宣言
4/15 一部校正を行いました
結局のところ、時計とはどういうものか、という点については、アズのリソースを使って壁にかけるようなタイプの時計の現物を見せることになった。
ただやはり段階を飛ばしすぎたのか、理解し切れるものではなかったようだ。
アバウトに脈を測って基準の60秒を作ろうとしていたので、そこだけは参考にしようとしたのだが、
「善一さん、実は私のリソースじゃ、正確に時間は測れないんです」
そもそもリソースで創れるものは、「こういうもの」というイメージだけであって、その精度が正しいとは限らないそうだ。
ついでに言えば、アズも一日が24時間かどうか知らなかった。
世界神もそうなのだが、神界に住む神は原則地上に降りられないらしい。
世界の様子を上から見たりする程度だそうな。
微妙に頓挫したような気がするが、時間を計る基準は神界に作っておいた方がいいと思う。
何しろ一日の定義すら分からんのだし、それで何か不都合が起こるかは不明なのだが、何しろ神が積極的なのだ。
「カノー君、確かに我々は時間というものに頓着はしない。だが、どのくらい、という時間基準を設けるのは、とても建設的だろう」
シェラはそう言うと、二人(?)の神に同意を求める。
「うむ、我も研究が行き詰っておったのだ」
「俺も作り甲斐のあるモンを見つけられたからよ、色々と作ってみることが出来らぁ」
それでやる気になってるのか。
そういやアインもガダースも気がついたら居たけど、ここに居るってことは神なんだよな?確認してないけど。
男性であるのはなんとなく分かるけど、単純な元人間ではなさそうだな。
アインは肌が見たこともない紫がかった色してるし、ガダースは顔立ちは壮年だけどやけに背が低いし。
「アズ、この三人…いや、三神?三柱?まあ呼び方はいいか、名前は一応聞いたけど、何の神なんだ?」
「えっと、知識神シェラさん、研究神アインさん、生産神ガダースさん、です」
む、アズの声のトーンがやや低い。もしかして苦手だったりするのか?
「いえ、よくしてくれてますし、その、いてくれなかったら、とっても困ってたと思います」
「アズリンド様」
話し込んでる三人(?)のうち、シェラがアズに向き直って少し強めに言う。
「貴女様はまだ来たばかりで、とてもよくされています。ですが、あまり未練を持ってはなりません。この世界は滅びる前提で引き渡されたのでしょう、アズリンド様は必ず良き世界神になられます。我々のことは……」
「シェラさん!」
何やらまくし立てていたシェラの口を封じるようにアズが声を上げる。
うーむ、シリアスな雰囲気はあまり得意じゃないんだがな。
アインとガダースはこちらを敢えて無視してる感じだ、無視しきれてないのは見れば分かるんだけど。
俺はアズに声をかけて、ひとまずアズの部屋に戻ろうと提案する。
その承諾を得ると、3人、でいいやもう、に「また今度」と声をかけて、シェラの屋敷を後にした。
帰り道を歩くのは若干面倒だな、と思っていると、シェラの屋敷の扉を開けるとそこはアズの部屋だった。
どうなってるんだ?と尋ねると、プライベートルーム同士は繋げるらしい。
神界の中でも自分の部屋は特殊ってことか。
◆◆
部屋に戻ったアズと俺だが、しばらくは無言だった。
「あの、ですね」
アズがおずおずと声をかけてくる。それに対して俺は、
「精霊体つっても、やっぱ気持ちよさとかあんだな。いやあスッキリしtぶぉっ!」
昨晩(?)の感想を述べようとすると、枕を力いっぱい叩きつけられた。
「物凄い恥ずかしかったんですからね!激しすぎでしょ!初めての時はすごい優しかったのに!」
アズが真っ赤な顔で畳み掛けるように詰め寄ってきた。かわいい。
「いや俺も70近く生きたワケだし?枯れたかなと思ったんだけど、体が若くなったせいかな、止まらなかったわー。ゴメンねーゴメンねー」
「全ッ然反省してないし!わ、私、500年ぶりくらいだったんですよ!」
「あ、一応アズは時間を概ね把握してるんだ」
世界神だから特別な能力とか、アイテムとか持ってるんだろうか。
「先輩がこの世界を私に譲渡した時に、そういうものを貰いました!」
ふむ、今のでだいぶ話が見えてきた気がするな。
「アズがアクイリックの世界神になったのは500年前、あるいはもう少し最近の話か?その頃にアズは世界神になった、と」
時系列については聞くだけ無駄だろう。俺とアズが死別してから50年も経っていないはずだが、考えるだけ無駄な気がする。時系列はあまり関係がないと見るべきだ。
っていうか異世界なんだから地球感覚の時系列の話はもう気にしない。
「……善一さんは、シェラさんに何か聞いたんですね?」
私から話すつもりだったんですけど、と付け足しながら聞いてきた。
ふむ、聞いたことは聞いたが、全部ってわけでもないだろうなあ。複雑そうだし、理解出来た範囲で返答する。
「アズは最近この世界の世界神になったってことと、この世界は滅びる予定だってこと。あとはアズ以外は魂ごとなくなっちまう、ってことは聞いたな。また聞きたいことが増えたし、茶でも淹れて貰えるか?」
アズは自分の口から説明したいのだろう、じっくり話を聞いてみよう。
「分かりました、紅茶でよろしいですか?」
「頼むわ、てか神って食事不要らしいけどホント?」
「私は落ち着かないから飲み物くらいは摂りますけど、摂る必要はありませんよ。ここのみなさんは豊穣神ヨシュアさんが自分で食べる分を作ってるくらいですね」
それはやっぱり楽しみを放棄してるとしか思えないなあ。
あとでその神にも会わせてもらうか。
シリアスに話し出したアズの説明をまとめると、こうだ。
・世界の維持には、地上に一定数の生物が繁栄していなければならない
・神は直接地上に関与することは出来ない
・地上には魂を持たない「魔物」という存在があり、生物を魂ごと食らう敵である
・魔物のテリトリーは広がりつつあり、生物は人類に限らず減る一方である
・前世界神はこの世界アクイリックが保てないと判断し、アクイリックの放棄を決定した
・その決定をなされた時点で多くの中級神・下級神はアクイリックを去り、僅かな神々だけが残った
・放棄された世界は未熟な上級神が世界の管理を学ぶため、「練習用」世界として与えられる←今ここ
・そして世界が滅びた後は、その経験を生かしてアズは創造神から新たな世界を預かることになり、アクイリックの「全て」が消滅する
「既に詰んでいる、ということか。そんな世界に連れてきてごめんなさい、と言いたかったわけか?」
飲んでも減らない謎の紅茶を飲みながら、目の前の未熟な世界神に問いかける。ぬるくすらならねえ、何なんだコレ。謎飲み物すぎる。
そこそこ長い間話したつもりだったんだが、冷めないってのはどうなんだコレ。
「言ってしまえば、そうなります。善一さんが転生してる間くらいは世界も維持出来るとは思いますが……」
「放棄が決定された世界から、別の世界へと魂を移すことは出来ない、と言ってたな。つまりは俺の魂も消滅が決定事項なわけだ」
その通りです、と俯いて答えるアズだが、俺個人としては、その罪悪感はあまり理解出来るもんじゃねえんだよなぁ。
アズに再会出来ただけで十分だし、転生論者でもなかったし。連れてきてくれたあの子にはむしろ感謝したいくらいなんだけど。
転生するまでの間、いやむしろ転生しなくていいならずっとアズと一緒にいよう。
そう思ったが、そうする前に聞くことがある。
「で、アズはこの世界、アクイリックをどうしたいんだ?」
俯いたアズが肩を震わせる。
シェラはアズを賞賛していたし、残る必要があったか分からないが、滅亡する世界から逃れようとしなかった。
他の神々にしても恐らくはそうだ。この世界に愛着があった、だからこそ逃げなかったのだろう。最期までここにいるのだと決めたのが、今居る神なんだろう。
「シェラもそうだし、多分他に残ってる神もそうなんだろうけどさ。滅びることを割り切っているわけじゃないんだろ?」
少なくとも、単なる経験、という見切りを彼女が出来るはずもない。
世界を預かる身としちゃあ、そういう感情をある程度割り切らなきゃいけないものかもしれないけど。そんなこと彼女が出来るわけない。
彼女は俺の知る限り、誰よりも他人に優しい。だからこそ、そんな割り切りが出来ようもない。
「……何とかしたい、というのは確かです」
捻り出す様に呟くアズは俯いたままだ。
「世界の放棄が決まった時点で、神に地上に干渉することがほとんど不可能になるんです。神界に住んでない下級神にお願いして、魔物のテリトリーが広がらないようにするのが精一杯で。他に出来そうなことは、やったつもりです」
それも時間稼ぎにしかなりませんけど、と自嘲気味に呟く。
「引渡しの時、先輩に言われたんです。世界が滅びるのは生物が魔物に対抗しきれなかったのが原因で、それは地上に住む生物の責任だって。色々な加護を与えたりしたそうなんですけど、それを巡って生物同士で争ったりして、魔物という共通の敵にちゃんと立ち向かわなかった結果、世界を放棄することになったって。自業自得だから責任は無い、って言われたんですけど」
そこで一つ息を整えると、アズは静かに告げる。
「神様ってなんなんでしょうね」
◆◆
彼女の表情は俯いたままで分からない。
俺としては、その先輩とやらの意見に半分賛同したいところだが、その先輩含む前身の神にも責任はあるのではなかろうか。
アクイリックがどんな世界なのかまだ分からないので、加護とか言われてもわからんが、何かしらの力を与えたのだろうと推測する。
しかし、それは、与えた側にも責任があるのではなかろうか?
どういう基準だったかは知らない、しかし過ぎた力は争いの種になる、ということは承知しているつもりだ。
そもそも、だ。
力というのは与えられるものではない、得るものだ。
俺は少なくとも、そう考える。
実のところ俺にも妙な力があった気はするけど。自動翻訳とか。それはノーカンということにしよう。俺様ルールで。
「神とは何か、か。こうして目の前にそういう存在が居なければ、神などいない、と答えたいんだけどな」
減らない紅茶を飲んではいるが、味はするものの、腹に入っていく感覚は無い。腹が減るという感覚がなければ腹がふくれるという感覚もないのか。
なるほど、食事をしなくなる理由はコレか、などと明後日の方向に考えが進む。
俺の回答に反応は無い、やはり俯いたままだ。
アズがどうしたいか、なんてことは分かりきっている。だが、それが可能なのか、俺には判断がつかない。
今すぐ聞かなければならないことではないが、やはり口にせねばならんだろう。
「この世界をどうしたい?」
小さな呻き声が聞こえる。
泣いているのだろう。悲しんでいるのだろう。
あの時を思い出す。
「世界神アズリンドは、この世界を滅ぼしたくない、と考えている。それでいいんだな?」
呻き声が小さくなり、代わりにか細い声が伝わってくる。
「私には、何も、出来ません」
神は無力だと言いたいのだろうか、だが、肯定の意は伝わった。
―――あの日、守れなかった彼女の姿が、今ここにある。
「俺に何が出来るか、分からない」
泣いている彼女は見たくない。
「何をすれば君の願いが叶うかは、知らない」
加納善一が、記憶にある中で、唯一泣いた日を思い出す。
「だから俺に教えてくれ」
君と再び会えた幸運を、無駄にしたくはない。
「俺が君のために何が出来るのかを」
魂が消滅せず、君と共に在る未来があるのなら。
「俺は、君の願いを叶えたい」
決められた未来なんて、存在しない。
「世界神が決めた未来なんて、この創造神が認めない」
アズが嫌うそんな運命、この俺が壊してみせる。
やれるかどうか、そんなこたぁ、やってみてからだ。
「俺は俺の全てで、運命を変えてみせる」
運命なんてものは、俺の辞書には存在しねえんだよ。
もうしばらく、回りくどい話が続くと思います、はい。