精霊神ラピュータ
アズリンドはかつて愛した男の宣言を聞き、悲壮な涙が歓喜の涙に変わったことに気がついた。
だが、顔はまだ上げられない。彼は泣き顔を嫌うのだ。
意地悪な彼だけど、他人を悲しませるようなことは滅多にしない。
少なくとも加納善一という人物は、そうあろうとしていたように思う。
本人は「俺がやりたいようにやる」と常々言っていたが、そこまで自己中心的な人物ではなかった。
実のところ、アズリンドは上級神になって、善一がどんな後世を歩んできたか、覗き見たこともある。
全て見たというわけではない、善一が老人という時期にさしかかった頃くらいからだろうか。
貧しい国を訪れては、外国人なら訪れないであろう秘境や、野生動物が多数いる集落などを訪れては、そこに技術を伝えていく。
本人は「旅行」だと主張するのだろう。
でもそれは、人に行き方を教える、そんな旅で。その姿は自分なんかより、とても聖人らしくて。
けれど、彼は認めないだろう。自分も聖人なんて、彼には似合わないと思う。
そんなことを思い出していると、自然と笑みが顔に出てくる。
あと少しで、見せられる顔になるだろう。
呼吸を整える、目が赤いかもしれないが、涙を拭う。
そして、彼と話をしよう。
◆◆◆
「とりあえず、今すぐ転生しても、やれることはないと思います!」
「そもそも転生したらどうなるかってことから始めようか」
元気よくダメ出しするアズに、それ以前の問題だと告げる。
だいたい転生する前提なのはともかく、転生先がどうなるかとか、転生したら記憶はあるのかとか色々あるだろう。
そこを踏まえて俺に出来ることは何かと聞いてるんだが。
「いつでも転生出来る、とは聞いたけど、そもそも転生したらどうなるんだ?地上の生物として生まれ変わる、というのは察しがつくけども」
そもそも転生先が人類種じゃないって可能性もある。
そこのところはハッキリしておきたい。流石に微生物とか無理や。
「善一さんは純粋な人間として生まれるとは限りませんが、魂が人類限定なので、少なくとも人類として転生することは確実です」
そういうとこは都合いいのな、さすが特別製。
「記憶については、今のところ不明です。転生する際は魂に記憶は残りますが、肉体的に記憶出来るわけではないので……」
転生しても覚えてないんじゃ、目的通り動けないんじゃね?
でも不明、ってことは何かしら方法があるのかねえ。
「善一さんは特別ですから、何とかなるかもしれません!」
ご都合主義を願うのも結構だが、確定させたいところではあるなあ。
転生するとしても、時と場所を選ばないと、さすがに幼児から動くことは不可能だし。
アズがそこまで詳しいってわけじゃなさそうだし、元々いる神に聞いてみるとするか。
「アズ、この神界に一番長くいるのはシェラだよな?」
「はい!シェラさんは知識の神ですし、私より詳しいです!」
言いたいことは伝わったらしい。
餅は餅屋、転生について最も詳しい人物に尋ねることにしよう。
アズの顔をじっくりと眺める。涙の跡・充血した目。
だが、その表情は再会して一番晴れやかだ。
思わずベッドに連れ込みたくなるのをグッと堪えて、頭をポンポンと叩く。
「まだ手探りすら出来てないけどさ。アズの願い、叶えてみせるよ」
アズが少し一人になりたいと言うので、俺は再び外へ出る。
そもそも誰かに会いたい時は、その神のところへ向かいたいと思えば、扉が現れるらしい。
誰がどこに住んでいる、ということは正確にはアズも知らないそうだ。
外に道があったことは、アズも知らないらしいが、恐らく誰かが俺を招こうとしたのではないか、とのこと。
だとすれば、シェラの扉に辿り着いたのは偶然だったのだろうか、道はまだ続いてたしなあ。
などと考えていると、またしても道が続いているのが見えた。
シェラに会いたいと願えば扉は出てくるかもしれないが、先に招待を受けるのもいいかもしれない。
切羽詰った状況、というわけではないようだし、招かれてみることにするか。
◆◆
道に沿って歩いた先は、森の中だった。
森があると気づく前に森に居た、というのも不思議な話だが、深く考える必要はあるまい。草原と違い、どことなく生き物の存在が感じられる。
というより見られている、という気分だ、ただ危険は感じないし、不快な気もしない。サラサラと木々の葉が揺れている、上の方では風が吹いてるのだろうか?
なんとなく、そこを見つめていると、「何か」がいるような気がしてきた。
何もないように見えるが、確かにそこに「何か」がいる。
気味が悪いとか、そういうことは全く思わない、不思議な感覚を覚えつつ、道を行く。
そして少し開けたところに出た、というところで、「それ」を目撃する。
そこは、言わば妖精の楽園とでも言うべきか。
色とりどりの羽を生やした小さな妖精が無数に舞う、幻想郷。
見た目10センチ~15センチの妖精達の中央に、淡い色をした水色の身体を持つ、女性らしき存在が浮かんでいた。
身長としては1メートルあるかないかだろうが、スタイルも顔立ちも子供ではない。
中性的な顔立ちではあるが、身体のフォルムに凹凸がある以上、女性なのだろうと思う。
神界に来て最大のファンタジーを感じていると、彼女から話しかけてきた。
「あら、この子達が見えるの?」
この子達、とは妖精達のことだろうか。
「いっぱいいるな、好かれてるのかい?」
「ええ、貴方も嫌われてはいないみたい。貴方注目の的だったみたいよ?」
「嫌われるよりは全然いいね。さて、君が俺を呼んだのかな?」
その答えは華のような笑顔で返された。
「私の名前はラピュータ。精霊神と呼ばれているわね」
ラピュータは俺のことを既に知っているようで、あまり説明はいらなかった。
「精霊神ってことは、精霊の神ってことになるのかね」
「ええ、そうね。私は精霊と呼ばれる存在の女王でもあるのだけど、地上に居づらくなったからここに住んでたの。神なんて言われてるけど、私はここにいるだけ」
精霊と精霊体はまた違うのか。
そういえばシェラが光の精霊にお願いしてたとか言ってたっけ。
「俺に道を作ったのは精霊さんかい?」
「あら、この世界の住人でもないのに察しがいいわね。そう、土の精霊にこっちに来てもらうようにお願いしたの」
もっとも、最近は精霊がいるなんて信じていないみたいだけど、と綴る。
「誰にでも見えるものではない、ってことか」
「そうね、少なくとも存在を信じていない者には見えないわ」
存在を信じている者でも見えないってことに繋がりそうだが。
「シェラは光の精霊にお願いしてたって言ってたけど、エルフ特有だったりするのか?」
俺が見える理由は俺が精霊体ってことに関係してるんだろうか。
そう尋ねてみたところ、どことなくラピュータは悲しそうにしている。
デリケートな問題なのだろうか。
「確かにエルフは人類の中では精霊との波長が合いやすかったのだけれど、それは昔の話。精霊は人類にとって都合のいい存在とされて、お願いはいつからか命令になったのよ。それでも仲良くしたい子はいたのだけれど」
「何か悪いことを聞いたようだな」
「いいえ、貴方が悪いわけじゃないの。ただ、都合よく使われることを嫌った子達は、人類を避けるようになったのよ」
いつからか、というのは多分分からないだろうな。
シェラが生前だった頃は居たけど、ラピュータが神界に移ってからは分からない、ということか。
都合よく使われる、という時期にシェラも当てはまる可能性もあるしな。
「ラピュータはシェラより長く神界にいるのか?」
「分からないわ。私は精霊として生きてるうちに、いつの間にか自我を持つようになったから、いつから、というのは自分でもよく分からないの」
「精霊というのは意思を持たないのが普通なのか?」
ラピュータは少し考え込む。
「意思が無い、ということはないのだけれど、貴方のような精神体みたいにはっきりとした存在じゃないのよ。精神体も存在があやふやだけれど、精霊はもっと曖昧なの」
「いるものとして認識しないと見えない、とかそんな感じかね」
「そんな感じね、最近はフェアリー族も人前には出ないみたいだし。人類で精霊の存在を認識出来る者はいないと思うわ」
フェアリーって妖精じゃないのか、と聞いてみると、フェアリー族という一族が種族に存在するらしい。
地上の生物ではあるが、半精霊とも言える存在であり、一部は精霊を認識出来るそうな。
ただ、認識出来るだけで、現在は意志疎通は難しいとのことだ。
そうなると、この場で舞っている妖精達は精霊ということになるが、意思疎通は通じないのか、と考えたところ。
(わたしは、ここにいるよ)
頭にチリっとした感覚とともに、そんな声が聞こえてきた。
声の方向を探ると、緑色の髪をした妖精と目が合う。
(わたしは、ここにいる)
どうやってこっちの意思を伝えたらいいか分からない、だから口に出してみる。
「俺も君がいることは分かる。でもどう返事をしたらいいか、わからない」
そう口にしたところ、ラピュータが驚きの声を挙げる。
「貴方はこの子の言ってることが解かるの!?」
「ここにいる、って伝えたいみたいだな」
そう答えると、脳内に凄まじい数の意思が伝わってきた。
(こっちもみて)
(こっちにいるよ)
(ここにいるよ)
(ここにきて)
(わたしをみて)
頭が狂いそうになる、わかった、わかったから。
君達はちゃんと見えてるから!
俺には君達が分かるから!だからちょっと待って!
「カノー様!」
ラピュータの声で我に返る。
未だ脳内に伝わってくる声が聞こえるが、何とか落ち着いてきた。
(一気に喋らないで、落ち着いて)
自分に言い聞かせるように、そう思っていると、ようやく脳内が静かになる。
「何とか落ち着いてきた。取り乱したかな」
「いえ、そのようなことはありません、この子達が急に落ち着かなくなりまして」
なんだか急に畏まった態度になったような、カノー様?
というか俺はある程度落ち着いたけど、ラピュータの顔が真っ赤だ。
興奮しきり、という感じで早口で話し出した。
「まさかカノー様が「念話者」とは露知らず、申し訳ございません。しかしそれならそうと教えて頂ければ……」
また新ワードが出てきたし。
テレパス?