狂乱のネリー
もうちょっとエグく書いてたんですが、あんまりにもあんまりだったので書き直し。
ネリーさんの覚醒回とでもするべきですかね。
タイトルはネリーが狂乱しているわけではありませんよ?
私は怒気と殺気を収めるべく、距離を離して両国軍を追っていました。やる気はありません。
このような愚物共を抑える必要など全くありません。ゼン様に駆逐されてしまえば良いのです。
思わず皆殺しにしたくなりましたので、少し落ち着く時間を頂きました。
出来れば視界にも入れたくありませんが、ゼン様のご命令です、やむを得ません。
それにゾーク様やシャレット様も付いておられる様子。呆れられてるようです、当然でしょう。
お2人とも護衛対象の女子をしっかり守っておられます、流石はSSクラス冒険者です、冒険者の鏡、なのでしょうね。私がお守りする対象は、ゼン様とそのご家族だけですけど。
辿り着いた先で、はっきりと<厄災級>を確認しました。確かにインビジサウルスのようです。背を向けていますが、ゼン様がそちらにいらっしゃるのでしょうね。
両国軍は怯えています。何をしに来たのですか?あなた達は。ゼン様の忠告を無視して、近づいて、勝手に怯えて。
そして同士討ちを始めました。手に負えない、いえ、もう好きなようにすれば良いのです。ゾーク様もシャレット様も、もう良いのではないでしょうか?
護衛依頼は魔物に限っていたはずです。ゼン様はこのような事態も想定されていたのでしょうね。ご慧眼、流石でございます。
呆れて様子を見ていると、どうやらゼン様にちょっかいをかけてきたようです。 これでゼン様も遠慮はしないでしょう。早く指示を。皆殺しの指示を。私はもう我慢の限界です。
そして私が見たのは、ゼン様が2人の女子を連れて共に消えた瞬間。
あれは見たことがあります。ゼン様の使っていた魔術の一つと同じもの。ですが、ゼン様が使ったものではないとすぐに分かりました。
ただ思うのは、従者として主の危機を見過ごしてしまった、という羞恥。
あの程度でゼン様に傷など付けようがありませんが、女子のために身を張る必要などないでしょうに。困った御方です。
本能が語りかけます、ゼン様はご無事だと。少なくとも命は失われていないと。
眷属だから分かること。私とゼン様の繋がりは、消えていません。生きておられる、ということは分かりました。
やったのは、あの女。そしてこの状況を作り出したのは、両国軍。
許さない。
この場に動いている全てが許せない。手間取っているゾーク様やシャレット様にも些か怒りを覚えました。
あのお2人なら、弱者揃いのこの集団など、一蹴出来るでしょうに。何をためらっておられるのですか?
少々<厄災級>には苦労させられるかもしれませんが、このクズ共を始末する程度、いくらでも出来るでしょう?
既に護衛対象の女子はいないのです。もう、いいでしょう?
皆殺しにする。
おや、王国軍のクズ大将が斬られましたね。しかしやったのも王国軍ですか。仲間割れ?知ったことではありません。
ゾーク様の目がようやく力が沸いて来ました。戸惑っておられたのですね。シャレット様はまだ困惑したまま、加減なされているようです。
温いです。お2人らしからぬ、温さ。ゼン様も些か手緩い対応をなされたのでは?<厄災級>もこちらに向いてきたようです。
このまま放置して、ゾーク様とシャレット様だけ連れて逃げ出しましょうか。
しかし、これは異常です。そして任せる、とゼン様は仰いました。それではまず、こうしましょう。
手始めに、<厄災級>から。
ですが、どうにも、周囲が邪魔、ですね。申し訳ございません、ゼン様。私も堪えられるのは、ここまでのようです。
ゼン様も手抜きながら、力を振るわれたのです。私も良いでしょうか?我慢の限界など当に超えております。
ああ、邪魔なら縛り付ければ良いですね。ゼン様の真似でもしてみましょうか。あれほどの威圧感は出せるとは思いませんが。
「動くな貴様らァァァッ!!」
無言の威圧とはやはり難しいものです。思わず乱暴になってしまいました。ですがこのような輩共に、丁寧な言葉など、不要というもの。
思いっきり殺意を込めて叫んでみたところ、効果はあったようですね。ゾーク様とシャレット様を除き、痙攣するように動けなくなったようです。
あなた達も許しませんよ?ゼン様の邪魔をしたのですから。何度目ですか?私は、言いましたよね?ゼン様に何かあれば、殺す、と。聞こえたかどうかは知りません。
そう、殺しつくす。全て。
ゼン様の目的と反することは分かっている。
だが、やはりこいつらは、許せない。絶対に。
殺す。全部殺す。まず最初に殺すのは、<厄災級>とあの女。
それからゼン様に手がけようとした2人の男。
帝国のゴミの長も同罪。王国のクズ共も同罪。
そいつらは全て殺す。嬲り殺す。惨たらしく殺す。
後の連中も殺す。ただ一部は残してやる。
その恐怖。いくらでも持ち帰れ。そして伝えて回れ。我が主を虚仮にした、その罪を、その身で贖え。
持ちえぬ爪が伸びてきた。心なしか視線も高くなった。
人の身ではあるようだが、溢れ出る力を、抑えることが難しい。
今はっきりと自覚した。自分はこの場における、最強の存在だと。
詳しいことは分からないが、今は好都合。全てを食らおう。
主に仇なす存在を、この手で全て、何もかも。
「我が主、ゼン・カノーを貶めた貴様らは許さない。このネリーが主に代わり、断罪する。最初は貴様だ、そこの虚仮脅し」
◆◆◆
ネリーが放った威圧の言葉は、固有能力である、【咆哮】となって戦場に響き渡った。
【威圧】と同種類のものではあるが、効果は恐慌状態ではなく、麻痺状態。強烈な殺意とともに発したネリーの一喝は、イアン程度の精神力では到底抵抗出来るものではない。
それは呪われた者とて同様。まともに動くどころか、口すら開けない。呼吸が難しいほどに身体中の至るところが麻痺してしまっている。A級魔物の麻痺毒を食らったとて無事なものすら、例外ではない。それほどに強烈な麻痺。
資質はあった。ゼンの【変化之理】を受けた身は、とっくに固有能力の一つや二つ、取得してしまっていてもおかしくはなかった。人外まで高まったステータスは、進化にまで干渉するほどになっていた。
だがネリーは務めて従者であろうとしたし、理性的な女性になりつつあった。だからこそ取得する切っ掛けが今までなかったのだ。獣人の本能とも言える凶暴性を、ずっと押さえ込んで。
彼女の怒りはゼンに危害を加えられた時点で、限界点を突破した。溜まりに溜まった不満、主を蔑ろにした怒り、それらが【咆哮】となって現れた。それだけの話。
そして、もう一つ。
【獣化】という固有能力が存在する。選ばれし獣人種だけが所持する、正に獣人が獣人たる所以とも言えるそのスキルは、種族に応じた獣の姿へと変えるもの。
その強さたるや、<災害級>の単独撃破が可能なほどで、所持者は獣人の勇者とされる。だが、ネリーの今の姿は、獣そのもののそれではない。
彼女が得たスキル、それは【百獣王化】。太古に伝わる獣人王ライガス・ハンの姿へと変える、特殊能力であり、【大魔鬼化】と同じく、変身スキル。
ライガスは獣人種の最盛期に生まれた、獅子族の王。獣人種最強と呼び声高い獅子族の中でも、過去最強。そして獅子族が滅びたとされる今でも、獣人種最強の象徴。
彼はその強さを元に、ただひたすらに戦い続け、寿命尽きるまで戦い続けた、不敗の男。戦う意味があったかどうかは定かではないものの、己の敵と見なした相手には容赦しなかった。
ライガスの存在を知る神族はいるが、彼は神族にならずにライガス・ハンとして存在を終えると、そのまま魂の一部となって消えた。転生を繰り返す魂は、先祖返りとして降臨することなく、産まれる獣人種に少しずつ力を分け与えているのだという。
【百獣王化】の性能は【大魔鬼化】と比較しても引けを取らない。魔力が半減するというデメリットはあるが、その他のステータス上昇は「5倍」という破格性能。
さらにデビモスとゼンの相性とは違い、ライガスとネリーは同じ獣人種であり、波長が合った。ゼンのような枷はあまりない。
かつてゼンが初めて【大魔鬼化】した際、デビモスは破壊衝動をゼンに訴えた。それをゼンが押さえ込み、どうにか制御した。
だが、ライガスは違った。
ネリーの感情を理解したライガスは全てをネリーに委ねた。獣人種は家族を大切にする種族。その家族以上の関係である主人と眷属という関係。
それが汚された、貶められた、害された。そしてネリーはライガスにして、強いと思わしめた。それで十分すぎた。
彼女に無影響というわけではない。時間的制限もある。ただ、存分に力を振るうだけならば、全く支障は無い。
ネリーが無意識に性別を無視して【百獣王化】を行った結果、変身した姿はネリーとライガスの中間よりネリーを取った。
当時のライガスは3メートル以上の巨体を持ち、強靭な皮膚はどんな刃も通すことの無い剛毛で包まれ、獅子族特有の顔毛にまみれた、正に獅子の人そのもの。
今のネリーの姿はそのようなものではなく、身長180cmほど。服を破くことはなかったが、体格に合わないため臍や太腿がむき出しになっている。
茶色に赤いメッシュという長髪は、更に金髪と銀髪が追加され、その分の髪の毛は逆立っている。
そこに見えるのは、全身を覆うほどではないにしろ、銀や金の体毛を身体中に纏う、まさに獣のような美女姿。猛々しくも神々しいその姿は、正常な男性であればさぞかし魅了されるであろう、完璧な造形。
精神性も変化しているが、それは今のネリーの感情の意に沿ったもの。初めて【大魔鬼化】したゼンほど制御に苦労はしない。靴や篭手を突き破り生えてきた爪が邪魔で、武器は持てそうにないが。問題はない。
この爪は百獣王ライガスの爪そのもの。黒鋼以上の強度と、玉鋼以上の切れ味を持った、豪爪。手足に生える爪は、ゼンの作った「本気用」武器と大差ない。あるいは、上回るか。
インビジサウルスは本能的に吼えた。目の前にいる人間は、獲物などではない。敵だと本能が告げた。まずはこれを倒さねばならないと、そう意識した。
大した知能は持たない存在がゆえに、魔物という存在がゆえに、逃げるという選択は存在しない。
だからこそ立ち向かった。哀れにも。10メートル以上の巨体を持って、叩き潰そうとした。悲しくも。決して敵う相手ではないというのに。
ゾークとシャレットは、高い精神力と強い意志で【咆哮】を抵抗してみせたが、そのまま棒立ちになどなりはしない。
得物だけ持つと2人は文字通り逃げ出した。インビジサウルスの後ろにいる魔物の群れに向かって駆け出した。そうしなければ、ネリーに殺されかねない、そう思えた。
「色々ありすぎたけどよぉ!いくらなんでもありゃねえだろう!」
ゾークは自分を保つためにもシャレットに叫ぶ。変貌したネリーを見て<厄災級>など、もはやどうでもよくなった。自分達は味方だと知らしめるために、魔物と戦う以外に生き残る道がない。
「そうね!でも私はあれ、似たようなの知ってるわ!あの時以上にヤバいわよ!」
シャレットは【大魔鬼化】したゼンを知っている。常に【威圧】がかかるあの姿ほどではないが、感じられる殺意が尋常ではない。今のネリーは危険という水準に無い、ある意味手遅れだ。
2人は既に両国軍を見切っている。そして己の護衛対象が消えた瞬間も見た。同時にゼンも消えた。何が起こっているか理解しきったわけではない。今は何より自分達の生存を優先させた。
依頼は完遂するに至らなかったが、契約以上の仕事は済ませたはずだ。両国の王子の存在など知ったことではない。両国の関係などどうでもいい。
ネリーが自分達まで攻撃してこないとは限らない。今のネリーはネリーであってネリーではない。やや混乱した2人の脳内にあるのは、生き残るために何をすべきかということだけ。
幸いインビジサウルスはネリーへと敵意を向けている。背後を気にする必要は無い。
「や、やってやるわよ![風刃]ぁっ!?」
シャレットは走りながら[風刃]を放ち、群れに向けて先制する。集中しきれず、ややキレが悪いものの、確実に魔物を仕留める。
「てめえらなんざ後ろに比べりゃゴミだオラァン!?」
ゾークが声をやや裏返せながら突撃を敢行する。乱戦になろうが構わない。自分達の後ろにはもっと恐ろしい存在がいる。ゾークらしからぬ無理な槍捌きだが、それでも群れを蹴散らすには十分。
[風刃]で先制したシャレットは、続けて[氷矢]を放つと、自らも短剣を手に取り、らしくもなく接近戦を挑む。
「こっちも死ぬ気でやんなきゃ、いけないのよっ!?」
不得手にしていた接近戦だが、短剣は勿論のこと、近接攻撃においてもシャレットは幾分成長したといえる。本来なら弓で距離を取るのだが、道具袋から取り出す時間すら惜しい。それだけ背後が怖すぎる。
戦っている姿勢を見せるにはこれしかなかろうと、ゾークと共に刃を振り回す。 そもそも筋力や素早さといったステータスも人類最高クラスを持っているのだから、無茶ではない。無謀ではあるかもしれないが。
かくして2人は、巣に残った魔物の群れを駆逐する。幸いと言うべきか、ネリーの【咆哮】を受けた魔物の群れの動きは鈍かったのだが、それに気付けるほど冷静な2人でもなかった。
残されたイアンは失禁しつつ、腰を抜かして、ただ怯える。斬られた左腕の傷の痛みは、幸か不幸か、食らった【咆哮】による麻痺により、感じることはない。
左腕は既に落ちかけているが、最も深刻なダメージは精神的なもの。大混乱に陥っていた両軍だが、ここにきて最大の恐怖を味わうことになった。
ゼンの【威圧】によるプレッシャーは確かに恐ろしい。しかし明確な殺意、というものはこちらに向けてはこなかった。
ネリーの【咆哮】は違う。明確な殺意を伴った一声は、麻痺という攻撃を加えた、殺すという「宣言」。
既に力尽きる寸前だったイアンなのだが、その上で「殺される」と思ってしまった。抵抗など、出来ようもない。せめて治癒魔法を使いたいが、麻痺により詠唱すらままならない。
「りゃ、りょい、なっ」
愛する妹がどこかへ消えた。そこまでは理解の範疇。だが何故同じ王国軍に襲われたのか。帝国軍が襲ってきたのか。
何もかも分からない。何が起きたのか。何が起きていたのか。何が起ころうとしていたのか。
気が触れる寸前になりながら、ここで気を失えば、待つのは死。それだけは間違いない。何とか意識だけを繋ぎ止める。
「イアン、さま」
そこに這いずるように近づく若き人間族の女性が1人。彼女の名はレイラ。王国軍の中でもエリートとされる、近衛兵の1人。
どのような状況になろうとも、最後まで主を守り抜こうとした、若き女性騎士。
彼女もまた【咆哮】の被害を受けて麻痺に陥ったが、普段から常時、回復薬を懐に忍ばせておく慎重な性格が幸いした。
どうにか回復薬を懐から振り落とすと、瓶に体重を乗せて叩き割り、地べたに散った液体を舐め、体に擦り付けた。
死に物狂いの努力の甲斐あって麻痺を軽減させた彼女は、どうにかイアンの元まで辿り着いた。見上げた騎士精神である。
だがまだ力が入らない。致命的な出血を続けるイアンの元まで這いずりながら近寄って、イアンの左腕に残りの回復薬を振りまいた。
これで出血は止まったものの、状況は予断を許すものではない。あるいはもう命運は尽きているのかもしれない。
レイラは大まかに何が起きたのか整理出来ていた。詳しいことまではよく分からないにしろ、王国軍に何が起きたかはだいたい把握している。
まず王国軍は帝国軍の救援に向かった。その際にA級魔物の威圧感に押されて足が出なかった。
これを打開したのがイアンなのだが、その奮戦が功を奏した、とは言い難い。むしろ打開したのはゾークだろう。
その後はゼンが圧倒的な火力で魔物の群れを退け、そのまま<厄災級>と思しき名を長と告げると、追撃に入った。
この時点で主は進軍を止めるべきだったのだ。しかし帝国軍の動きに釣られて、突出してしまった。
<厄災級>を前にして、やはり動揺する王国軍だったが、それ以上に帝国軍の攻撃に焦った。レイラとてその1人だ。
途中で竜人族の女性が飛んできたのだが、後方部隊へと向かっていった。
事態は更に悪化した。王国所属のSクラス冒険者の指揮から外れた後方部隊が、王国軍に向けて攻撃をしてきたのだ。
主はそれに対応しきれず、ゾークはリリーナを守っていたのだが、そこに現れたのはフランを抱えたゼン。彼はリリーナを何かから守った。具体的なことは分からないが、恐らくは、そうだ。
そしてゼンが投げたナイフの先には、王国所属Sクラス冒険者、ヨハンがいた。何時からか、いなくなっていたことには、レイラも気付いていた。
ヨハンの固有能力は知っている、【隠蔽】だ。理由は分からないが、恐らくリリーナを暗殺しようとしたのだろう。そこをゼンが守ったのだ。
裏切った王国軍の一部は、そのままゼンへ攻撃を開始した。ゼンは凄まじい荒業でそれに対応して見せた。
だが、結果としては、竜人族の女性による何かしらの攻撃で、ゼンもろともリリーナは消えた。その結果が、今のネリーだ。
これからどうなるのだろうか。やはりネリーに殺されるのではないだろうか。
いずれにせよ、命はネリーの胸先三寸にあると言っていいだろう。何が出来るという身体でもない。レイラは見守ることしか出来なかった。
【百獣王化】したネリーとインビジサウルスの激突は、インビジサウルスの巨体をそのままネリーにぶつけたところから始まった。勝負自体は、それだけで終わった。
この体に半端な小細工など不要とばかりに踏み抜こうとしたインビジサウルスだが、その当ては大きく外れた。恐竜の4本足、踏んだ右前足をネリーがそのまま爪で貫き、持ち上げたのだ。
「この程度か、軽い。軽すぎる」
悲鳴に似た怒声を上げながら往生するインビジサウルス。彼女は意に返さず、貫いた爪を捻り回す。ガリガリと音を立てて、紫の血を噴出しながら、前右足がそのまま砕かれる。
ネリーは跳ぶ。サイのような姿の前足を完全にもぐために。突き立てた爪をそのままに。
巨体そのものを持ち上げることはない。持ち上げるには爪の切れ味があまりにも良すぎた。そのまま足の付け根まで上昇し、右前足を完全に断ち切る。
「弱い、弱すぎるぞ貴様」
ゼンがいれば、「どう考えてもネリーが強すぎる件について」とでも突っ込んだであろうか。
ネリーはそのままインビジサウルスの腹を蹴り上げる。浮くはずの無い重量が、一度の蹴撃で浮き上がる。
このまま巨体を断ち切るのは易い。だが、ただで死なせるつもりはない。可能な限り惨たらしく、惨殺する。
ただし遊んでいる時間はない。ネリーは俊敏に動く。他の3本の足を、手の爪で断ち切り、斬った足を足場にして、次の足に跳ぶ。その姿、空を翔るが如く。
右前足から始まり、左後足、右後足、左前足の順に切り刻んだ。哀れ也恐竜よ。その巨体を生かすことなく、4本の足全てを切り刻まれた。
動けなくなったインビジサウルスを舐るように、浅く、素早く、体そのものを手足の爪で切り刻む。嬲るように、簡単に死ねないように。
四角張った目を足裏で潰し、象のような耳を手の爪で刻み、角が生えた鼻を叩き折る。
既に決着はついている。これは、ネリーの示威行動。強靭なはずのインビジサウルスの皮膚は無残に傷つけられ、足の付け根を含む身体中から紫の血が迸る。
弱々しく吼える鳴き声は、インビジサウルスの泣き声そのもの。勝ち目など、最初から無かった。
ネリーは最後に首ごと引き裂き、体内にあったコアを引きちぎると、取った首を両軍の前に投げ出した。
「これが貴様らの最後だ。これと同じ目に合わせてやろう。さあ、次はそこの女だ」
ネリーの宣言通りに、断罪は実行された。
アンヌは泣き叫び許しを乞うた。水という水を流しながら、まともに喋られぬままに。だが許されず、ネリーに四肢を裂かれ、そのままショック死した。
それを見た者は麻痺に加えて恐慌状態に陥った。既にそうなっている者も数多くいた。もはや心身正常な者など、この場に残ってはいない。
ネリーは続けてゾルバとヨハンを嬲り殺した。狂乱に陥った2人の言葉など、まともなものは一つもなかった。やはり同じように四肢を裂き、ついでに首まで切り落とした。
「脆いな貴様ら」
次は王国軍。ゼンに矢と魔法を放った者が誰か、特定出来るほどに覚えている。
気を失うことすら出来ず、狂乱する王国軍兵士達。
面倒になってきたネリーは、一纏めに爪で掻き切る。死体がなるべく惨たらしく残るように。
引き続き帝国軍の「処理」に向かう。適当に処理して回り、狙ったのは、バルド。
既に彼は狂っていた。まともな精神など、完全に焼き切れていた。廃人そのものと化していた。
その傍に、1人の男が転がっているのが見えた。その男の目は、狂っていなかった。
バルドが何をしたか、帝国軍に何が起きたか、この場で何が起こったか。近くに居た帝国軍百人兵長ノリスは、自身の五感の知る限りを思い出す。
両軍がインビジサウルスの元に辿り着いた後、何を思ったかバルドは、帝国軍に王国軍の攻撃を指示した。
これには当然フランとシャレットが止めた。しかし続けてバルドが発した言葉は狂人そのものの内容だった。
「命令に従わぬ軍律違反として、フランを断罪する。皆のもの、フランを殺せ」
兵士とて当然従える命令ではない、ただでさえ狂った命令を出しているというのに、妹をこの場で殺せなどという兄がどこにいるものか。
「兄……上?何を、言って、おるのだ……?」
呆然とするフランを抱き抱えるシャレット。
「狂ってるわね、貴方。洗脳でもされたかしら?」
シャレットの言うとおりだと思ったのはノリス。洗脳というのもありえない話ではない。無謀な策で帝国軍を追い詰めたバルドの人望は、既に底辺。
もはや命令に従う者などこの場にいない、そう思っていた。だが、それに応じた者が、付き従った兵士に多数混じっていたのだ。
百人兵長であるノリスは、それなりに兵士の顔を覚えている。そのノリスにして見たこともないような連中ばかり。
彼らは迷うことなく、半数はフラン、それを背負いなおしたシャレットに襲い掛かり、半数は王国軍への攻撃を開始した。
ノリスは迷わず、呆然とした残り少ない兵士達に声をかけた。
「バルド将軍は気が狂われた!これより私はフラン殿下をお守りする!支持するものは私の命に従え!」
ただでさえ無謀な策で死に掛けた身だ。ここまで連れ従ったのも、元よりフランのため。
フランには、もはやこれまで、というところを救われた。無傷とは行かずとも、何とか動く体を引きずって前線を退いた。
シャレットは、そのフランを生かす努力してくれた。一撃で仕留める強力な範囲魔法で、魔物を退けてくれた。
ゾークのその武勇は、再び立ち上がる気力を与えてくれた。無双の槍を持って、我々を鼓舞してくれた。
ネリーの援護は、助けが届かぬ主への絶好の救援だった。まだ動けない帝国軍に魔物を近寄らせず、圧倒的な力で駆逐してくれた。
そしてゼンが見せた圧倒的覇気。次元が違う圧倒的実力。噂通りにこの御方にフランが嫁ぎ、次の帝位に就くのだと確信した。歓喜に震えた。
命を捨てる相手を間違えてはならない。それら全てを反故にするバルドは、もはや帝国の面汚しでしかない。
ノリスには人望があった。寡黙ながら業務に忠実な姿勢を見せ、その実力も確かなものだったからだ。
だからこそノリスの宣言を是とした兵士達は、見覚えのない同僚に武器を向けた。フランを守るために。
多勢に無勢、という程ではないにしろ、ノリス達は苦戦した。約40人対約20人という戦力差は些か厳しいものがあった。
更にいえばその40人は強かった。味方の20人は最初の突撃で残った勇士がほとんどだったが、無傷とは言い難い。
その40人の中をシャレットが駆け回り、フランを守った。だからこそ、苦戦はしても、致命傷を負うものは少なかった。
バルドは憤怒の表情でそれを見ていたが、やがて焦れては何かを取り出し、フランに投げつけようとした。
ゼンが救援に来てくれたのはその瞬間。この時バルドが歓喜したのは、確かにこの目で見た。そこから先は、ノリスにしてもよく分からなかった。
分かったことといえば、王国軍付けのはずのSクラス冒険者が、バルドに襲いかかったこと。王国軍がゼンに向かって攻撃を開始したこと。そしてゼンがフラン共々消えたこと。それくらいなものだ。
そこからは、ネリーの虐殺劇。麻痺した身体はろくに動かないが、何とか言葉を捻り出すことが出来た。
「また、れよ。ネリー、殿」
ノリスには殺される覚悟は既にある。元より恩人、そして怒りも共感出来るもの。だから近づいてくるネリーに、進言を届けることが出来た。
「流石に、ネリー、殿が、バルド、を、殺める、のは、まずい。既に、その者、は、死んだも、同、然」
「どう不味いか、言ってみろ」
ネリーがノリスの言葉に反応した。元より彼女は狂っているわけではない。【百獣王化】により残虐性が増しているが、知性まで失われてはいない。
だからこそ次のノリスの言葉に、納得が出来た。
「ゼン、殿は、このような、小物を、殺しては、ならない。帝、国も、その、従者に、長子が、殺された、となれば、黙って、いられない。無駄な、ことだ」
「なるほど。貴様、名は?」
「ノリ、ス」
その名は覚えた、とばかりにネリーは軽く頷いた。
ここでネリーは自分の意志で【百獣王化】を解いた。納得が行く説得を受けた、ということもあるが、ゼンからの【思考対話】が届いたのだ。
正確にはまだ届いていない、眷属であるネリーには、主が何かを伝えようとしてきている、ということだけが分かった。
【思考対話】が届ききれない理由は、自分の姿がいつもと違うからでは、と推測した。これが正しかった。
ネリーが元の姿に戻ったことを確認して、安堵するノリス。命を拾ったからではない。進言した内容をネリーが飲み込んでくれたことに対してだ。
そこまで生きているかはさておき、恩人である存在に刃など向けたくは無い。何よりネリーを敵に回せば、帝国は滅亡必死。
ネリーがゼンから受けた【思考対話】は、ノリスの意向を拾った内容であり、僥倖といえる報告だった。
何かを考えるようにやや上を向いていたネリーは一つ息を吐く。【思考対話】を終えたのもあるが、【百獣王化】による疲労もある。
【百獣王化】もリスクが無いわけではない。ゼンが使う【大魔鬼化】ほどではないが、やはり5倍というステータス上昇は元に戻れば反動がある。それでもネリーとライガスの相性の良さと、全力を振るう相手でもなかったことから、疲労だけで済んだ。
ネリーは努めて疲労は隠そうとし、少しだけ柔らかい表情を作っては、ノリスに告げる。
「ノリス殿、でしたか。ご忠告感謝します。ゼン様も出来れば帝国と争わないように、と伝えてこられました」
「ゼン殿、は、生きて、おられるのか。フラン、様は?」
「はい。どうやらフラン殿下も生きておられるご様子。ゼン様は【念話】持ちです。今どこにいるかまではまだ分からぬ模様ですが、ゼン様が一緒なら、フラン殿下も無事でしょう」
ゼンからの【思考対話】を受けたのはネリーだけではなかった。ゾークとシャレットにもまた、同じように無事の報告がなされた。
ただしこの2人、元よりゼンが死んだなどと思っていない。無事なのは分かっているが、問題はどこにいるかが分からない、という点にある。
ゾークはさっぱりだったが、シャレットは「あるいは」という場所に察しがついた。ただゼンにしても、今しばらく調べたいと伝えると、こう告げてきた。
(とりあえずリリーナもフランも無事。まだ意識が戻ってないが、命に別状はないよ。さっきネリーと話した感じ、えらいことになってるみたいだから、何とかして)
この状態を何とかしろと言われても困る2人。
今怖いのはこの場にいないゼンではなく、ネリーだ。
「どうすっか……」
ゾークは困った。<災害級>ではなく、<厄災級>であったが、魔物は駆逐した。
その代わりに現れたのが<天災級>並の天変地異レベルの存在なのだ。あのネリーならば一国を滅ぼす程度では済まないだろう。
「とりあえず、事情を聞いてみるしかないわね」
シャレットも困ったが、少なくともネリーは元の姿に戻っている。
何とか話くらいは聞いてくれるだろう、と信じることにした。
この2人、何だかんだで半混乱状態にありながら、巣を完全に駆逐しのけるのだから、やはり人類最強の一角である。魔物の大半は麻痺に陥ってはいたのだが。
◆◆
ゾーク達はネリーと合流すると、シャレットは生き残った両国軍を治癒魔法で癒やしつつ、主だった面々を集めた。
その間にイアンがネリーが近づいて来るのを見て発狂寸前になったりしたのだが、レイラが何とか取り成した。若干これが次代の国王かと思うと情けなく思ったレイラなのだが、シャレットは仕方ないと思った。同情まではしなかったが。
この場にいなかった両国軍の兵士達も次々と合流し、その治療に当たった。何が起きたのかは分からないが、惨殺された死体の山から、ある程度察することが出来た。恐らくは<厄災級>に当たり、無残にも殺されたのだと。
大変ズレた察しとなったが、今のところは落ち着いているのだから、それを訂正しようとは、行き残った者達は誰も思わなかった。
主だった面々、といっても数は少ない。帝国軍は大将であるバルドが廃人となったため、代表としてノリスがやって来た。ノリスはある意味今回の戦いで、両軍最大の功労者と言えなくもない。
王国側はイアンとレイラの2人。これにゾーク、シャレット、若干疲れの見えるネリーが加わった6名。まずはシャレットが口火を切った。
「まず結果だけ言うわね。<厄災級>であるインビジサウルスはネリーによって倒された。その中でゼン・リリーナ殿下・フラン殿下が行方不明になった。ただ、生死については、3人とも無事という報告がゼンから届いたわ」
これを聞いて、緊張感を漂わせていた王国軍の2人が僅かに安堵する。
イアンは結局左腕を失ったが、レイラの献身的行動とシャレットの[大治癒]によって、一命は取り留めた。
「良くないことだらけの中で、唯一の朗報、ですね」
「良くないことだらけ、ですか。それを貴方が言うのですね?」
イアンの呟きを拾ったのは、ネリー。厳しい視線でイアンを咎める。これにはイアンも押し黙る他無い。
「まぁ、まず俺らからすりゃよ。護衛依頼は失敗ってことになりそうだが、こっちの責任にはしねぇでもらいてえな」
護衛する対象を守りきれなかったのは確かだが、少なくとも魔物からの手によるものではない。仲間割れの結果によるものだと主張するゾーク。
この言葉に素早くノリスが答える。
「私から責任を持って、ゾーク殿・シャレット殿の手落ちは無かったと証言します。この命に代えましても」
「王国近衛兵レイラ、同じくゾーク殿らに責任なしと証言します。騎士の誇りにかけて」
レイラまで追従したところでイアンも何か言おうとして、やめた。
少なくともネリーはイアンに責任があると言っている、これは事実その通り。
だからこそ話題の転換を試みたのだが、これも失策。
「問題はこの後だけど……」
「イアン殿下。問題はこの後、と仰いましたが、何故こうなったのか、という点について、説明して頂けませんか?」
振り返りたくない現実を、ネリーに突きつけられる。
「そこなんだよなぁ。ゼンもそうだし、ネリーもそうだったし」
「そうね。私もあれほど怒っていたゼンは初めて……というわけじゃないけど、ゼンもネリーも相当怒ってたわよね?」
ゾークやシャレットとしても、その点は気にかかる。他にも気にかかるところはあるが、まずはそこだ。
イアンは渋々、といった様子で、推測を交えた王国の行動を語り、帝国も同じことをしただろうと語った。
これにネリーが補足したことにより、一同はこの戦いが始まるまでの事をおよそ知りえた。終結までの流れについては不明なことが多すぎたため、要調査ということになるだろう。
話を聞いたゾークとシャレットは、反芻している間に、ゼンの怒りがどこにあったのか、予想を付けられてきた。
「つまりゼンは、舐められてたことよりも、だ」
「戦うなという縛りを加えてきた。これが怒った理由かしら?」
「付け加えると、無駄な被害を出そうとする、両国の思惑が全て、ゼン様には不満だったようです」
一体ゼンの最大の怒りはどこにあったのか、というと。
『なんで<災害級>相手に無駄に待って無駄に被害を増やすのか』という、「命の無駄使い」をすることに対してだ。
誰かが何かの命を張ることは止めない、それが確固たる思いであればの話だが。それでも無駄な犠牲を出す必要などない、というのがゼンの考え。
<災害級>が出た。俺なら倒せるし、倒そう。けど国がやるという。だから待った。じゃあ来たから俺も行こう。だが断る。
これが今回の一連の流れだ。
怒る対象はあくまで両国。また、討伐戦中の帝国の無策っぷりも含めるし、追って来た王国軍も同罪。
ゼンの大目的は世界の救済、手が届く範囲で救える命は救おうと決めている。性格的なところも多大にあるのだが、救うため力を縛ろうとした両国の行動は、許し難い。
ちなみに婚約云々については、さほど怒ってはいない。どうしたものかと困ってはいたが。
「いずれにしても、後は責任の問題かしらね」
「となりゃあ、俺らには関係ねえな」
ここでゾークらが立ち上がり、後は両国で話せと言わんばかりに去ろうとする。
しかしそこに待ったが入った。ノリスだ。
「恐れながら、申し上げます。この度の一件、私の裁量に余るにも程があります。何卒、帝国に一度来て頂きたい。報告の場に1人、居ていただくだけで結構でございます故……」
そこにレイラが加わった。
「私からも王都に1人来て頂きたい。正直なところ、外交問題になることは必死。そこに関わって頂くつもりはありませんが、報告の場に中立の者がいないと意見が捻じ曲がります」
イアンは何も言えない。大変複雑な責任問題になると分かっているからだ。
まずこの戦いにおいての功績がどこにあるか、という点では、帝国軍にも王国軍にもないだろう。
どちらを功績第一とすべきかは悩ましいが、ゼンとネリーの功績は際立つにも程があるほど功績を残した。離れて功績があるのはゾークとシャレットの2人。そこから更に離れたところに、フランとイアン、といったところだろうか。
特にゼンの圧倒的実力は、両軍全ての兵士の前で見せられたものだ。これを翻すことなど不可能。ネリーにしろ、「ああなる」前から帝国軍の前で単身無双して見せたのだから、これもまた大殊勲。
結局のところ、カルローゼ王国とアルバリシア帝国、どちらも「不要」な存在でしかなく、むしろやったことは、ただの「邪魔」。何も誇れることなどありはしない。
では責任はどこにあるか。これは両国ともにかなり苦しい弁明が必要になる。双方ともに落ち度がありすぎる。
イアンは王国軍の大将だ、カルローゼ王国としては帝国に遺憾を示すことになるだろうが、アルバリシア帝国にも言い分があるだろう。
両国の外交を考えた場合、帝国側の方が苦しい。何しろ独断専行の上に王国軍に仕掛けてきたのは帝国だからだ。
だが遡って言えば、この<災害級>の討伐を遅らせ、<厄災級>にまで引き上げたのは王国の責任と言える。何しろ冒険者ギルドに動くなと命令したのは王国なのだ。
そしてここが最大の問題となるのだが、第一功績とも言えるゼン・カノーに攻撃を加えたのは、間違いなく王国軍だった兵士。
ここに至ってイアンは帝国の手のものではなく、第三者の手が確実に入っていた、と結論付ける。もはや自分の手に負える問題ではない。この場での言及は、避けた方が無難と考え、イアンは一つだけ結論を下す。
「<厄災級>インビジサウルスは、Aクラス冒険者ネリーの手によって討伐された。これをイアン・ナモ・カルローゼの名において宣言したいのですが、いかがでしょう」
まずやるべきことは、<災害級>の鎮圧が済んだという公表。それが<厄災級>となっていたにしろ、その討伐は完了した。住民の安心を考えれば、これは示さなければならない。
本来なら帝国人として、ノリスは帝国もそれを認めると言いたいところなのだが、これは職位を考えれば裁量に余ること。事実を知る者として代表としてやってきたが、その宣言に異を唱えられるほど身を弁えられない男ではない。
ノリスが無言を貫いたことにより、一同はこれを是とするところだったのだが、ネリーは不服らしい。
「私が、ですか。確かにアレを倒したのは私ですが、ゼン様の功績はどうなるのです?」
自分のことなどどうでもいいが、ゼンを軽んじるのであれば許されるものではないネリー。
これをシャレットがどうにか嗜めた。
「ネリーの気持ちは分かるけど、王国はイアン殿下の負傷と、リリーナ殿下の消息不明。帝国はバルド殿下が廃人になって、フランもいなくなった。一先ず安心させるなら、落とし所だと思うわ」
「シャレット様がそう仰るのであれば、やむを得ないものと考えますが……」
「俺も細けぇこたぁ考えねえが、ゼンも「何とかしろ」つってっからよ。ネリーもここで手ェ打っとけ。後は俺とシャレットが悪いようにならねぇようにするからよ」
ゾークにまで言われれば、ネリーも不満なれど引き下がる。この場にゼンが不在である以上、この2人の意見を尊重する。
らしくもないというのは分かってはいるが、ゾークは王国に同行することを決めた。リリーナのこともあるし、王国に向かうのは自分がいいだろうと考えた。
必然的にシャレットが帝国に向かうことになる。シャレットは同行必須なのは元より考えていたこと。
この場合ネリーをどちらかに向かわせるのは逆効果だ。両軍に直接手がけたのはネリーでもあるし、何より両国で何を起こすか分かったものではない。
「いずれにせよ、ネリー殿にはフィナール領に残り、住人の慰撫を行っていただきたく……」
小声でイアンが呟くと、仕方ありませんね、とネリーも渋々了解した。
◆◆◆
気付いた時に襲われたのは、強烈な痛み。外傷は見当たらないが、[再生]を使ってもどうにも治った気がしない。ひたすら[再生]と[治癒活性]を使い続け、ひとまず痛みは消えた。
何度か自分の体を確かめたのち、続けていた【思考対話】が何とか繋がって、ネリーに俺達が消えた後どうなったかを聞くことが出来た。
不明なことは多いが、【百獣王化】したネリーがインビジサウルスは倒したようだ。しかし【百獣王化】か、【大魔鬼化】と似たようなものだとすれば、今のネリーじゃオーバーキルすぎたんじゃないか?
ぶっちゃけそんなことせんでもインビジサウルスくらいネリーなら十分倒せる相手だったと思うんだが。
でもまあ、新しいスキルって切っ掛けがあると発動しちゃうもんだし、ネリーは制御出来たみたいだし、別にいいか。俺も割り切ろう。何となくこれも俺のせいっぽい気がするけど、そこはもう気にしても仕方ない。
とにかく現状の確認だ。意識が切れたのはほんの一瞬だったと思うが、気付けば思ったより時間が過ぎていた。
何を食らったか、というのはおよそ理解出来た。多分強制的な[転移]みたいなものだったんだろう。バ○ルー○的な何か。
狙ってここに投げてきたのか、というと、そこはちょっと微妙な感じがする。そこまで精密な[転移]がかかった魔道具だった気がしない。
何というか、とにかく一方方向に遠く飛ばす、という感覚だった。土の中やら石の中じゃなかっただけマシだろう。あるいは[転移]に何かに引っかかったか?【限界突破】や【次元干渉】が何か仕事をしたかもしれん。
迂遠な手段な気がせんでもないが、単純なダメージを込めた魔道具なら、俺だけならば耐えられた気がせんでもない。自惚れるわけではないが、そう簡単に殺されるような身体はしていない。
肉体的ダメージはあったようだが、これは俺が少しばかり無理をしたせいだろう。この時はそう思っていた。
ともあれまずは、今ここがどこなのかという確認を試みるべく、[座標確認]を行使したのだが、どうにも結果が芳しくない。出てきた座標がデタラメなのだ。
これは神界で[座標確認]を試みた時と同じ結果。ヴァニスの作った「ルーム」で空間魔術を練習していたのだが、そこでは可能だった[座標確認]。ここは神界同様、何かしらの結界が張られているということなのだろうか?
周囲の様子は、木々が生い茂った、明らかな「森」。となるとどこかの森の中、ということになるのだが、さてその規模は?ということで、[鷹]を呼んでみる。だが、呼べない。召喚魔術まで不可か。
そう思ったのだが、[大戦猫]は呼べた。何ゆえ?空間魔術も完全に不可というわけではない。[転移]は使えないが、[空間箱]は使える。はて、どういうことだ?
一つ【精霊魔法】も試みたのだが、妖精は引っ張ってこれた。というより、この森、どうにも精霊の密度が濃いらしく、妖精は割とすぐ俺の傍に寄ってきた。
[座標確認]が使えなかった時点で、別次元、あるいはまた別の異世界、という可能性まで考えたのだが、妖精から聞いたところでは、ここが「アクイリックの地上」であることは確かなようだ。
難しいことは分からない妖精にしても、「同じところ」だと言うし、多分大丈夫だろう。我ながらアバウトだが。
ならばと【一騎当千】を発動して、真上に跳び上がる。少し体が痛むがこれは仕方ない。木々を貫き、結構な高さまで上昇したのだが、見えるのは永遠かと思われるほどの森だけ。
これほど広大な森が存在するというのも驚きだが、ビルの10階程度まで跳んでなお、地平線まで森しか見えない、というのはちょっと異常だ。
やはり何かしらの結界が張られているか、あるいは……。
などと思案を続けていると、気を失っていた2人のうち、先にリリーナが目を覚ました。
「ん、うぅん……ゼン、様?」
「気が付いたか」
目を覚まして、まだ立ち上がれないリリーナに声をかける。多少、意識の混濁があるのだろうか、焦点が定まっていない。
無理に立ち上がらないように伝えて、横になっているように伝える。
そうこうしているとフランも目を覚ましたようだが。こちらも様子は芳しくない。
「兄上……何故だ……」
「まず落ち着け。バルドはここにはいない」
混乱はしていないようだが、悄然としている。身内に襲われたショックが尾を引いているのだろうか。
いずれにしても現状が分からない以上、無闇に動くわけにはいかない。2人に[沈静]をかけておく。
そうすると、もう一度2人は眠りに落ちた。やはり幼い2人には色々衝撃的すぎたのだろう。本当に、何もかも。
何か調べるにしろ、まずはこの2人が落ち着いてから、ということになりそうだ。
やれやれ、事が済めば逃げ出す算段すら付けてたというのに、この2人まで連れてわけわからんところに来てしまった。
これからどうしたもんかねぇ……。
次は4/23 6:00
戦いの一部を補完する感じで書きました。
おかしくなったバルド君の背景については……どうですかね、小話で書くか書かないか、分かんないです。どっちみちもう出番は多分無いですし。
ちなみにネリーさんが【百獣王化】したステータスはこの場では伏せておきますが、ゼンの【大魔鬼化】したステータスと比べても、魔力関係以外は、かなりいい勝負でした。
ライガスの由来は「ハン」で何となく察して頂ければ。本来なら狼人族辺りが相応しいと思いますが、獣の王と言えばやっぱライオンかな、と。




