい。

 それでもそれなりに重労働ではあるだろうけど。


「それからエルフ族にはまだ貨幣価値が分かっていないと思うから、その辺りはエルが調整して給金を与えてくれ。母さんから説明は受けた……よな?」


「大まかなところは、の。しかし給金とゆうても、わしには相場がようしらんでのう」


 母さんの金銭感覚も相当怪しいのだが、エルの立場を考えると、こちらの常識を教える人材は母さんしかいない。

 そこは現実と折り合いをつけてもらうしかないだろう。


「その辺りは父さんや母さんの冒険者ギルド報酬を基準にすればいいんじゃないかな。とりあえず年に金貨500枚はエルの裁量にしておく。そんでもって、今日からエルは「異種族融和部門」の部門長だ。補佐にはエルフ族から1名、フェアリー族から2名、私兵団から冒険者上がりや、諜報部からも若干名出す。色々相談しながら、上手くやっていくために考えて欲しい」


「わしが部門長かえ?部門長とやらは、重要な役職と聞いとるが、わしゃ田舎者のただのエルフ族じゃて」


 カルローゼ王国は人種差別問題とは無縁というか、人口分布における主な人種の人間族を低く見積もっている節があるので、さほど心配はしていない。

 隣国であるアルバリシア帝国は本当に雑多な人種が住んでるし、魔族が多いといっても、魔族という人種自体が様々な種族を総合した呼称である。

 つまるところ、こんな部門を用意する必要性はあまりない。ただ、エル達のような純粋なエルフ族やフェアリー族は希少種族であり、どうしても目立ってしまう。

 これは一種の保険であり、未来のための準備とでもいうべき措置ということだ。


 驚いたようにしているエルに、少しだけフォローをしておく。


「別に他の部門長のようにする必要はないんだ。けども、このカルローゼ王国はそれほどでもないが、異種族を嫌う人はそれなりに居たりする。残念なことだけど。だから、それを受け入れやすくするための対策部署を設立して、始祖エルフ族の長であるエルをトップに据える、という形を取りたい。実務については周囲に任せて、ドンと構えといてくれればいい」


「そりゃ構わんが……わしゃ何もせんでええっちゅうことかのう?」


「そんなことはない。エルフ族やフェアリー族をこの地に上手く馴染めるようにするのが、エルの仕事だな。まあエルも手探りになるだろうから、問題が出てくれば俺に相談してくれればいいよ。俺も俺で、エルフ族やフェアリー族の仕事については考えるし、エルにはその相談相手になって欲しい。どうかな?」


「むぅ……わしに務まるかのぅ。あまりエルフ族はよう思われとらんと聞いとるが」


 神妙な顔つきでネガティブな返答をするエル。

 その懸念はないわけでもないが、少なくともフィナール領に関しては心配無用だろう。

 というより、エルフ族に関しては少しくらい優遇してもいいんじゃないかなと思っている。


「母さんがハーフエルフだし、俺だってクォーターだけど一応エルフだ。確かに始祖エルフ族と呼ばれるほどエル達は特別な存在だと言われてるけど、この付近で偏見を持ってる人は少ないと思う。母さんの名声に惹かれて集まった人も相当多いからね」


 戸籍統計を見たところ、イストランド群の種族分布は偏りが少ない。

 王国領なので人間族が4割近くを占めるものの、続いて多いのは魔族の3割。アルバリシア帝国からの移民も多いので、当然の結果とも言える。

 同じより少し少ないのが、鬼人族、エルフ族。獣人族と竜人族がやけに少なくて、足して200人いるかいないかといったところだ。

 とはいえ理由もある。そもそも絶対数が少ない獣人族や、大陸北方に住む竜人族がイストランド群に少ないのは、取り立てて不思議なことでもない。

 また、エルフ族といっても、純粋なエルフが何人いるかどうかまでは調べていない。これも忘れてた。

 だけど、いないということはないはずだ。エル達と同じ存在なのかどうかは分からないが。

 まあいずれにせよエル達のような始祖エルフ族であっても、エルフには変わりないので、普通に暮らす分にはバレたりするようなこともないだろう。同族なら分かるらしいが、俺には母さんとエル達に違いがあるようには見えないからなあ。

 エル達にはさほど純血に拘りがあるようには思えない。いい相手が出来るといいな、と思う。


「とりあえずエルが率先して「こっちの常識」とか調べて、溶け込む努力をして欲しいかなぁ」


「分かっちょるがえ。じゃが、おんしゃに常識を説かれるのは、どこか解せぬでな」


 自覚はしてるからいいじゃないか。

 ちなみに獣人族と魔族の違いは、俺にはよく分からん。

 これも同族であれば何となく分かるとネリーやレイスが言ってたが……獣人種である猫人族や狐人族と、魔族である鳥人族や吸精族の何が違うんだろう?

 何気にそれなりに重要なことな気がしなくもない。俺にとっては些細な違いだから、あまり興味はないけども。


「それからもう一つ、エルには頼みたいことがあるんだ。まあ、すぐにというわけでもない話なんだけどね」



 この後フェアリー族は何をしているのかと聞いてみたところ、基本的にはふらふらしているらしい。

 この時点で一度パリィ辺りを呼び出しておけば良かったのだが、俺の中でもフェアリー族には何をさせるかよく決まっていなかった。

 あの悪戯妖精たちは、気がつけば随分と人里に浸透してた。いい意味でも、悪い意味でも。

 大事にはならなかったし、多分大事に至らないようにしてたんだろうけどね。あいつら本当に気まぐれというか、なんというか……。



◆◆



 エルと今後のことについてある程度の話をした後、イストランド群北部に設置している「訓練場」という施設を見に行くことにした。

 名前通りの施設ではあるが、母さんの私兵団の本拠でもあるそうで、希望者はここに住居まで構えていると聞いている。

 訓練場というより駐屯地とかそういう扱いになっているんだろうか?と思って来てみたのだが。


「確かに訓練場だけどさ、ここ作ったの誰よ?俺でも二週間くらいかかる気がするんだが」


「むしろレリック公お一人で作れることにサリアは引いております」


「万全なら、という前提だけどな。こんだけの規模の「基地」は普通、半年や一年で出来るもんじゃないように思えるけど」


 サリアの言葉をスルーし、久々に[鷹]を召喚して、改めて上空から観察する。

 規模としては基地と呼ぶには狭いだろう。だが、石壁らしきもので囲まれたその場所は、50に届くであろう建物の数々。

 その中央にだだっ広いスペースが作られており、恐らくは集団戦の訓練として用意された空間。

 簡素ではあるが、櫓や門まである。櫓にはバリスタのような、大型の弩が設置されている。

 作られた場所もいい。軍事拠点とするならば、丘の上に作ったのは正解だ。

 全体的に作りとしては荒いように思えるが、実用的であることは確か。

 この際問題はそこじゃなくて、誰が何を思ってこれだけ本格的な基地を作ったのか、ということ。いや、まあ、多分ネリーだと思うんだけど。


「レリック公もご存じかと思いますが、イストランド群は常に需要のある職が2つございます。1つは開拓するための農士、そしてもう一つは」


「建築士だな。つまるところ大工。大工じゃなくても、土木関係の働き手はそれだけで仕事があったよな」


「左様でございます。ですが、建築士や土木士が少しばかり集まりすぎたようでして。そこでスミヨン部門長がネリー様に提案されたようでございます」


「スミヨンさんが?」


 意外な名前が出てきたことに一瞬不思議に思ったが、ああ、そういうことかと納得する。

 スミヨンは今でこそ経理部門長という肩書になっているが、元々は運輸・交通を担当していた。

 現状に合わせた対応の結果、ということになるのだろう。


「道の整備が一段落したから、スケールを広げるために再設計してるんだっけか。それで一時的に人余りが発生したんだな」


「仕事を与えずに置いておくのは、治安にも影響するという理由もあったようでございます」


 人手が余るといっても、一時的なものであり、追い出すようなことはしたくない。

 だから仕事を作った、ということになるのだろう。ただ、それがこの基地を作る理由になる、というにはちょっとばかり解せない。

 が、サリアの説明によると、他にも理由はあったようだ。


「南部、西部側はさほど問題ございません。ですが、北部・東部からの手が多く、諜報部といたしましてもなかなか難しく。特に北部に関しては「抜け」が何件か発生しておりました。この訓練場はその対策の一環として作られたものでございます」


 サリアは敢えてぼかして口にしているが、南部はギースの盟友であるナジュール侯の領地であり、西部はアルバリシア帝国だ。ここからよからぬ輩がやってくる可能性はゼロではないが、低いものと見て問題はない。

 そもそも西部はフィナールの町がある。ならばギースが何かしらの手は打っているだろうし、そこを飛び越えて監視するような指示はしていない。

 東部は同じくカルローゼ王国の領地だが、フィナール領と違って、いくつかの子爵や伯爵領と隣接している。主だった間諜はここから来ているのだろう。

 そして厄介なのが北部。つまりは、学園都市シェラハー以北にある他国からの手であるという。


「処理についてはネリーに任せてあるけど、他に「抜け」がある可能性は?」


「ないと言い切れるほどの理由は持ち合わせておりません。泳がせている手はいくつかございますが、今のところ有害とも呼べぬ手でございますゆえ」


「ないことを証明するのは難しいよな。まあ、そこはそれでいいや」


 そこは俺の指示通りにしている、ということなのだろう。

 それから基地についても納得は出来た。

 他国・他領に対しての抑止力。基地を作ったのは、そちら側に対して圧力をかけるという意味合いが含まれているのだ。


 基本的に私兵というのは、非生産的職業というか、軍人に近いものがある。

 無論普段から遊ばせておくようなことはしていない。冒険者ギルドへの巡察依頼は継続して行っているが、それとは別に、郡内の警備や治安維持という仕事がある。言ってみれば警察的な要員としてカウントしているわけだ。

 これはイストランド群だけがやっていることではなく、きちんとした治安維持要員が用意されていない領地では、似たようなことをやっている。


 巡察に関しても私兵でやればいいという考え方もあるだろうが、フィナールの町の冒険者ギルドにとって大きな依頼であることを考えると、良好な関係を続けるためにも必要な経費だと思っている。

 もっとも、最近は巡回しても報告するようなことがないらしく、ルートから外れて魔物を狩り、その素材を持ち込んでくる奴が多いのだとか。

 俺はそれを責めるつもりは全くない。その方が素材も集まるし、それだけ平和になっている証拠でもあるわけで。公共事業と思えばなんてことはない。


「ほんじゃまぁ、実際私兵団の実力を見せてもらおうかねぇ。サリアはエルフ族が混じって訓練していると言ってたけど、実力的にどんなもんか聞いてるか?」


「流石は始祖エルフ族の方々でございますね。流石にネリー様の前では霞んでしまいますが、ゾーク様でも5人同時に相手にするのは難しい、という評価を聞き及んでおります」


 パラメータは200越え、汎用能力(スキル)を含めたステータスも高いとなると、流石の父さんでも5人はキツイか。

 長年あの森で生きているだけあって、スキルレベルも6~7辺りが居たからなあ。


「他の私兵でエルフ族を相手出来そうなの人はいるのかな?」


「一対一であれば、互角に戦えるのは3名、でございましょうか。多人数戦ならば追加で十数名。ただし、ジル様、ディース様といったエルフ族の中でもとりわけ強い方には、なかなか勝てぬようでございます」


 それを聞いて軽く耳を疑った。

 エルフ族のステータスはそこらのAクラス冒険者より高い水準にあるはずだ。何しろ初めて見た父さんや母さんのステータスよりも上だったのだ。

 それと互角に戦えるのが3人もいる。多人数戦というのが何人対何人か分からないが、連携を取って戦えばエルフ族とも互角に戦えるのが更に十数名。

 その事実を聞く限りでは、断言は出来ないにしろ、Aクラス冒険者の水準と等しい、あるいは超える人員が私兵団にはおよそ20人はいる、ということになる。

 元々強かったのか、あるいは鍛えたのかはこれから判断するとして。


「大したものだと思うけど、ちょっと過剰な戦力のような……よそから妬みとか買ってそうなんだけど」


「それこそ今更ではございませんか?それに彼らは元々はBクラスからDクラスの冒険者や、他領の私兵、あるいは傭兵を生業として生きてきた者ばかりでございます。そこでは大きな評価はされていなかったようでございます」


「つまり、こっちに移ってきてから力を身につけた人ばっかってことか。教官が優秀だからかねぇ?」


「ネリー様は規格外としても、ゾーク様もSSクラス冒険者でございます。不思議ではないかと」


 あの二人を相手にすりゃ、そらレベルも上がりやすいだろーなぁ。

 体感では格上相手にすれば経験値の入りもいいみたいだし、それを抜きにしても父さんは超一流の槍使い。

 技量(スキルレベル)で言えばそこまででもないにしろ、ネリーはパラメータ自体が父さんとは文字通り桁外れ。

 俺も少しだけ試してみようかと思ったが、それはサリアが「身体を張ってでもお止めしますよ?」と言ってきたので却下となった。

 仕方がない、訓練の様子だけ見て満足しておくか。それから何人か解析もしておこう。



「オウカイ、ウェッジ辺りは一つ頭抜けている感じかな?次いでカトリア、ダスティー辺りがいい線行ってるか。つっても、他の連中もBクラス冒険者くらいの水準にあるようだけど」


「何故彼らの名前をご存じでございますか?」


「ネリーからある程度特徴とか名前とか聞いてたから」


 勿論嘘である。【完全解析】で名前とステータスを見て、集団訓練らしきものを行っていた一団の能力を比較した結果だ。

 訓練の様子はなかなか様になっているというか、割とガチで多人数戦をやっていた。

 ルールはよくわからんが双方の指揮官を倒した方が勝ち、というのがサリア談。

 真剣は使っていないらしいが、魔法も相当飛び交っているところを見ると、死人が出てもおかしくないのだが、医療兵が負傷を迅速に治療することまで訓練の一環だそうで。

 治癒魔法にしろ治癒魔術にしろ、実戦で使えるようにするためには、経験がモノを言う。

 だからまあ、理に沿った話ではある。てかこういう形で訓練するのはごく普通のことであるそうな。

 それにしてもちょっと激しすぎる気がするが。


 その中でも目立ったのは、まるで戦国時代の侍のような立ち振る舞いを見せ、槍を振るっていた鬼人族の男オウカイと、遠距離から[氷柱]や[水弾]などの中級魔法を連発し、声を張り上げて指揮をする人間族の男ウェッジ。

 タイプは違えど、双方の指揮官役らしい。

 どちらが正しいかといえば、ウェッジの方が「軍」と見れば正しいのだろう。だが、対魔物戦を想定するのなら、オウカイの動きも間違ってはいない。

 もっとシンプルな話、戦士と魔法使いの違い。それだけだろう。

 オウカイを軸に矢のような陣形で突き進む側と、ウェッジを中央に包囲するような動きを取る側。

 これをどちらが有利かと言えば。


「意図してウェッジの方に魔法を得意とする人を振り分けているのかな?」


「今日の集団訓練は、<災害級>を想定したオウカイ隊の訓練でございます。火力と手数を重視して、ウェッジ側に振り分けております」


「なるほど、数の多さを魔法で再現しているわけだ。魔物の多彩な攻撃に対して、オウカイ率いる近接武器集団がどう捌くかってことね。まぁ、見てる感じでは、ウェッジ側にもうちょっと戦力があっても良かったかな」


 横から見ているだけだと戦況は分かりにくいだろうが、[鷹]の視点で見ると、明らかにオウカイ側が押している。

 ウェッジ側も包囲しようとしているのだが、包囲が完成する前にオウカイ側がウェッジに届きそうな勢いだ。

 オウカイ自身が強いこともあるが、それについていけるカトリア、ダスティー、それから始祖エルフ族の一人であるズィーラの存在も大きい。


 そういえばジルとディースはこの訓練に参加していないようだ。

 あいつらどうしているのかなと思ったところ、その二人が俺の後ろからやってきた。


「俺らが入ると流石に厳しいって言われたもんでな。なかなかやるぜ、あいつ」


「とはいえ、我々からも3名、ウェッジ殿の側に入れておるのだがね。いやはや、ここはなかなか刺激的で結構なことだ。門番をしていた頃とは比べ物にならないな」


 ディースの言によると、実力差からしてこの二人は見学に回っているようだ。

 他のエルフ族も大半は見学側になっているらしく、オウカイ側にズィーラ。ウェッジ側に魔法を得意とする比較的若いエルフ族を加えているとのこと。

 それでも30歳は軽く過ぎているが、エルによると、始祖エルフ族は大きな病気や怪我などがなければ100歳は余裕で生きられるらしい。その中でもやはりエルは別格だが。

 父さんや母さんは、老化速度が神具との同化によって老化現象が著しく停滞しているのて対象外として、普通の人類の寿命が60歳前後というのだから、やはり長命種ではあるのだろう。


「始祖エルフ族が戦闘民族ってワケじゃないだろうけど、あの森に住んでたら勝手に強くなるわな」


「戦うことが不得手な者がいないわけではないのだがな。そうでなくてはならない理由は、ゼン殿ならご存じだろう」


「まぁねぇ。あの森の連中は友好的ってわけじゃなかったし。ヴリテクトが一緒なら襲われるようなこともないんだろうけど、結構好きにさせてるみたいだし」


「無益な殺生はしないようにと教えられてはいるが、あの森の獣を狩らねば、我らは生きられぬからな」


 始祖エルフ族は狩猟民族ってわけでもないけど、農耕だけで生きていくわけでもない。


「ただ妙にあいつらが恋しくなることはあるけどな。こっちの飯の方が美味いのは確かなんだが、肉だけならあっちの方がいいな」


 ジルの感想も間違っちゃいないだろう。

 仕込み次第ではあるものの、確かに「いい肉」なのは森の獣たちの方だと思う。

 魔物肉が不味いというわけでもないが、単純な獣肉の方が不純物がない感じがしたし、栄養度も高めだった。

 もっと単純な話、食べなれているかどうか、という話な気がしなくもないが。


「ん、決まったか?」


「終わりでございますね。オウカイ隊の勝利でございます」


 話していたからか、勝敗の決め手がよくわからなかったが、オウカイ隊の方が勝ち鬨を挙げている。

 とはいえウェッジ隊も意気消沈しているわけでもなく、淡々としている感じがする。

 あくまで訓練である、という認識なのだろう。徹底している。

 すぐさま医療チームらしき数名が駆け寄り、各人に手当を始めているし、訓練を終えて余裕のある者も、負傷者の介抱や治療に当たっている。


「いい切り替えが出来てるな。そこらの国の正規兵よりよっぽど練度は高いんじゃないか?」


「少数精鋭なればこそ、でございます。無論彼らにも平時の業務はございますが、特務隊は有事に備えることが第一でございます」


 サリアの言う「有事」ねぇ。どっかに攻め込むとかじゃないよな?


「どんな有事を想定しているのか気にならなくもないが、役割分担は大事だな。みんな不平不満はないか?」


「無いとは言い切れませんが、概ね理解はしているものかと。特務隊は確かに給金など優遇されておりますが、それなりに責任を持たせるようにとネリー様の仰せにございます」


「例えばどんなもん?」


「特務隊の平時業務は主に外的要因からの守備要員になりますが、警備隊の小隊長や、情報統括なども業務に含まれます。それらを管理・報告するのが責任でございます」


 要は特務隊に所属している人員は、将来の幹部候補とでもいうべきか、命令系統として上位に位置するような形を想定している、というわけか。

 私兵についてはあまり細かい指示を出していなかったんだが……。


「なんつーかもうあれだよな、私兵っていうか「軍」だよな、これ」


「事実でごさいましょうね」


 警察機構と軍事機構を兼ねるのはあまりよろしくないけども、世界が違えば常識も違うし、方向性は間違っていないとは思う。


「一応ここって、フィナール領の一群に過ぎないんだけどなぁ」


「今更でございます」


 サリアの目が冷たい。お前が言うな的な視線が辛いです。

 でも軍については俺だけのせいじゃないと思うんだ。



◆◆



 訓練を様子を見終えてから、顔見せくらいはしておくか、というわけで少しばかり挨拶がてら話をして、そのまま役場まで戻る。

 個別に話してみて特に印象に残ったのは、やはりオウカイとウェッジ。この二人が特務隊の中でも隊長クラスに当たる立場であるようだ。

 いかにも武人というか、前世は武士か何かだったんじゃないかというオウカイの雰囲気と、冷静沈着をそのまま人に当てはめたようなウェッジの鋭利さ。けど話してみると、ウェッジが切れ者感があったのは戦闘中だけだった。

 少し前職について尋ねてみると、この二人は元々軍人であったらしく、流れ着いた先がここだった、という話だけ聞いた。なんでも腐れ縁とか言っていたが、妙なコンビだなあ、という印象。

 別に後ろめたい印象は受けなかったし、探ろうと思えば過去はある程度探れるのだが、前職を辞めた、あるいは失った理由までは聞かなかった。

 何かワケ有りなんだろうと思うけど、どこかから送り込まれたという感じでもないし、優秀ならそれでいいと思っている。


殿(との)は、我らのことをお疑いになられていないご様子でございますな」


 疑い、ね。ネリー辺りから何か聞かれたかな?

 例えば他国の間者だとか、埋伏の身であるとか、そういう疑いを持たれても仕方がない能力の持ち主ではあると思う。

 帰り際、オウカイにそんなことを聞かれたが、俺には【完全解析】もあるし、何よりも、


「ネリーの目で選ばれた人材を疑う必要は全くないからな」


 そういうわけだ、と伝えると、隣のウェッジまで得心したようにヒューっと息を吹きながら、数回頷いていた。

 てか「殿」て。お前やっぱ侍か何かだったんじゃね?


 ともあれ、頼りになる部下はいくらでも歓迎だ。

 人材はいくら確保しても足りないし、今からでも囲えるだけ囲ってしまいたい、というのが本音。

 多少危ないやつでも問題ない、むしろそういう奴らを監視下に置く意味合いを含めて。

 尖った人材でも、オールマイティーな人材でも、とにかく何かに使えそうなら雇いたい。

 まあ、予算の範疇で、という前提はあるけども。


 もっとも、能力的な意味合いではなく、単純な労働力の確保が一番の問題だったりするのだが、これは今から解決できることじゃないからなあ。

 まあ今解決しないといけない案件ではないから、今は布石だけだけどねー。



 執務室に戻って今日の訓練を見た評価というか、私兵について俺なりの見解を記しておく。

 警備隊については郡内を軽く回った程度でまだ判断しかねるが、何名かのステータスの解析は済ませている。

 かなり大雑把な結果だけいうと、警備隊はおよそレベル20前後の要員が振られており、ステータス的にも特筆する点はあまりない。

 対して特務隊は概ねレベル30を超えており、魔力や筋力などに特化した人材から、オールマイティーな能力を持った人材と多種多様であったようだ。

 一応言っておくと、警備隊のレベル20前後にしても、この世界の平均値からすればかなり高い方のはずだ。

 フィナールの町に住んでいる一般人のレベルは高くても10程度なのだから、それに比べれば単純に2倍強いことになるし、汎用能力(スキル)まで含めればそんなもんじゃ済まないだろう。

 カルローゼ王国兵のレベルは正確には覚えていないが、20以上はそういなかった気がする。少なくとも警備隊の要員でも、ギースの私兵よりは確実に強い、ということだけは分かる。


「少数精鋭ながら万事に対応可能、と見たが、サリアとしてはどう思ってるんだ?」


「フィナール領だけで<厄災級>に対応出来るように、というのがネリー様のご指示でございました。レリック公から見て、水準としては如何でございましょうか?」


「聞いてるのはこっちなんだけど。まぁ、モノによりけりという話だが、対処は可能、という評価になる、かな?まだまだ経験不足だろうから、これからは実戦が必要だろうけど」


「であれば、サリアとしては概ね水準を満たしたものとお答えします。サリアは<厄災級>に遭遇したことはございませんので」


 そういや<厄災級>も滅多に出るもんじゃないんだっけか。

 そうなると俺やネリー、父さんや母さんじゃないとその目標は達成出来てるかどうかは判断出来んやな。


「そうなると……ふむ、これからも私兵は増やす方針で行くことには変わりないけど、増員する割合は減らした方がいいか?」


「経理部と要相談でございますね。人口増加はまだまだ続くというのが諜報部の結論でございますが、シャレット代官様の領地との兼ね合いもございます。まあ、領地については無視しても問題ないものと考えますが」


 率直なサリアの物言いに思わず苦笑してしまった。

 敢えて曖昧にしているところがあるのだが、一応俺はカルローゼ王国貴族として最高位の大公であり、伯爵であるギースより格上である。

 ただし、領地についての実権は持っていないので、俺がフィナール領に口出し出来るかというと、これは結構微妙……というより、強制権については全くないと言っていい。

 あくまで俺は「名誉大公」なのだから、イストランド群のトップは正式な領主であるギースから代官を受けた母さんになるわけで、本来は俺が母さんをどうこうすることは本来おかしな話だ。

 ただし、この点は元々俺が「代官代行」というわけのわからん肩書を持っているので、さしたる問題ではない。

 そこでサリアの「無視しても問題ない」というのは、そもそも今のギースは俺にとっては味方だ。

 曖昧にしているのも、いざというときに俺が直接フィナール領を動かせるように、という配慮であり、普段はギースに任せるという意味でもある。


 有体に言えば、事実上フィナール領、ならびにナジュール領については、俺の意向でどうとでもなるということだ。

 ま、二人には「よっぽどのことがない限り、口出しすることはない」と伝えちゃいるし、時が来るまでは今まで通りだろうけど。


「しかし、さっきも言ったけど、もう単純に私兵と呼べる範囲は超えてるなぁ。この際何か、名前でも付けた方がいいか?」


 レリック軍、と名付けるには少し早いな。

 もう少し傭兵団とか、そういうニュアンスで呼ぶべきか。


「呼称名はあった方がよろしいかと。ゾーク様が大隊長でございますが」


「ゾーク隊とか、そういう、なんとか隊、みたいな名前がいいってことか?」


「レリック公のセンス次第でございます。レリック隊でも特段問題は感じられませんが」


 苦手なんだよなぁ、そういう名付けって。

 それに一応母さんが雇い主なんだから、それを言うならシャレット隊ってのが……それもセンスねぇな。


 そんなことを考えていたら、本日の業務時間の終了がサリアから告げられてしまった。

 一応伸びてはいるんだけど、処理する内容に対して、時間が足りてないなぁ。

 まあ取り急ぎの内容は大方済ませたはずだし、一応養生中の立場でもあるし、少しはゆっくりすべきかねぇ。

私兵団の呼称募集中。なお出番はあまり無い模様。

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